恋愛や夫婦関係といった親密な関係が、どのように維持され、あるいは壊れてしまうのか。人文社会科学部の古村健太郎先生は、そんな日常にあふれる現象を社会心理学の視点から研究しています。最近では、アイドルやキャラクターを応援する「推し活」が心の安定にどう影響するかといった研究にも着手。大学の周辺地域では「自分たちで楽しさを創る」を目指した実践として、学生たちと共に民間企業や自治体との協働プロジェクトも推進しています。 そんな古村先生に、社会心理学の面白さや学生との活動について伺いました。
教員を経て研究者に。日常とつながる学術領域
― 先生が社会心理学に興味を持たれたのは、いつごろですか。
高校生のころは、心理学という言葉は知っていましたが、全然興味はなかったです。進学した北海道教育大学では1年生で研究室に仮配属される仕組みがあるのですが、「一番雰囲気がいい」と評判を聞いた心理学研究室を選びました。そこで専門の教育を受けて意外な面白みを感じました。例えば恋愛のような、日常にあふれるもの。それが直接、学問につながって、真面目な研究対象になるという点が魅力的でした。
― 元々は教師を志望されていたのですね。
はい。将来は小学校や中学校の先生になりたいと思っていました。教育大に進学したのは、当時から打ち込んでいたサッカーが強い大学だから、というのも理由の一つでした(笑)。大学院を修了し、その後は臨時教員として中学校の特別支援学級や普通学級、小学校で3年間、教育現場を経験しました。
― そこから研究者の道に転じたきっかけは何だったのですか。
教師という仕事には魅力を感じていたのですが、小学生のような幼い生徒を受け持つ責任の重さを痛感するようになっていました。それと同時に、修士課程での研究が楽しかったのもあって、改めて大学院で心理学を研究しようと思ったのがきっかけです。仮に不合格であれば諦められると思っていましたが、合格できたので研究の道に進み、今に至ります。
― 教員としての3年間の経験は、今の研究にどう生きていますか。
考え方の基本になっているところはありますね。研究をしていると、どうしても数字ばかり見てしまい、リアルな現場が見えなくなりがちです。教員時代には、教師側の目線で心理学の研究が「机上の空論」と言われることもありました。それは、研究者が実践との結びつきをうまく伝えられていないこと、教師側が基礎的な研究を読み解くリテラシーを学ぶ機会が少なかったことの両面があると感じました。そのような隙間を埋めるアプローチができればと、現在も思っています。

身近なのに奥深い、「親密関係」の研究
― 先生が続けている親密関係の研究とは、具体的にどのようなものですか?
恋愛関係を例に挙げると、告白と承諾という、いわば口約束の契約を結ぶことで、そこに第三者が侵入できず、そして当事者たちが踏み越えてはいけない境界が生まれます。その境界を取り巻く行動や現象により、関係が維持されたり、崩壊したりします。その行動や現象を分析していくことが研究内容です。そこからDV(ドメスティック・バイオレンス)や性被害といった問題を予防するために、原因となる行動を変容させるためのアプローチだったり、「別れられない」という気持ちが恋愛関係や夫婦関係に与える影響、恋愛関係の崩壊後の反応、遠距離恋愛と周囲の関係性など、さまざまなテーマで研究しています。現在は「社会的空想」の調査をしています。これは「特定の誰かを思い、考えること」なのですが、実際の恋愛感情や親密な関係を持つ相手に限らず、架空のキャラクターやメディアに登場するキャラクターも含みます。どのような状況で、どのような社会的空想をすることが心身の健康を促すのか、を考えているところです。
― 社会的空想は、いわゆる「推し活」と呼ばれるものでしょうか。
推し活と社会的空想は異なるものです。ただ、推し活の中で推しを思い浮かべ、推しとの相互作用を空想する人もいるでしょう。元々、恋人や夫婦といった親しい関係が心の安定につながり、そのためには身体的な接触が重要だ、という研究がありました。でも一方で、親密な相手を「思い浮かべるだけ」、つまり社会的空想をするだけでもある程度、安心が得られるという結果もあります。それなら推しを思い浮かべる空想だけでも、同じような効果があるんじゃないか、と思ったのが研究のきっかけです。
現在分析中のデータでは、推し活で得られる安心感は、やはり恋人や夫婦といった、本物の親密な相手には敵わないようです。ただ「誰かとつながっている」という感覚を満たしたりするために「推し」という存在や、自分で作った架空のキャラクターを思い浮かべることでも、少しは効果があるかもしれない、という結果が出てきています。
― 社会的空想の在り方は時代と共に変わってきているように感じます。
昔は、テレビの中のアイドルにファンレターを送るくらいで、完全な一方通行でした。でも「会いに行けるアイドル」が出てきて、今ではSNSでコメントを拾ってもらえたり、応援に「ありがとう」とリアルタイムに返事がきたりする。疑似的ではあっても、社会的な関係が成り立つようになったことで、昔よりも「リアルさ」を持ちやすくなっていると考えます。元々は現実にある心の隙間を埋めるものだったのが、環境が変わったことで、もはや「隙間」ではなくなってきている人もいるのではないでしょうか。例えば、VR(仮想現実)の世界で、女性の姿をしたアバター同士が恋愛しているけれど、中の人は2人とも男性、なんていう、私たちの想像を超えた現実も起きています。テクノロジーの発展と共に、対人関係もどんどん変わっていく。そういう意味でも、この分野は非常に面白いホットトピックですね。
― コロナ禍での夫婦関係の変化についても研究されました。
4年ほど夫婦関係の追跡調査をしており、そろそろ中断しようと思ったタイミングでパンデミックが発生し、急きょ調査を続行してコロナ禍の前後のデータを集めることができました。
一般的に、夫婦関係の満足度は、年々緩やかに低下していく傾向が世界中で見られます。私たちのデータもそうでした。ところが、コロナ禍による緊急事態宣言の前後では、その満足度が一時的に上がりました。同時に、「別れられない」という気持ちが、それまでより急激に上がりました。
私たちの調査対象は、元々関係が良好な夫婦が多かったのですが、そうした夫婦は、コロナという危機的状況で外のネットワークに頼れなくなった時、「自分たちの関係は良いものだ」と(都合よくバイアスをかけて)再認識し、かつ「今、別れることで生じるコストは大きい」という気持ちを優先させることで、危機に適応していたのではないか、と解釈しています。

学生のアイデアを引き出し、地域社会と手をつなぐ
― 先生は研究室の外に出て、学生との地域連携活動にも注力されていますね。
私が担当する「社会調査実習」では学生と一緒に弘前市やその近隣で「自分たちで楽しさを作る」ことを目指した実践をしています。地方都市は「何もない」と言われがちですが、何もないなら自分で作ればいい、というスタンスです。活動は民間企業や自治体などと協働によって進めています。これまでには「本当に困っている人がやってほしい親切図鑑を作ろう」(協力:株式会社Volante.)、「恋はジェスチャーゲーム」(協力:株式会社Volante.、シンガーソングライター・多田慎也さん)、むつ下北未来創造協議会型ロジックモデルの作成(協力:Tsumugu)などの取り組みがあります。
「男女のすれ違いをなくすために」学生が楽曲を制作!多田慎也さん・ジョナゴールドさん(RINGOMUSUME)が協力[人文社会科学部]
現在、学生たちが大鰐町と「大鰐未来づくりプロジェクト」を進めています。2023年、大鰐町役場に勤めていた卒業生から弘大との連携について相談を受けたのをきっかけに、まずは町の情報発信のために学生たちと一緒に公式LINEの立ち上げ事業のお手伝いをしました。その実績から大学と町が包括連携協定を締結。学生も職員さんたちも、一緒に活動することに楽しさを感じていたので、翌年度から「町がやりたいことを学生がサポートする活動」としてプロジェクト化しました。
弘前大学協働事業「町職員×弘前大学生 大鰐未来づくりプロジェクト」がスタートしました![大鰐町ホームページ]

―プロジェクトへの取り組み方で念頭にされていることはなんですか?
大鰐町との活動に限らず、私は大枠を与えるだけで、学生には自らで考えを出してもらうようにしています。生み出す過程には楽しみよりも辛さを感じさせてしまっているかもしれませんが…(笑)。
大鰐のプロジェクトでは、学生と役場の職員さんが協働することで、職員さんたちの中にも「自分たちでも面白いことを作れるんだ」という感覚が生まれたらいいな、と思っています。学生たちが町民向けの発表会で、職員自身が「インスタ(Instagram)をやったらこんな効果がある」と提案したことがあり、実際に今年7月に町がインスタの公式アカウントを開設しました。学生が役場の人たちの背中を押したのかもしれません。来年度(2026年度)は、これらの取り組みを私の授業から切り離して、プロジェクト自体が自走できる体制をつくれるよう、職員のみなさんと話し合いを進めています。


学生企画の大鰐町職員研修でのワニポーズ
大人が真剣に楽しむ姿が、学生の「面白い」を引き出す
― 学生を指導する上で、大切にされていることは何ですか。
「楽しいこと」「面白いこと」をまず自分で見つけないと始まらない、ということです。
特に地域での活動では、大人が格好つけて見守るのではなくて、まず大人である自分自身が真剣に楽しんでいる姿を学生に見せたいと思っています。大人が楽しくないことを、学生が楽しめるわけはないので。

― 弘前大学や、先生の所属するコースの魅力はどんなところでしょう。
人文社会科学部の地域行動コースは、人類学、社会学、地理学、統計学、そして心理学の教員がチームを組んで、学問の垣根を越えて学生を指導しています。こういう多様な分野の教員が、しかも仲良く協力している教育体制は珍しいと思います。いろんなことに興味が湧いている人にとって、大学に入ってから自分に合う研究領域を探せるのは、とても良い環境だと思います。
弘前という街自体の人的資源も非常に豊富です。さまざまな分野のプロフェッショナルが身近に、多数存在しており、一流の知識や技能に触れる機会にも恵まれています。学生が何か「やりたい」と言った時、応援してくれる大人がたくさんいて、地域研究がやりつくされた感のある大都市と比べると、挑戦できる未開の研究領域が程よく残っているフィールドでもあります。
― 最後に、高校生や在学生へのメッセージをお願いします。
「何を勉強したいか分からない」「何かに挑戦したいけど、将来どうしよう」と悩んでいる中学生や高校生も多いと思います。それは何らおかしいことではありません。私もいつも迷っています(笑)。そんな迷える高校生にとって、弘前大学の人文社会科学部は、とても良い選択肢になると思っています。社会心理学では、日常の「当たり前」が、本当に当たり前なのか、なぜそうなのかを探るプロセスを学びます。この「問いを立てて探求する」プロセスは、大学を出てから社会で課題解決をしたり、プロジェクトを進めたりする上でも、全く同じように役立つスキルです。ぜひ、私たちと一緒に迷いながら、勉強していきましょう。

Questionもっと知りたい!古村センセイのこと!
― 大学時代に打ち込んでいたサッカーは現在も続けているとか。
ゴールキーパーとして2チームで活動しています!一つは田舎館村の青森県社会人リーグ1部所属のチーム。こちらは私が最年長ですが、もう一つの40歳以上シニアリーグ所属のチームでは若手枠。40歳超えて「ルーキー」と呼ばれるのは気分がいいです(笑)。50歳、60歳のリーグもあるので、60歳までサッカーをやりたい!というのが最近の目標です。
― 他にも趣味はありますか?
出張先で走ることです。早朝にジョギングをすると、バスや車では気づかない街並みや、人の営みが見えて面白いんです。最近だと、広島で球場の周りを走ると試合のない日でもカープファンが球場付近を散歩しているなど、街に球団が根付いていることを実感できたり、大阪の梅田の繁華街を朝走ったら、酔いつぶれて寝ている人がたくさんいてホラーゲームみたいだったり(笑)、長野の松本市ではいたるところで早朝にラジオ体操からの雑談をしていたり。そういう発見が楽しいですね。
ゲームもやります。RPG派で有名タイトルはだいたいプレイしてきました。ただ、最近は目が疲れてしまうので、1日1時間くらいが限界。ゲームにしろエンタメ系にしろ、学生に色々教えてもらうのも楽しいです。アイドルやYouTuber、VTuberもちょっと詳しくなりました。


