おだやかな雰囲気と、優しい語り口調。そのイメージからは想像しがたいのですが、弘前大学在学中はラガーマンとして活躍し、東日本医科学生の頂点に輝いた経歴を持つ佐藤学長。
弘前大学への想いと、“未来の弘大生”に向けたメッセージ。そして、知られざるプライベートも大公開!読めば絶対に学長に会いたくなる、とっておきのエピソードも満載です。

地域と共にあること。これが、弘前大学の最大の魅力です!

― 弘前大学の魅力は?

まずは、なんといっても、弘前に大学があるということ。
弘前は、城下町としての歴史や文化の香りが高く、自然にも恵まれています。ですから、学ぶ街としてはもちろん、暮らす街としても最高の環境だと思います。
次に、弘前大学は総合大学であるということ。
さまざまな学部の学生がキャンパスに在籍しているので、楽しいですよ。勉強や課外活動を通じて、さまざまな価値観を持った人と接することができるので視野が広がります。
さらに、国際化にも力を入れていること。
外国人留学生にも接することができ、教育の環境が実に多様です。こういう場所で学べる学生は、本当に幸せだと思います。

弘前大学として弘前ねぷたまつりに出場

― 弘前大学がめざすものは?

地域と連携しながら世界レベルの研究を行い、その成果を世界に発信していくこと。弘前大学は、これをめざしています。
学生時代に地域の課題と向き合った経験は、将来どこで働いても必ず役に立つと信じています。弘前大学は、グローバル社会を生き抜くための“人”を育てる教育に取り組んでいます。

弘前の街は、まるごと学びのフィールド。

弘前大学佐藤敬学長

― 産官学の共同研究の取組も活発ですよね?

以前は、大学の中だけで黙々と個人の学問的興味を追求するのが、大学における研究のプロトタイプでした。しかし、これからの大学は、地域と一緒になって地場産業の振興や地域活性化に貢献することが求められています。
そうしたことから、近年では、「果肉まで赤いりんご 紅の夢」、「白神山地での研究」、「深浦のサーモンの養殖」などの共同研究に取り組んでいます。
サーモンは寿司ネタ人気ナンバーワンで、国内外できわめて需要が高い魚です。
地元企業が深浦で養殖事業を始めてから、若者の雇用も生まれました。
今後、地場産業として確立すれば、人口減少対策にもつながると期待しています。

― そうした取組は、学生の学びの場としても生かされていますよね。

共同研究の過程において、学生たちは地域の中に飛び込みフィールドワークを行います。
これは、学生にとってはきわめて貴重な体験です。
弘前大学は、ビジネスの開発に向けて、地域の企業や自治体と連携しながらアウトプットを見すえた活動をさかんに行っている大学なのです。

ラグビーに熱中した弘大時代。幻のバンド活動も!?

― 続いて、学長のプライベートについてもお伺いします。子ども時代の想い出は?

生まれは、北海道の深川市。旭川の近くです。
小学校の頃は、切手のコレクションに夢中でした。うちが簡易郵便局だったので、記念切手も1シートでドーンと届くわけです。当時は日本中で切手集めがブームでしたから、小・中学生が朝、登校する前に郵便局に押し寄せて、入り口のドアが壊れたことも(笑)。私もお小遣いを貯めて記念切手を集めていました。当時の切手は今でも持っていますよ。

かつて、父も医者をめざしていたそうですが、戦争に召集され夢を叶えることができませんでした。そんな父から、いろいろな話を聞いて育ったせいか、物心がついた頃から医者をめざしていました。
高校時代は函館へ。当時、函館ドックで、すごく大きな船を造っていたんです。造船工学も面白そうだなと興味を持った時期もありましたが、卒業後は弘前大学医学部に入学しました。

― 大学生活で印象に残っていることは?

ラグビー部に所属していて、遊びもお酒もパチンコも1日の大半をラグビーの仲間と一緒に過ごしていました。練習は、結構まじめにやっていて、6年生の時には「東医体」(東日本医科学生総合体育大会)で優勝したこともあります。
今でも年に1度、医学部の現役ラグビー部対卒業生のOB戦があるんですが、30年くらい前までは私も試合に出ていたんです。でも、学生はOBにケガをさせちゃいけないというので、すごく気を遣うわけです。勢いでタックルしてしまってから、「あっ、すいません!」って謝ったり。で、私が走り出すと、完全に独走トライ(笑)。これじゃ、みんなに迷惑をかけちゃうというので、試合に出場するのはやめました。

弘前大学佐藤学長

― 部活やサークル活動がさかんなのも、弘前大学の特徴ですよね?

ほとんどの学生が部活やサークルに入っており、なかには複数かけもちの学生も。自転車で移動できる場所にグラウンドやスポーツ施設があるので、環境にも恵まれています。

― 大学時代、ほかに熱中していたことは?

実は、大学時代にバンドもやっていました。11月の東医体が終わると、ラグビー部は休みになるんです。それで、1年生の冬に、人文学部の学生と教育学部の女子学生と3人でバンドを結成したんです。アメリカのフォークソング・グループ「ピーター・ポール&マリー」のコピーで、ギター2本と女性ボーカルのユニットです。
当時、同級生が地元の放送局でアルバイトをしていて、ラジオでアナウンサーをやっていたんです。彼から、「ラジオに出演してみないか」と誘われたんですが、2人の同意を得られず断念。翌春、ラグビー部の練習が始まると同時に、“幻のバンド”も消滅しました。

― 大学教員になったきっかけは?

医学に接する前は、精神科医になろうかと思った時期もありました。どんな専門領域にも面白さと深さがあるため、卒業が近づいてきても、なかなかこれだというものを決めかねていました。当時、ラグビー部の学生が出入りしていた研究室の教授に声をかけてもらい、大学院へ進学。脳卒中の研究を始めたんですが、その選択に間違いはなかったと思いますし、今も後悔はありません。最初から教員をめざしていたわけではないので、消極的な理由ですみません。

地酒と山菜料理で、弘前の夜はとろ~り更け行く。

― 青森の食べ物では何がお好きですか?

青森は、食べ物全般が抜群においしいですよね。よく、「北海道の方がおいしいでしょう?」と聞かれますが、そんなことはありません。青森の食べ物で北海道に負けているものは、毛ガニと夕張メロンだけです(笑)。
最近は、山菜がお気に入り。おいしい地酒と、山菜料理があればもうそれで幸せです。

― もし、1カ月間お休みがあったら何をしたいですか?

家にギターが4台あるので、弦を張り替えてもう一度ギターの練習をしたいです。

― 最後に、高校生の皆さんへメッセージをお願いします。

弘前大学の学生は、本当に元気で、勉強や部活動に励んでいます。今、受験勉強中の高校生の皆さんは大変だと思いますが、一生続く学問のひとつのプロセスだと考えて勉強に励んでほしいですね。弘前大学で皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

高校生の皆さんへメッセージ

Secret Room佐藤学長のヒミツの部屋

弘前大学学長が青春時代を共にした愛用のギター

写真は、青春時代を共にした愛用のギター。
甘~い歌声は今も健在で、運が良ければ、市内の某フォーク酒場で、学長のギター生演奏と歌声が聴けちゃうかも?
ちなみに、18番はピーター・ポール&マリーの「パフ」!

弘前大学学長のトライシーン

大学時代は、ラグビー部で活躍!「東医体」優勝経験もアリ!写真は練習中のひとこま。学長のトライシーンに注目!

弘大オリジナルの日本酒「弘前大学」

弘大オリジナルの日本酒「弘前大学」は、弘大の金木農場で作った酒米を原料に、弘前市内の蔵元で醸した逸品!
「全国の大学の日本酒は、かなり飲みましたが、『弘前大学』がダントツおいしいです」と、学長。

弘前大学学長の趣味のひとつである、切手収集のコレクション

昭和30~40年代にかけて集めた切手コレクションの数々。
マニア垂涎のお宝も?

Profile

弘前大学学長
佐藤敬

1950年北海道深川市生まれ生まれ 。
平成24年2月、国立大学法人弘前大学長に就任。専門・研究テーマは脳血管障害。