東日本大震災をきっかけに設立した「弘前大学地域創生本部ボランティアセンター(以下、ボランティアセンター)」では、教員有志と弘前大学生らが中心となり被災地への支援活動を行いました。現在は被災地に限らず地域のさまざまな活動に参加し、多様な地域課題に接しています。「人文社会科学部地域未来創生センター(以下、地域未来創生センター)」は人口減少対策を主なテーマに掲げ、地域課題を研究し地域との交流を継続的に実施しています。両センターのセンター長を務める李永俊教授は、地方の若者に関する統計データを収集し、若者の選択行動メカニズムを解明するほか、持続可能で安心安全な地域づくりを研究するなど、全国でも珍しい研究を続けています。

労働経済学による行動原理の研究からボランティア活動まで

弘前大学人文社会科学部
李永俊(い よんじゅん)教授

「ボランティアセンター」、「地域未来創生センター」とは?

「ボランティアセンター」は被災地で学んだ教訓を地域に還元すべく、除雪、学習支援、子ども居場所づくり、避難所設立訓練など、活動範囲を拡げてさまざまなボランティア活動を実施しています。全学組織であるため学部や学年は関係なく、弘前大学生であれば登録するだけで活動に参加可能。活動を通じて地域の課題を肌で感じ、地域課題の根の深さや解決の困難さや人々の温かさ、感謝する気持ちの大切さを感じるアクティブラーニングを実践する場でもあります。

除雪ボランティア
通学路の除雪ボランティア(弘前市と共催)
こども食堂学習支援活動
こども食堂学習支援活動での食事の様子

研究結果として、ボランティア活動を平時に経験した人は災害などが発生した際、率先してボランティアに参加するといった分析結果を得ています。大学でボランティア活動を経験することは地域に貢献できる人材育成にも直結します。実際にボランティア活動を経験した卒業生の中には、仕事をしながらボランティア活動を続けている人もおり、ボランティアを経験した学生を地域に輩出することで地域社会の安全・安心に貢献していると言えます。

平時のボランティア経験に関するアンケート調査結果

「東日本大震災の後、調査時点(2014年10月)までに次にあげるようなことをおこなったことがありますか」の質問に「ある」と答えた人の割合を、震災以前にボランティア活動を行ったことがあるグループとないグループに分けて比較したもの

ボランティア活動に関するアンケート調査
資料:弘前大学・大阪大学「ボランティア活動に関するアンケート調査(2014)」

「地域未来創生センター」は前身の「雇用政策研究センター」から続いている本学の特定プロジェクト教育研究センターです。センターでは、地域課題を研究者だけでなく、地域と共にその解決策を模索することを目的に活動。現在は、人文社会科学部の研究活動や研究から得られた地域資源などを発信し、地域住民との共有を図ると共に、アウトリーチ活動として地域の行政担当者、民間企業、地域住民などの声に耳を傾け、地域課題の発見、その解決策を模索するプラットフォームになっています。

2つのセンターは、私が専門としている労働経済学と実は密接に関わっています。

若者の行動原理が研究テーマ

取り組んでいる研究テーマは3つあります。1つ目は「若者の地域間移動」の研究。「若者の地域間移動」は地方における過疎化と都市における過密化の要因となります。人口急減の最大の原因と言われ、少子化や人口減少を招く最重要課題。青森県においては人口流出による将来の親世代の減少が、地域の存続を脅かす懸念があります。研究では若者が移動する要因を、地域間経済格差や地域志向教育の意義などに着目し、 統計データやアンケート調査を用いて分析しています。

2つ目は「災害復興支援に関する研究」。「ボランティアセンター」を通じて岩手県の野田村への支援活動を行ったことが始まりでした。震災以降の継続的な支援活動を通して築くことができた野田村の住民たちとの信頼関係をもとに、アンケート調査や参与観察、インタビューを通して、復興支援のあり方などを研究しています。

野田村 ボランティア活動
台風19号による被害への災害ボランティア活動(岩手県九戸郡野田村)

3つ目の研究は「ボランティア供給行動」です。ボランティアに参加する人たちの決定要因分析や、ボランティア人材の育成事業などを、教育活動と地域貢献活動、研究活動を一体化して取り組んでいます。自然災害からの早期の復旧・復興にはボランティアによる支援活動が重要ということは「災害復興支援に関する研究」で明らかになっています。ボランティア供給行動の決定要因分析や、ボランティア人材の育成事業などを、教育活動と地域貢献活動、研究活動を一体化して取り組んでいます。

それぞれの研究テーマは一見関連性がうすいように思われるかもしれませんが、主に青森や北東北といった地方の若者を研究対象としているという点では一貫しており、研究する場として2つのセンターが機能しています。

労働経済学では、統計データを集めやすい東京などの都市部の若者を対象としている研究が多くみられるため、データが限られている地方の若者に関する研究が手薄であることが現状です。「地域未来創生センター」では独自の調査を実施し、データの収集から分析までを行っています。

「ボランティアセンター」が実施している支援活動や地域貢献活動は、学生が参加する教育・研究活動の場となっており、教育・研究・地域貢献が一体となった取り組みでもあります。研究だけではなく実践も伴うという点において、全国でも例が少ないと考えています。

移住や人口問題も研究

行動原理にあるメカニズムの研究は、若者の定着やUIJターンといった移住政策を模索する上で一助になっています。今までの分析では、若者が移動する大きな要因は「なんとなく」「出身地域と別の場所で生活してみたいから」などと不明確な理由が多くみられました。その背後には、地元意識や社会関係、キャリア教育など、若者を取り巻くさまざまな社会経済環境があるのではないかと考えています。

地元意識と就業に関するアンケート調査結果

2019年4月本学入学者1265名(医学部医学科除く)に対して、「出身地域以外で働きたい理由をお知らせください(複数回答可)」の回答を集計したもの

地元意識と就業に関するアンケート調査結果
資料:弘前大学人文社会科学部「令和元年大学生の地元意識と就業に関する意識調査」

その一つ一つを検証して日常にある選択行動を科学することは、中長期の移住対策の参考になることでしょう。労働経済学は、社会課題を考える上でその課題を整理し、分析、実験するため、行動の裏にある科学的根拠を実証する研究です。しかし、より社会のために貢献する研究に発展させる必要があると考えています。

被災地復興支援や子ども食堂、学生支援など、地域の課題に触れることは、持続可能な地域づくりにも貢献することができます。ボランティア活動は地元意識や人間関係の構築につながる取り組みであり、その体験を通して、これからの社会のあり方を考えることができます。こういった取り組み全てが私の研究テーマです。

弘前大学人文社会科学部
李永俊(い よんじゅん)教授

この研究に興味がある方へ、李先生からのメッセージ

若者が「なんとなく」選んだ都市への移住は、将来的には地域の存続に関わる大きな社会課題となってしまいます。また、いつ、どこで起こるか分からない自然災害から自分自身や家族・親族、友人、地域を守るためには、最初の避難行動やボランティア活動などが重要なカギとなっています。

現在は新型コロナウイルスの感染拡大により、大学の授業がオンラインとなったり、サークル活動などを自粛したりしています。学生生活がオンラインになってしまったからこその課題もあり、新しい問題として取り組もうとしています。

私が取り組んでいる研究は、データだけを分析することではありません。人々の行動の裏にある行動メカニズムを解明し、より安全・安心で持続可能な地域づくりを自分たちが進める研究です。ぜひ一緒に考えてみませんか。

“Let’s Try” (弘前大学地域創生本部ボランティアセンター)