卒業生の活躍をご紹介する『卒業生インタビュー』、第21回に登場するのは、小説家の久栖博季(くず ひろき)さんです。久栖さんは2021年に「彫刻の感想」で第53回新潮新人賞を受賞してデビューし、2025年、「貝殻航路」で第174回芥川龍之介賞候補に選出されました。そんな久栖さんに、小説を書き始めたきっかけや芥川賞候補に選出されたことへの思い、さらに、地元・北海道を離れ弘前で過ごした学生時代やこれから挑戦したいことについてお話を伺いました。
「書く」ことで自分の知らない場所へ行きたい
— 小説を書き始めたのはいつ頃ですか?最初のきっかけを教えてください。
何かきっかけとなるような出来事があって小説を書き始めたというわけではなくて、子供の頃から単純に書くことが好きだったんですよね。絵が描けなくて、自分の世界みたいなものを表現するために文字しかなかった。音楽も好きで、いろいろと楽器を弾いたりもしていたのですけど、やっぱり自分の表現は言葉だなと感じていました。それで、ずっと書き続けてきた継続の先に今も書いている自分がいる、「小説家」という境遇がたまたまあったという感じですね。まさか本当にデビューする日がくるなんて思っても見なかったです。
生まれて初めて小説らしきもの(今から見れば小説未満のお話のようなもの)を書いたのが、小学校2年生の時で、今でも不思議と覚えているのですけど、白い犬が主人公の物語でした。家から脱走して大冒険を繰り広げて、でも結局最後はちゃんと戻ってくるというお話。もしかしたらこの頃から旅とか冒険に憧れていたのかもしれないですね、実際はほとんど旅行もしないのですけど。ただ「書く」ことで自分の知らない場所へ、遠くへ行きたいという思いは、子供の頃から変わらず抱き続けています。
人生の優先事項は「書く」こと。仕事以外の時間は執筆活動に
— 現在は病院事務のお仕事をされながら執筆活動を続けていらっしゃると伺いました。お仕事とはどのように両立されていますか。また、執筆の時間はどのように確保されているのでしょうか。
新卒で就職できなかった人間なのですが……そもそも正社員になって社会の中でバリバリ働いている自分の姿を想像できなかったんです。自分の人生で何が一番の優先事項か考えた時に思い浮かんだのがやっぱり「書く」ことで、でもこれを職業にするイメージもわかなかったので、とりあえず最低限の生活費を稼げればいいや、と思いました。それで今の病院勤務もそうなのですが、ずっと非正規職員です。おかげで定時に退社できるので、それ以外の時間はほとんど自分のやりたいことに注ぎ込めます。
執筆時間は仕事の前の朝の時間帯に、読書は帰宅後の夜の時間に、そして土日はだいたいずっと文学のために時間を使っています。遊ぶ時間がほとんど取れないので、あまりお金がかからずに生活できています。とにかく自分の時間を確保できる働き方を望んでいました。ありがたいことに今の職場は勤続13年になります。肉体労働の側面があるので年齢を重ねるにつれ、創作との両立にしんどさを感じることもありますが、今のところ何とか続けられています。
— 小説を書くときのルーティンや習慣はありますか。また、創作のアイデアはどのようなときに思いつくことが多いですか。
ノートに手書きで原稿を書いています。これは結構強いこだわりです。創作のアイデアは、ノートを広げて集中している時に出てくることが多いのですが、歩いていてふいに思いついたことが、後々作品に繋がる要素になっていくこともあります。自分の日常の営みすべてがこれから書く作品に繋がっていくという気がしているので、いつ、どの瞬間がアイディアになってもおかしくはないです。

— やりがいを感じるのはどのようなときですか。また、創作の中で壁にぶつかったときは、どのように乗り越えていらっしゃいますか。
やりがいを感じるのは、書きながら自分の知らなかった風景や感情に出会うことができた時。意外に思われたりするのですが、知っているから書いているのではなく、未知に出会うために書いています。勿論、描写で必要な知識なんかは調べたりもするんですが、敢えて知らないことにぶつかっていくのが私のやりがいです。人間として人生の幅が広がるような気がします。
壁にぶつかった時は、その壁がどういう種類のものかにもよるのですが、近作で大変だった時には自分の気持ちをお気に入りのノート1冊にとことん書き出したり、万年筆の手入れをしたりして乗り越えました。そもそも万年筆自体が私を鼓舞する大切な道具なので、いつも力をもらったりしています。モチベーションが下がった時に読むと文学への信頼が回復するようなお気に入りの小説家の本もあります。バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』(新潮社刊)はデビュー前から繰り返し読み続けているお守りみたいな本です。


「貝殻航路」が芥川賞候補に選出。喜びと同時に感じた責任感
— 「貝殻航路」にはどのようなテーマや想いが込められているのでしょうか。
テーマのようなものは、人が生きていくのに、その土地につけた痕。ちょうど船の航跡のようなもの、あるいはこれから進んでいく航路のようなもの。という感じです。
根室の生まれなので、子どもの頃から北方領土の存在は知っていて、何度か訪れた納沙布岬から見える貝殻島の灯台の朽ちていく姿にさびしさを感じていました。私にとってとても重要なモチーフで、それを作品にできたことは一つの達成でした。土地に根ざせていない感覚をもつ主人公が、それでもこの土地に生かされている、故郷とはなんだろうか、というわたし自身の問いが近くて遠い北方領土のほうへ向かっていったのかもしれないですね、自分の問いが北方領土へのまなざしと重なったというか。

— 芥川賞候補に選出されたときのお気持ちをお聞かせください。
やっとここまでこれた、という嬉しい気持ちでいっぱいでした。多くの純文学系の小説家にとって、これは一つの目標ですから。有名な賞なので普段届かない読者にまで自分の作品が届いたことは、本当にありがたいことでした。同時に、とても重い責任も感じました。それは少数民族を書くことで常に感じてきた重さでもあるのですが、自分が書いていいのか?書く資格があるのか?ということはよく考えます。
— 芥川賞候補に選ばれた後、周囲の反応やご自身の心境に変化はありましたか。
自分の心境に大きな変化はなかったです。これからも自分がやるべきことを淡々とやっていくだけだと思います。周囲の反応は……本当に大変でした。プレッシャーは強く感じましたが、それは新潮新人賞をいただいてデビューした時からずっとあるものかもしれません。
— これから挑戦してみたいことや、今後書いてみたいテーマがあれば教えてください。
もうしばらくは少数民族のことも含めて、北海道という土地そのものを探求していきたいと思っています。私が北海道に感じている〈欠落〉を理解するために小説を書き続けていきたいです。
弘前での暮らしが「土地」というものを見つめるきっかけに
— 学生時代についてお聞きします。大学生活で印象に残っていることはありますか?
弘前大学に進学したのは、第一志望の大学には届かなかったことがきっかけです。もともと北海道を離れる予定はありませんでしたが、浪人はせずに次の一歩を踏み出そうと考え、後期試験で合格をした弘前大学への入学を決めました。どうしても北海道から出なければならなくなってしまった時、当時は北海道と青森は隣だし近いだろうと思っていたので何とかなるだろうと軽い気持ちでいましたが、私が住む道東からは実際とても遠かったので大変でした。
専攻はとにかく自分一人ではできないことをやろうと思って文化財論を選びました。文学は紙と鉛筆と本があれば一人でもできると思っていたので、選びませんでした(現に今も勉強中です、たぶん一生勉強中です)。
印象に残っていることは、専攻の関係でとにかく墓地にばかりいたことです。何故、人生のきらびやかな若い時代にひたすら墓地なんだろう……と思い出す度に笑ってしまいます。あくまで碑文を読んだり石材を調べたりと調査研究の都合なのですが、無縁墓を何千基もピカピカに磨くという功徳を積んだ、という話は編集者や新聞記者の方々も笑ってくれます。サークルは「邦楽愛好会」に所属していて、筝(こと)や三味線を演奏していました。これは今も習い事として続けています。

— 大学時代に培われた経験や学びの中で、現在のお仕事や創作活動に活きていると感じることはありますか。
生まれて初めて北海道を出て暮らしたということが、自分にとってとても重要な経験になっていると感じます。「土地」というものを見つめる視点を見つけました。北海道という土地の特異さを考えるきっかけにもなっています。
同級生を見ていて、青森県の人って本当に地元が好きなんだなぁと感心したりもして、そういう感覚が自分にはなかったので新鮮に見えていました。「郷土」への感覚が青森の人はとても深いと思います。
— 弘前での暮らしはいかがでしたか。街の印象や、心に残っている思い出があれば教えてください。
弘前での暮らしは素晴らしいものでした。桜が美しく、歴史的な建造物も多くあって見るべきものがたくさんありました。引っ越してきてすぐの頃は津軽弁を聞いて「とんでもない土地に来てしまった」と思いましたが、不思議とそれがだんだん好きになって、今でもたまに聞きたくなります。住んでいたアパートの大家さんが五所川原の人だったので、電話をしたりするとなかなか大変でしたが、とても親切にしてもらったことも心に残っています。青森の人は自分たちの言葉を大切にしている印象を持ちましたし、美術館や図書館が充実していて、とても楽しかったです。
大学生のうちに「独学の力」を身につけて
— 弘大生や、これから大学進学を目指す高校生へメッセージをお願いします。
人生で自分のために充分に時間を使えるのは、学生のうちだけだなと最近思います。なので、周囲に流されずに自分がやりたいと思ったことをやり通してください。
あと、大学生のうちに身につけるべきものは独学の力だと思います。すぐに使える知識はすぐに使えなくなる、逆にすぐ役には立たないけれど基本的な力は一生使えます。今の時代、楽器でも語学でも、何でも独学で始めるのにとても良い時代だなと思うことも多いです。それから千葉雅也さんの『勉強の哲学』という本はぜひ若い方々に読んでいただきたいです。
作家を目指している高校生や在学生に、久栖さんからメッセージ
作家を目指している若い人に伝えたいことは「群れない」ということ。書くという仕事は、結局のところ自分一人で遂行しなければならないことなので、孤独を当たり前にして一人真摯に言葉に向き合って生きていく覚悟がないと難しいかなと思います。そういう自分を保ちつつ、生活のためになんらかの仕事をして賃金を得ないといけないので大変です。この世界に馴染めない自分と、馴染んでやっていくしかない自分という両極に引裂かれていく感じがします。
新聞社の取材や書評といった自分の小説執筆以外の仕事も結構多くて時間の使い方には苦労しています。要領のいい人なら上手くやれるかもしれない、でも要領のいい人はそもそも小説なんか書かないかもしれない。作家としてデビューしたらさぞかし幸せだろうと思われるかもしれません、確かに私は運よくデビューできて編集者や読者にも恵まれて幸せです。でも生き方としてはデビューしてからずっと地獄です(笑)。地獄で笑う強さが必要かなと思います。


