2024年に設立20周年を迎えた弘前大学出版会。この20年間、出版会は教育や研究の成果を国内外に広く届けることや、学内と地域の教育的役割を担うことを目指して活動してきました。
20周年という節目に、その歴史やこれまでの取り組み、そしてこれからの展望を柏木 明子編集長(農学生命科学部教授)に伺いました。
弘前大学出版会とは?
―まずは弘前大学出版会について教えてください。

多くの大学、特に旧帝国大学や私立大学では、研究者の出版を支援するため、大学名を冠した出版会を運営しています。日本には現在、大学出版会が100近くありますが、国立大学法人が学内組織として運営しているのは数大学だけです。弘前大学出版会(以下、出版会)はその一つで、全国的にも珍しい形態で出版活動を行っています。出版会の事務局と編集室は、弘前大学附属図書館の3階にあります。

実は、国立大学時代から出版会の構想はありましたが、事業内容が理由で学内組織としては設立できませんでした。しかし、2004(平成16)年の法人化を機に、全国で初めて学内組織としての出版会が設立されました。2007(平成19)年からは、一般社団法人大学出版部協会にも加盟し、2009(平成21)年からは学内共同教育研究施設になりました。
―出版会について教えてください。
先ほど説明した経緯から、出版会は営利事業ではなく、大学の教育や研究活動を支援する役割を担っています。出版会の経費は大学の予算から出され、著者への印税を支払わない代わりに出版費用を出版会が負担します。
設立以来、毎年少しずつではありますが、着実に書籍を出版してきました。2024(令和6)年度現在、発行した書籍は約270冊を超えています。これらには、学内外の研究者による研究成果のほか、学生向けの教科書も多く含まれています。また、学生が教員の指導のもとで執筆した本もあります。多くの書籍のデザインは、教育学部の美術分野の教員や学生によって手がけられています。
2023(令和5)年から、弘前大学の1年生必修科目である「データサイエンス基礎」の教科書を出版しています。学生のみなさんは必ず1年生で、出版会の書籍に触れることになるので、出版会を身近に感じていただけるかと思います。これ以外にも何冊もの書籍が様々な先生の講義の教科書として使われています。一度お手もとの本の表紙をごらんください。弘前大学出版会の文字やHUPのロゴがあれば、出版会発行の書籍です。
―出版会はどのように運営しているんですか?
出版会は、運営委員会委員長を兼ねる編集長を中心に、各学部教員の中から選ばれた編集員13名と運営委員13名(うち5名は編集員を兼務)、事務局スタッフ3名で運営されています。
毎月、編集会議を開き、著者から提出された企画や原稿を審査します。編集員は、教育や研究の合間に原稿を読み込み、審査に臨みます。必要に応じて、学内外の専門家に意見を求めることもあります。
審査の結果採択されると、手直しを経て最終原稿が完成します。その後、出版に向けた具体的な制作作業が始まります。書籍の制作期間はおおよそ2~4か月ですが、内容によっては刊行までに1年近くかかる場合もあります。
―出版が決まると、次は制作作業ですね。
制作作業には、事務局の制作スタッフだけでなく、担当編集員や編集長も加わります。書籍の仕様や印刷業者の選定、装丁デザインの依頼、校正の繰り返しなど、印刷・製本に至るまで地道な作業が続きます。また、売れ行きを考慮して発行部数や価格も編集長のもとで決定されます。

―新刊の発行時にはどのような工夫をしていますか?
新刊が出る直前には、書店や取次店、その他関係機関への新刊情報の案内が欠かせません。大学のホームページにお知らせを出すだけでなく、新聞に広告を出したり、販売促進用のチラシやポスターを作成・配布したりといった活動をしています。
このように、1冊の書籍を世に送り出すには、原稿審査の段階から多くの時間と労力がかかっています。
―「出版会賞」があると聞いたのですが、どんな賞ですか?
出版会は年間を通して、編集会議や書籍制作、書店からの注文に応じた書籍の出荷などを行っています。毎年4月に、指定された期間内に刊行された書籍を対象に投票を行い、「出版会賞」を選定します。今年度は、2022(令和4)年1月から2023(令和5)年12月までに弘前大学出版会から刊行された作品の中から、最も優れた作品が選定されました。6~7月頃に受賞者を招いて表彰式を実施しており、この出版会賞は出版の質を高めるとともに、地域社会へのPRにもつなげています。また、表彰式の様子は毎年新聞紙面で紹介されています。

―そのほか力をいれていることがありましたら教えてください!
地域に関連した書籍の出版も出版会にとって重要なミッションの1つです。地域社会が抱えるさまざまな課題への取り組みや、地域の魅力的な文化の再発見など、多岐にわたるテーマで、専門書に限らず教養書や写真集などを毎年出版するよう努めています。また、「地域」に関する研究を行っている学内の先生方には、積極的にご出版いただけるようお声がけしています。


近年では、書籍の売上向上や出版業界のPRを目的として、販促活動や営業活動にさらに力を注いでいます。加盟している大学出版部協会が東京や大阪などで開催する合同ブックフェアには、積極的に参加しています。また、時間や機会があれば書店に出向き営業を行うこともあります。しかし、町の書店が次々と閉店し、実店舗での販売先が減少している現状を踏まえオンライン書店での販売促進にも注力しています。
弘前大学の学生や教職員の方々、また弘前市近郊にお住まいの方は、出版会書籍を豊富に取り揃えている弘前大学生協SHAREA(シェリア)店 でお求めいただけます。もし店頭に在庫がなくても、出版会が同じキャンパス内にあるため、平日であればその場で取り寄せることが可能です。もちろん、最寄りの書店でもご購入やご注文いただけます。
刊行した書籍の詳しい案内や、編集者によるおすすめコメントは、出版会の公式ホームページでご覧いただけます。

また毎年、弘前大学出版会の刊行物が収録されている「図書目録」を配布しています。弘前大学生協SHAREA店や弘前大学附属図書館などで、ぜひお手に取ってみてください。

弘前大学出版会設立20周年記念事業 -記念講演会と新刊発行-
―20周年を記念して講演会を実施されていましたね。
2024年(令和6年)6月28日、弘前大学出版会の設立記念日を迎え、「弘前大学出版会設立20周年記念講演会」を弘前大学創立50周年記念会館1階「みちのくホール」で開催しました。
講演会では、東京大学特任研究員であり、世界的なユニコーン企業であるスマートニュース株式会社の創業者で、現在は代表取締役会長を務める鈴木健氏をお招きしました。鈴木氏には、「300年後の読者に向けて – なめらかな社会とその敵 -」というタイトルでご講演いただきました。

鈴木氏は起業家として世界的に活躍しながら、研究者としても「なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論」を含むいくつかの著書をお持ちです。講演では、貨幣制度や投票制度といった社会の根幹を成す事柄の仕組みやそれらに対する考え方を変えて社会をバージョンアップすることの重要性、生成AIと社会の未来、さらに、ご自身の経験をもとに直接世界に触れることの大切さについて語られました。会場には学生・教職員だけでなく、一般市民を含む約130名が出席し盛況のうちに終わりました。
―質疑応答が盛り上がっていましたよね!
講演後の参加者からの質問は、スマートフォンアプリを使ってリアルタイムで受け付け、会場のスクリーンに表示されました。参加者も講演者も、どのような質問が会場からなされているのかを見ながら質疑応答するというスタイルは、斬新でした。また、他の方の質問に対し、自分もそのことを聞きたい!とクリックされた人数が多いものが上位に表示されるので、多くの方が聞きたい質問を司会者が選び問いかけました。学生を含む多くの方から質問があり、鈴木氏は、それぞれの質問に熱く答えられました。全ての質問に答えきれずに時間切れになってしまったのが残念でしたが、当日ご回答いただけなかった質問への回答は近日中に出版会HP上で講演録とともに公開する予定ですので、そちらもぜひご覧ください。

―鈴木氏に講演をお願いしたきっかけや想いをお聞かせください。
大学は未来を描く場であり、未来を描ける人材を育む場だと思います。書籍は、我々が先人たちの知恵や教えを学び、また後世に貴重なメッセージを伝える役割を担っています。この長い歴史の中で繰り返されてきた知識の継承とつながりにおいて、書籍は欠かせない存在です。
2022(令和4)年度に編集長を拝命した際、私は出版会の20周年記念講演会で「未来を描く」と「後世に継承する」という2つのテーマが同時に満たされる講演会を企画したいと考えました。鈴木氏は、未来を見据え、社会のあり方をバージョンアップするための研究を行っており、300年後に向けて書籍を執筆されています。そのため、講演会の講師は鈴木氏以外考えられないと思い、今回の講演をお願いしました。
また、弘前大学では起業家を育成しようという機運も高まっており、世界で活躍している起業家である鈴木氏の姿勢やお言葉は、きっと多くの方々に刺激を与えると確信しました。普段はアメリカを拠点に活動している鈴木氏にお越しいただくためには、帰国のタイミングに合わせて日程調整が必要でしたが、幸運にも出版会の創立日と講演日が重なることとなり、実現しました。
参加者の感想は、以下のようなものでした。
事前に鈴木氏のご著書を読んで予習していた学生からは、「内容の理解がさらに深まった」という声がありました。一方で、講演会で初めて内容に触れた学生からは、「難しくてまだすぐには消化できていないが、非常に刺激を受けた(もやもや感が湧いてきた)」との感想が寄せられました。また、普段からスマートニュースアプリを利用している学生からは、「こんなすごい人が弘前に来てくれるなんて」と感激する声も聞かれました。
講演会後、鈴木氏とお話しした際に、「何か『もやもや』を与えられていれば、講演は成功だ」とおっしゃっていました。もし多くの聴衆がもやもやを感じ、それぞれが何かを考え始めるきっかけになっていれば、講演会は成功したと言えるのではないでしょうか。
近日中に出版会のホームページで公開予定の講演録をご覧いただくことで、実際に講演会に参加された方々の理解が深まるとともに、参加できなかった方々にも講演会を疑似体験していただけることを期待しています。
―次は、もう1つの記念事業として発行した『弘前大学レクチャーコレクション2』について教えてください。
『弘前大学レクチャーコレクション2 学びの扉をひらく』は、出版会設立20周年を記念し、設立記念日に合わせて発行しました。
出版会の書籍は、著者が提案した内容に基づいて出版されることがほとんどですが、節目の年には出版会が企画した書籍も出版しています。この書籍は、令和2(2020)年に出版された『弘前大学レクチャーコレクション 学びの世界へようこそ』に続く第2弾として、出版会が企画した書籍です。
本書は、弘前大学の教員が書き下ろしたレクチャーエッセイとショートエッセイから構成されています。5学部を有する総合大学ならではのバラエティに富んだ内容で、教員36人がそれぞれ自身の研究テーマをもとに執筆しています。内容は高校生や大学1年生を対象に、大学の講義に参加しているような感覚を味わえるものです。
『弘前大学レクチャーコレクション』と『弘前大学レクチャーコレクション2』は、読む「オープンキャンパス」として、楽しみながら学べる一冊となっています。
【お買い求め方法】
弘前大学生協SHAREA(シェリア)店 をはじめ、一般の書店にてお求めいただけます。弘前大学生協インターネットショッピングでもお求めいただけます。
―最後に、出版会の今後のビジョンを教えてください。
編集会議で、ある編集委員の先生から「企画書や原稿の採否を決める基準はありますか?」と質問がありました。明文化された基準があるわけではありませんが、以下の基準を考慮しています。まずは内容の正確さを重視し、次に社会への波及効果、そして遠藤正彦元学長が示した出版会設立の理念を念頭に置いています。
遠藤元学長は、出版会の理念について次のように述べています。
「本学の出版会は、地方というハンディを背負った本学の研究者が、自らの研究成果を容易に出版できるようにすることを手助けするためのものである。出版会の編集委員の諸氏の出版に関わるノウハウの高いレベル、そして経費の一部を大学が支援するというシステム、そして学内の正式な組織の一つとしての位置づけをもっていることが、本学出版会の著しい特徴である。本学及び本学関係の研究者が、ISBNの付された図書を刊行し、これを全国、否世界の図書館書架に並ばせることにより、研究者自身の評価と共に、本学の研究も高まることが確実に期待される」(出版会HPより抜粋)
この理念を指針として、出版を行っています。編集委員会でも、この方針を改めて共有しました。今後も、①弘前大学学生の修学に役立つ書籍を作る、②弘前大学教員の研究を国内外に広める、という2本柱を軸に、より良い書籍を作り続けていきたいと思います。