私たちがふだん生活するうえで、あまり気に留めることなく利用している道路や上下水道、ごみ処理、除排雪、学校教育などの行政サービス。私たちが安心して便利に暮らせるように、税金を使ってこれらのサービスを提供するのが国や地方自治体で、それらが行う経済活動が「財政」です。
人文社会科学部の金目哲郎准教授は、「財政学」を専門とし、国と地方自治体の財政関係、特に地方税制度や地方交付税制度に関する研究を行っています。
演習系の授業では、弘前市役所と連携し、学生たちが地域の課題を調べ、具体的な制度や政策を考えるなど、財政学の視点を通した地域課題解決のための取り組みを行っています。

自治体職員としての実務経験

― 先生のご出身は? 大学ではどんな研究をされていたのですか?

神奈川県の西部にある足柄上郡大井町というところで生まれ育ちました。小田原市の隣、箱根の山々や富士山を眺められる足柄平野にあり、とても自然豊かな場所です。

社会科全体を広く学びたいと思い、大学は教育学部に進みました。当時の指導教員が経済学の専門だったこともあり、学部時代は主に経済学を学び、大学院時代は経済学の分野の一つである財政学の研究を行っていました。

― 大学卒業後は、どんな分野に進まれたのですか?

首都圏の自治体に勤務し、自治体職員として16年間、行政分野に従事しました。たまたま私が勤務していた自治体は財政上それほど苦しいところではありませんでしたが、全国のデータを見ると、地方圏の自治体は税収だけでは財政運営に困難をきたすなど、地域間での格差が生じています。人口減少が進み、地方経済が低迷するなか、さらに地方税収が減少すると、住んでいる自治体によっては、学校教育、道路、水道など、私たちがふだんあたりまえのように享受している行政サービスが行き届かなくなってしまう恐れがあります。

「日本全国、そこに人が住んでいる限り、生活を保障しなければならない。その役割を担っているのが地方自治体である」。これは、大学院時代の指導教員がよく話していた言葉です。日本のどこに住んでいても、行政サービスが提供され、安心して生活できる仕組みづくりについて研究するきっかけにもなりました。大学院には社会人枠ではなく一般枠で入ったため、仕事との両立は大変でしたが、研究は非常に面白く、いつか自分が学んだことを研究分野から社会に還元したいと思うようになりました。大学院で博士号を取ったタイミングで、たまたま弘前大学の公募があり、2011年に弘前大学に着任しました。

インタビュー中の金目先生

日本全国どこに住んでいても、安心して生活できる
社会の実現をめざす研究

― 弘前大学で取り組まれている先生の研究テーマについて教えてください。

国と地方自治体の財政関係、地方自治体の財源保障に関する研究を行っています。
「財政は、社会を映す鏡」と例えられることがあるように、財政学の視点を通して、現代社会のしくみや特徴、問題を知ることができ、それによって、改革課題を考え、制度設計のあり方を展望できます。財政学を通してみると、研究成果が国や地方自治体における具体的な制度や政策に結び付いているところがわかってきます。それが、財政学の魅力の一つだと思います。

地域間の税収格差を是正しながら、税収の不足する自治体の財源を保障する役割を果たしているのが、国が地方自治体に交付している地方交付税です。地方交付税研究を通じて、日本全国どこに住んでいても安心して生活できる。そういう社会の実現をめざしている研究です。

弘前市役所と連携しながら行っている「自治体政策研究」

― 学生に指導するうえで、大切にされていることは何ですか?

大人数での講義では、財政学という学問がこれまで培ってきた原理原則や概念を中心に講義しています。どの時代でも、どの国・地域でも拠り所や物差しになる考え方を修得することで、学生たちが国や自治体の制度や政策を自分なりに評価したり考案したりできることを期待しています。

― 演習系の授業では、どんなことに留意していますか?

調査や思考のプロセスを大事にし、そのうえで結論を導くように助言しています。提案する政策内容を考える前に、「いま何が問題か」(問題意識)、「その問題に対して、いま、どのような対策が講じられているのか」(現状把握)、「その対策はうまくいっているのか/いないのか、なぜ、うまくいっているのか/いないのか」(考察・評価)を調べて、そのうえで「今後どのような対策を講じたらよいか」(提案・結論)を考えることが重要です。

たとえば、弘前市役所と連携しながら行っている「自治体政策研究」は、学生がチームに分かれ、自分たちで弘前市の課題を見つけその課題を解決するための政策を考える授業です。これまで、学生たちからは、除排雪やゴミ問題、カラス対策、りんごを活用した観光振興策など、さまざまな政策の提案が出されました。学生たちは、その問題に対して、現在、弘前市がどのような対策を行なっているのかをヒアリングするために、市に送る依頼文書を作るところから始めます。そして、学生たちはさまざまな部署の職員の方にお話を聞きながら、チームで考えながら進めていきます。
毎年冬には、弘前市役所の方をお招きして、チームごとに政策提案を行う学習発表会を開催しています。市の担当職員がズラリと並ぶなか、学生たちは堂々と発表を行います。時には市から学生に対して厳しいコメントも出されるなど、市の職員の方が本気になってしまうほど。それくらい弘前大学の学生は、魅力的な提案をしているのだと思います。学生の立場で社会人と深く議論したり、行政を内側から見る機会はなかなかないので、学生にとっても非常に貴重な経験だと思っています。

― ゼミナールではどんな研究をされていますか?

文献を読んでディスカッションを行うなど、財政学の視点から日本社会や地域経済を解き明かす研究を行っています。コロナ禍以前は、全国の10校近い大学と一緒に合同ゼミナールを行っていました。昨年からは規模を縮小し、都内の大学と2校で合同ゼミナールを開催しています。学生たちは、他県の学生たちとディスカッションするなかで、自分たちとは異なる視点にあらためて気づかされることが多く、広い視野で物事を考えるきっかけになっています。

2022年12月に弘前で開催した合同ゼミの様子
2022年12月に弘前で開催した合同ゼミの様子
2022年12月に弘前で開催した合同ゼミでの集合写真
合同ゼミでの集合写真

現実社会に向き合い、当事者感覚と他者感覚を併せ持つこと

― 研究テーマを設定したり、政策提案をするうえで、どんな視点が必要ですか?

まずは、当事者感覚と他者感覚を併せ持つこと。たとえば、子育て支援による若者の定住政策を提案するとき、その政策が打ち出されたら、自分だったらそのまちに定住するだろうか、自分とは異なる立場の人だったら実際にどうだろうか、と、自分ごと、プラス他者感覚の視点を取り入れることです。

次に、自治体の政策を考える際、それは自分たちにとっても喜ばしく楽しい内容であるかどうか、という視点です。国や自治体の行政・財政の政策は、そもそも、よりよい社会、みんなが安心して元気に暮らす社会をめざしています。たとえば、地域の活性化をめざすための政策を考える場合、自分たちが楽しいと思えない政策が地域を元気にさせるはずがありません。ですので、自分たちもワクワクできる政策であるかどうか、という視点が大事です。

最後に、さまざまな社会現象や問題に向き合うとき、複雑なものは複雑なものとして把握する、全体を丸ごとつかむことが大切だと助言しています。そもそも、世の中の出来事は、そう簡単に割り切れない混沌としたもので、さまざまな要素が絡まり合いながら、歴史的に紡がれてきたものです。財政学においても、包括的かつ歴史的な視点を通して現状を把握し、現実社会に向き合ったうえで政策を考えることが必要です。これは、私がとても大切にしている姿勢です。

公務員として、全国各地で活躍しているゼミ生たち

― 学生の就職先は?

ここ何年か、私のゼミ生は、全員公務員です。青森県出身の学生は県内の自治体や行政機関に就職し、県外から来ている学生は地元に戻るか、あるいは首都圏の自治体などに就職しています。行政の仕事では、事業やイベントが注目されがちですが、やはりその支えになるのは財政。そういった意味では、公務員をめざす人は、この分野を学んでおいてもよいのかなと思います 。

― 弘前大学の魅力は何だと思われますか?

弘前大学の良さは、「学生の魅力」にあると思います。弘大生は、世間的には典型的な地方国立大学の真面目タイプでくくられてしまいそうですが、実はバラエティに富んだ学生が多いと感じます。ゼミナールや演習系授業などで学生たちと身近に接すると、社会をみる視点の置き方、解決のアプローチの仕方が優れていることに驚かされます。そうしたさまざま視点やアプローチで導かれた意見も実に多様で創造的です。弘前大学は、発想が豊かで個性的な学生が多いと、毎年、実感しています。

― 弘前大学を目指す高校生や、在学生に向けてメッセージをお願いします。

いま、目の前にあることに一生懸命に取り組んでください。そして、勉学、趣味、どんなきっかけでもよいので、外国にも飛び出して視野を広げてほしいと思います。きっかけは何であれ、その結果は必ず後からついてきますし、それがどのようなものであれ、自分自身の飛躍の糧になると思います。ぜひ、いろんなことに挑戦してみてください。

インタビュー中の金目先生

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― 学生時代の思い出は?

学部時代は、バックパッカーで、アジア、ヨーロッパ、中東などをよく旅していました。都内の大学は、7月の半ばから9月末まで夏休みだったので、テストが終わった日に日本を出発して、学校が始まる頃に帰国。まだネットがなかった時代ですので、ガイドブックで安宿情報などを調べてあちこち巡りました。当時は、非常にぼったくりが多く、なかでもアラブ圏では公共交通機関でさえ価格交渉があたりまえ。トラブルになった時は、日本語で抗議して乗り切りました。夜行列車で移動すると宿代が浮いたので、ヨーロッパでは乗り放題のパスも利用しました。学生時代に、さまざまな国の文化にふれたことが一番思い出に残っています。

イエメン・サナアの屋上からの眺め
イエメン・サナアの屋上からの眺め
イエメン・シャハラの護衛
イエメン・シャハラの護衛
世界最古のシリア・ウマイヤドモスク
世界最古のシリア・ウマイヤドモスク
シリア・アレッポのロバ
シリア・アレッポのロバ

― 趣味は?

旅行が好きです。これまで40~50カ国は行っています。その影響もあり、各国の料理を食べ歩くのが好きになりました。アラブ料理、ロシア料理、ミャンマー料理など、ちょっと変わった料理が好きで、首都圏に住んでいた頃は、現地の人が開いているちょっとディープなお店など、日本人が絶対入らないような店に好んで行っていました。

ウズベキスタン料理・ラグモン
ウズベキスタン料理・ラグモン
広尾で食べたシリア料理
広尾で食べたシリア料理

音楽も好きで、高校時代はビートルズや、レッド・ツェッペリンなどロックにはまっていました。青森出身のミュージシャン矢野顕子さんもお気に入り。今は、ピアノが好きで、コンサートやリサイタルに出かけています。時間がない時は、日帰りの弾丸で都内まで行くこともあります。

青森に来てから、温泉が大好きになりました。百沢温泉郷や古遠部温泉などの雰囲気も好きです。こんなに素晴らしい温泉が近くにたくさんある青森は、とてもぜいたくな場所だと思います。