アフリカおよび日本の農山村を研究フィールドとする近藤史先生。社会変化に応じて新たな技術やシステムを取り入れつつ当地の人々が生みだしてきた「草の根イノベーション」に目を向けて、現場での観察と聞き取り調査から分野横断的に分析し、よりよい地域社会の在り方を探求されています。
アフリカや日本の農山村における森づくりを研究
人文社会科学部 社会経営課程 地域行動コース
近藤 史(こんどう ふみ)准教授
森づくりで苦境を乗りこえたタンザニア南部の農業
今でこそ地域研究を専門としていますが、大学入学当初は農学部で土壌肥料学を学んでいました。フィールドワークがもっぱらの現在とは真逆の、一日中ラボに籠るような研究スタイルでした。当時は、ジャガイモの表面が陥没してしまう指斑病という症状の発生メカニズムを調べていて、土壌中のカルシウムやホウ素の不足が原因だと明らかにしました。一方で、そのような土壌状態も、実は別の病気を防ぐ目的で施肥をコントロールした結果、人為的につくりだされていました。農業の問題は目の前の畑や作物を見るだけでは解決しないという衝撃がきっかけで、人文社会科学領域にドリフトし、通時的な視点も取り入れながら人と農地の関わりを総合的に研究するようになりました。
日本国内の農業は行政や農協による改良普及指導体制がしっかりしていて、ある程度均質に管理されていますが、それよりは地域の人たちが環境と向き合いながら試行錯誤している農業を見たいと思い、向かったのは東アフリカ。タンザニア国の南部高地で、政府が普及をすすめる農業近代化、すなわち化学肥料や農業機械を用いたトウモロコシ改良品種の連作とは逆行するように、在来の焼畑を環境創造型のシステムへと革新していくベナ族の人たちに出会いました。焼畑というと森林破壊を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、ベナの人たちがいま焼畑をおこなうのは自分たちで育てた人工林です。私が初めてこの地を訪れた2000年当時は未だイノベーションの途上で、はげ山のような草地景観がひろがっていました。彼らは草地にひらいた畑でトウモロコシを連作していましたが、高価な化学肥料を買えなかったり、お金を用意しても必要な時期に肥料が流通していなかったりして、収穫は不安定でした。そうしたなかで、肥料に頼らず土壌に養分を供給できる方法として在来の焼畑が見直されていきました。
はげ山で、どうやって焼畑を可能にしたのでしょうか?ベナの人たちが目を付けたのは、独英植民地期(20世紀前半)に工業原料として持ち込まれた外来樹、タンニン抽出用のモリシマアカシアと製紙パルプ用のパツラマツでした。これらは生長が早く、また前者は炭焼き、後者は製材にも使えます。そこで彼らは農地に植林し、育てた木の幹を炭や木材に利用したあと、残った枝葉を燃料として農地に火を入れるようになったのです。21世紀にはいると、タンザニアでは鉱物資源輸出や観光業の隆盛とともに地方分権化がすすみ、都市部で燃料や建材の需要が高まりました。この社会経済変化を捉えてベナの人たちは積極的に植林を拡大し、使うために森をつくる、環境創造型の焼畑システムを広く普及させました。
新たな焼畑システムは、在来の農業技術と西洋由来の林業技術を融合させた一石二鳥の農法です。火入れから3年間は穀物と豆や野菜、芋などを混作し、その株間に再植林を欠かしません。4年目以降は木が生長して大きな日陰をつくるようになるので、作物の栽培はやめて育林に専念します。枝打ちや間伐などの管理を続けることによって火入れから10年ほどで森林が回復し、再び樹木を伐採・利用して焼畑をおこなえるようになります。農地に養分を供給するための火入れは植林地の地拵えを兼ねており、同様に除草は下草刈りを兼ねて、作物の生育と樹木苗の活着をともに促進します。焼畑と林業を複合することで、コストを節約しながら大きな林業収入を得るとともに、食料も安定して生産できるようになりました。
ベナの人たちは政治や経済の変化にたびたび直面するなかで、従来の生活様式や生業様式に外来の技術や仕組みを取り入れて、焼畑のようなイノベーションを次々と起こしています。そうしたアフリカ農民のダイナミズムにほれ込み、研究を続けています。

他産業との掛け合わせに見る津軽塗復活の糸口
アフリカの農村でフィールドワークを続けるうちに、日本の農山村についてもっと知りたいと考えるようになりました。ご縁があって弘前大学に着任したので、タンザニアで見聞を広げた農林業の面から地域と関わりたい思い、出会ったのが津軽塗と、それに使われる塗料「漆」を産出するウルシの木でした。天然の塗料・接着剤として古くから漆器や木造建造物の生産と修復に利用され、津軽はもとより日本の物質文化の基層をなす森林資源、漆に興味がわきました。
現代の津軽地域において、誰がどのようにつながることで漆の持続的な生産が可能となるのか研究しています。漆は、ウルシの木の幹に傷をつけて沁みでる樹液を掻き採ってつくられますが、その生産には多くの人の関与が必要です。ウルシを植えても良いと考える山(土地)の持ち主、ウルシの苗木をつくる人、山に苗木を植えて管理しウルシの森を育てる人、十分に育ったウルシの木から樹液を採取する人、樹液を精製する人、全員が揃わなければ漆を生産できません、現在、日本国内で消費される漆の90パーセント以上は中国から輸入されています。国産漆の占める割合は7パーセント程度で、その大半が青森県のおとなり、岩手県の浄法寺地区で生産されています。「津軽塗」といっても、使われる漆の多くは他地域で生産されているのです。これを津軽産の漆に変えていければ、地元産の工芸品として付加価値を高めることができます。

いま注目しているのは、ウルシの苗木生産に取り組む平川市の障がい者就労支援事業所「きりんの里」と、そこで生産された苗木をつかって植林に取り組む弘前市の林業会社「ミミずく」の活動です。ウルシはフレッシュな葉や樹液に触れるとかぶれたり、種をそのまま植えても発芽せず特殊な処理が必要だったりして、育苗に手間とコストがかかります。この点がヒバやスギなどの一般的な造林用の苗木生産を担ってきた種苗会社では取り扱いにくい要因になっています。ところが、障がい者雇用の現場ではこれをプラスに転じています。育苗工程を単純作業に細分化したり、未成熟種子や樹液採取後の廃材を用いたオリジナル商品を開発したりすることで、一人ひとりの特性に応じて取り組める作業をいくつも創り出し、異なる障がいのある人たちに広く仕事を提供しています。また、継続するなかで携われる作業の種類が増えたり、生産した苗木が森になり、そこで採れた漆が津軽塗に使われたりすることで、仕事のやりがいも感じやすくなっています。
ウルシの植林は、青森県の農山村が抱えるいくつかの社会課題を芋づる式に解決できる可能性も秘めています。こうした地域では高齢化や人口減少と木材価格の低迷によって山林を利用・管理する人が減り、そのことが獣害やゴミの不法投棄、豪雨時の土砂災害などの問題を誘発しています。林業が盛んになって再び多くの人が山林に入るようになれば問題を軽減できるのですが、苗木を植えてから収入を得るまでの育林期間が長すぎると地主も植林するのに躊躇してしまいます。スギやヒバだと木材生産するまで40年から50年以上かかるので、たとえばいま40代半ばの私が植えて、90歳になるまで自分で元気に管理できるかというと自信がありません。その点、ウルシは樹液を採れるようになるまで15年程度と比較的短いですから、次の世代への負担をあまり心配しないで植林することができます。
ウルシの苗木生産および植林(林業)と障がい者の雇用(福祉)を掛けあわせた林福連携の取り組みは、タンザニアでおこなわれている環境創造型の焼畑システムと同様に、地域社会の困難を乗り越える糸口になりそうです。生産コストがかかる分、ウルシの苗木は高価ですが、障がい者の社会参画や地域の環境保全、文化振興など多様な文脈で人びとや事業者をつないで植林を広げることを期待できます。津軽塗にとっても、福祉に興味のある人がきりんの里の活動から漆に出会って津軽塗を好きになるといった、新たな顧客の掘り起こしも期待できます。

アフリカと津軽で構想する持続可能な社会
持続可能な社会を考える際に、自然環境をただ守ろうというのではなく、守ることで何らかの利益を得られる仕組みをつくることが重要だと考えます。タンザニアの農村でも、焼畑と林業に利用するためだからこそ人工林が育てられ、間接的に天然林が守られていました。自然資源が豊富にあり、そこで地に足をつけてさまざまな取り組みをしている人たちがいるという点が、アフリカと津軽の強みです。「使うために森林を守る」という仕組み、言うなれば「環境創造型の産業」が成り立つのはどういう社会か、そこにはどのような人・もの・情報のネットワークが必要なのか。その答えを構想するには、アフリカと津軽はぴったりのフィールドだと考えています。
地域課題の解決策は、机上で考えると画一的で、もっともらしいけれど現場で使えないものに陥りがちです。現場で観察したり話を聞いたりすることによって、地域の人びとの暮らし方や試行錯誤の経験の蓄積、無関係に見えたことの相関などに気付かされ、そこから地域の実情に即した方策を導き出せるようになります。それは時に、思いもよらない答えかもしれません。人間の創造力や可能性を読み解き、その地域の未来や、別の地域のために応用できる知見を探ることがフィールドワークの醍醐味です。

この研究に興味がある方へ、近藤先生からメッセージ
森づくりや漆の研究というと、農学部や工学部、あるいは芸術系の学部で研究するイメージが強いかもしれませんが、それを担う人びとの関係や、地域社会の動向に着目して分析するという社会科学的アプローチもあります。生活者の視点から林業の課題を捉えたり、さまざまな社会現象と林業の関わりを解き明かしたりするのは、人類学や地域研究が得意とする分野です。山や森が好きな人、手仕事が好きな人、弘前大学に入って一緒にフィールドワークをしませんか。理系・文系・芸術系いう枠にとらわれず、現場で地域の人たちと一緒に身体と頭を動かしながら、課題解決の糸口を探求しましょう。