食生活の欧米化や人口減少など、さまざまな要因によって日本人のお米離れが進んでいます。その一方で、スーパーやコンビニの弁当、デリバリーなど「中食」による米消費量は安定的に推移し、常温で日持ちのする「パックご飯」の市場も急拡大しています。こうした消費者ニーズに合わせて求められているのが、目的や用途に適したお米の開発。農学生命科学部の濱田茂樹准教授は、お米のでんぷん合成のメカニズムを解明することで、多様なニーズに合わせたオリジナル品種のお米を作る研究に取り組んでいます。

お米のでんぷん合成のメカニズムを解明し、多彩な食感、加工性、機能性を持った新しいお米を作る

― 先生は、弘前大学農学部生物資源科学科(現:農学生命科学部分子生命科学科)ご出身だそうですね。研究の道に進まれたきっかけについて教えてください。

高校生の頃は医師を目指していて、夢に向かって一生懸命勉強していました。しかし、医学部の受験に失敗。当時は、ほかにやりたいことが思い浮かばず、かといって浪人して再チャレンジするほどの余裕もなく、途方に暮れていました。実家が農家ということもあり、農業について学んでみようと考え、弘前大学農学部に入学しました。
せっかく親が与えてくれた学べる環境を生かしたいと思い、授業は真面目に受けていたものの、自分は何を専門に研究したいのか見つけられずにいました。
2年生の後期に、学科内の各研究室の説明を受ける機会がありました。その時、当時いらした宮入一夫先生という方が、「濱田くん、酵素ってこういう働きをするんだよ。酵素化学の研究は面白いよ」と、熱く語ってくださったんです。目をキラキラさせながら語ってくれた先生のお話がとても興味深くて、「この先生の研究室に行こう!」と、決めました。

― 先生の研究テーマについて教えてください。

私の研究テーマは、お米の成分制御とその応用です。お米の主な成分はでんぷんですが、そのでんぷんがお米のなかでどのように作られているのか、実はわからないことがたくさんあるんですね。でんぷんの性質が変わると、お米の味や食感も大きく変わってしまいます。つまり、でんぷん合成のメカニズムを解明することで、いろいろな食感や加工性、機能性を持ったお米を作ることができるわけです。
そのための方法として、たくさんの突然変異体の中から新しい性質のお米を探し出すことから始まります。もし、新しいお米が見つかれば、それは世界中で誰も手にしていない自分だけのお米になるわけです。「世界でひとつ、自分だけのオリジナル品種のお米を見つける!」をキャッチコピーに、研究に取り組んでいます。

アメリカワシントン州立大学校舎
アメリカワシントン州立大学校舎。弘前大学農学部生物資源科学科(現在の分子生命科学科の前身)を卒業後、北海道大学大学院博士課程を修了し、アメリカワシントン州立大学の生化学研究所に博士研究員として2年間在籍。

約1万系統のお米のなかから、目的に合わせて選抜

― どのような方法でオリジナル品種のお米を見つけ出すのですか?

生き物の持つ遺伝子が、何かしらの理由で変わってしまうことによって起こる状態を突然変異といいます。たとえば、りんごを例に挙げると、同じ樹でありながら1個だけ他のりんごと性質が違うものが実る「枝変わり」も突然変異のひとつです。自然界でも突然変異は起こりますが、その偶然を待っていると何十年、何百年という年月がかかってしまうので、私たちは薬剤を使って人工的に突然変異集団を作っています。現在、研究室の冷蔵庫のなかには、これまで学生たちと一緒に蓄積した青森県産米・つがるロマンの突然変異系統ライブラリーが約1万系統あります。

これらの突然変異系統のなかから、選抜法を工夫しながら新しい性質のお米を見つけ出していくわけです。外観だけでなく、糖の成分やタンパク質の組成などにも着目しながら選抜します。膨大な数のなかから見つけ出すのは非常に根気のいる作業ですが、目的にかなった特徴を持つお米を見つけられた瞬間に、世界中の誰もが持っていない自分だけのオリジナルのお米になるわけです。

なぜそのようなお米になったのか、変異を解明しようとすれば基礎研究になるし、それを親にして品種改良することでこれまでにない新しい品種が生まれる可能性もあります。現在、青森県産業技術センター農林総合研究所水稲品種開発部と共同研究を行っています。もしかしたら将来、うちの研究室から生まれたお米がきっかけで、これまでにない魅力的なお米の誕生につながるかもしれません。そんなワクワクした気持ちで研究に取り組んでいます。

インタビューの様子

お米に求められる多様なニーズに応えるために

― 日本人の主食として欠かせないお米ですが、食卓の風景も時代とともに変化しつつあります。先生が取り組んでいる研究は、今後、どのように地域や社会に影響すると思われますか?

お米は日本を代表する作物ですが、小麦を中心とした食事の欧米化が進んだことで、お米の需要はどんどん減っています。水田を維持するためにも、日本の風土や気候に適した稲作は守って行かなくてはなりません。そのためには、もっとお米を利用する方法や、ニーズに合わせた新しい品種が必要になります。炊飯で利用されることの多かったお米を米粉にしてパンにしてみたり、もっと利用価値のあるお米や、体に良いお米ができたらうれしいですね。そこにつながる研究ができたらといいなと思っています。

― 近年、全国的に高まっているお米のニーズとして、どんなものが挙げられますか?

最近、ニーズが高いのは、「低アミロース米」です。コンビニやスーパーで売られているお弁当やおにぎりは、冷めても硬くなりにくいと思いませんか? まさにそれが低アミロース米の特徴で、通常のお米と、もち米の間の特性を持ったお米です。中食・外食産業からの需要が拡大していることから、青森県の環境に適したおいしい低アミロース米の品種を増やしたいと思い、研究に取り組んでいます。

また、「おいしさを兼ね備えた低カロリー米」のニーズも高まっています。炭水化物から分解されるブドウ糖は、体のエネルギー源として非常に重要な栄養素ですが、食べ過ぎると肥満につながることもあります。そこで、ブドウ糖に分解されにくい性質をもつ新しい品種・難消化性米が開発され、低カロリー米として話題を呼びました。しかし、食感が硬く、多くの日本人が求めるもちもちとした柔らかいお米とは程遠いのが現状です。低カロリー米でありながら、おいしさも兼ね備えたお米の開発を目指して、全国で研究が進められています。

さらに、米粉パンなど米粉加工利用の研究もさかんに行われています。お米の需要は年々減少している反面、小麦を原料にしたパンは売り上げが伸びています。現在、小麦の約9割を輸入に頼っていますが、もしも小麦のような特徴を持った米粉が完成すれば、即席めんやパスタ、スイーツなどもお米で作ることができます。そうなれば、全国の米農家の収入アップにつながるし、放棄されている水田もまた水田としての価値を取り戻せるかも知れません。

お米の需要が落ち込むなか、近年、お米ビジネスにおいて大ヒットしているのが「パックご飯」です。常温で日持ちし、電子レンジで温めて食べられる手軽さから、高齢・単身者世帯、防災用常備食に限らず、今では多くの家庭で日常的に使われています。今後、ますます市場が急拡大することが予想されるため、パックご飯のような加工米に適したお米に関する研究も行われています。

研究室の主人公は「学生」

― 先生は、学生に指導するうえでどんなことを大切にされていますか?

研究室の主人公は「学生」ということをいつも意識し、学生の価値観を尊重することを心がけています。大学だから、研究室だから、全員が研究好きにならないといけないとは思っていません。研究が好きな人には「自分は将来どんな研究がしたいんだろう」とか、苦手な人なら、「どうしたらうまくできるようになるんだろう」、興味がない人には「自分はどんなことに興味があるんだろう」と、それぞれが考えるヒントになればいいなと思っています。それを知るために、学生たちが「今日も研究室に行こう!」と思える雰囲気づくりに努めており、研究室が学生の居場所になれたらいいなと思っています。

濱田先生 研究室の仲間たち
濱田先生 研究室の仲間
濱田研究室の仲間たち
研究室の仲間たち。他愛ないおしゃべりをしたり、時には真剣にディスカッションしたり。研究室が学生たちの拠点となり、それぞれにとって、かけがえのない場所になるよう雰囲気づくりを心がけている。

― 学生の卒業後の進路について教えてください。

研究職や一般行政職、教員、国税庁のほか、医薬系の民間会社、食品メーカー、ドラッグストアなどさまざまです。私は、研究室で学んだからといって必ずしも研究の道に進まなければならないとは思っておらず、学生たちには、自分の好きな場所で好きな仕事をしてほしいと話しています。

「住んで良し!学んで良し!」の総合大学

― 弘前大学や学部、学科の魅力は、どんなところだと思いますか?

弘前は、古い街並みが残る風情ある街。戻ってきてあらためて、弘前は住み心地の良い街だなあと感じています。私は大学から見える岩木山の姿が好きで、眺めているだけで本当に癒されます。弘前大学は、そんな素敵な街にある「住んで良し!学んで良し!」の総合大学。専門性を高めたい人にも、大学でやりたいことを見つけたい人にも、のんびり大学生活を送りたい人にも最適です。

農学生命科学部は、アクティビティの高い先生方が多く、地方大学でありながら国際的にも通用する研究もさかんに行われています。分子生命科学科は、ウイルスから微生物、植物、動物までさまざまな生物を対象に分子レベルで研究を行っています。たとえば、生物のさまざまな現象について、それを引き起こす化合物の構造を調べたり、原因となる遺伝子やタンパク質の働きを調べたりします。「農学」という言葉からは想像がつかないようなワードがたくさん出てきますが、そんな多様な領域を学べるのも学科の特徴だと思います。

― 最後に、高校生や在学生に向けてメッセージをお願いします。

大学を目指す高校生や大学在学中の皆さんのなかには、すでに将来の夢が決まっている人もいるでしょう。でも、私自身がそうだったように、自分は将来どんなことがやりたいのか漠然としている人もいるかもしれません。弘前大学は、夢を持っている人はその夢に近づくために専門性の高い勉強ができるところだし、まだやりたいことが決まっていない人にとっては、いろんな可能性に出会える場所です。弘前大学が皆さんの夢を形にしたり、新しい価値観に出会って自分の好きな道に進むきっかけになれたら最高です!

研究室のメンバー、その名も「チーム・濱田“Chicoo di riso 21”」。
「私、失敗しないので!」って感じで「ドクターX」風に決めてみました。
ちなみに「Chicoo di riso (キッコ・ディ・リーゾ)」は、イタリア語で「米粒」という意味。小さな米粒に秘められた大きな可能性。
彼らと、そしてお米の未来が実り豊かなものになってほしいという願いを込めて名付けました。

Questionもっと知りたい!濱田センセイのこと!

― 休日の過ごし方は?

趣味は家庭菜園です。最初は自宅の庭の小さな畑から始めたんですが、“農家のムスコ”の血が騒ぎ(笑)、すっかりハマってしまいました。最近では小栗山にある市民農園を借りて、小学生の息子と一緒に野菜作りを楽しんでいます。

Profile

農学生命科学部 分子生命科学科 准教授
濱田 茂樹(はまだ しげき)

青森県生まれ 。
専門分野は「植物生化学・酵素化学」。研究テーマは「お米の成分制御の解明とその応用」。
弘前大学農学部生物資源科学科(現在の分子生命科学科の前身)を卒業後、北海道大学大学院博士課程を修了し、アメリカワシントン州立大学の生化学研究所に博士研究員として在籍。2013年より、弘前大学農学生命科学部に准教授として着任。