野生植物の生態学や分類学的な研究を行っている山岸洋貴准教授。近所に自生する植物も研究対象で、その生態を明らかにしたり、見た目では解明できないことは遺伝解析などを行い室内実験から謎を解決したりしています。研究には研究者のみのフィールドワークだけではなく、地域を巻き込んだコミュニティを築くことも必要と語る山岸先生は、地元の高校生たちと一緒に絶滅危惧種の植物を育てるなど、さまざまな活動も行っています。その研究内容と魅力を伺いました。

生物の多様性を次世代に継承する環境モニタリング

農学生命科学部 附属白神自然環境研究センター
山岸 洋貴(やまぎし ひろき)准教授

研究はこれから進む白神山地

1993年にユネスコの世界自然遺産に登録された「白神山地」。その遺産地域を含む白神山地は、青森県と秋田県にまたがる約13万ヘクタール(東京ドーム3610個分)もの広大でかつ豊かな自然が残る山地帯です。

多様な動植物が生息・自生し、貴重な生態系が保たれていますが、未解明なことがたくさんあります。白神山地を象徴するブナに関しては、モニタリング調査が実施されさまざまなことが明らかになりつつありますが、実はそれ以外の植物に関しては未解明なところが少なくありません。

白神山地には通常の亜高山帯(針葉樹の森)がなく、標高約1000メートル以上で高山帯のような景観が広がります。これらは「偽高山帯(ぎこうざんたい)」と呼ばれ、低標高ながら高山植物が生育している植生帯です。高山よりも標高の低い所に成立する偽高山帯では温暖化の影響を受けやすいことが予測されていましたが、その植生の変化に関する調査はほとんど行われていませんでした。

弘前大学は、2016年に白神山地の偽高山帯に気象タワーを設置し、気象条件についてモニタリング調査を行いながら、植生の変化の追跡調査を開始しました。気象条件が厳しく、気象タワーが倒れるといったトラブルもありましたが、調査を継続する中で、偽高山帯に生育するいくつかの氷河期からの遺存植物が減少傾向にあることが少しずつ明らかになっています。地球温暖化だけが直接の原因なのか現時点でははっきりとはわかりませんが、調査を継続し、今後明らかにしていきたいと考えています。

白神山地のブナ林
白神山地のブナ林

地域の自然の中にもある未解明な植物たち

青森県には白神山地だけでなく、豊かな自然環境が全県に広がっています。にもかかわらず、まだまだ明らかにしなくてはならないことが多く、例えば、詳細な分布実態の把握は、青森県の課題の一つ。特に近年、水辺に生育する植物の分布実態の解明は急務といえます。

陸水域は世界的に見ても環境の変化が著しく、植物相の変化が短期間にも生じていると考えられます。現在は特につがる市屏風山地域を中心に、水生植物の分布やその変化について調査を進めています。また、研究の中で偶然発見された絶滅危惧種「ガシャモク」に関しては、自生地近隣の青森県立木造高等学校と保全育成事業を行っています。

そのほか、春先を彩るカタクリやエンレイソウなどの春植物の研究も進めています。春植物とは、雪融け直後に芽生え、夏の訪れを待たずに花を咲かせ、実を結ぶ、地上での一年間の活動が春の短期間に集中する多年生の草本植物のこと。なぜ、このような生活史をもつ植物達が進化したのか、明らかにされていない謎がたくさんあります。現在の主な研究対象の一つは北海道、北東北を中心に生育する「エゾエンゴサク」。種内で示す葉形態が多様性に富んでいるため、その理由の解明に大学院生と共に挑戦しています。

白神山地の固有種アオモリマンテマ
白神山地の固有種アオモリマンテマ

地域住民と協力し合いながら進める研究

私が行っている研究の最大の魅力は、なんといっても美しい自然の中で研究できることではないでしょうか。自然が相手なのでうまくいかないことも多いです。でも、野外で出会った忘れられないほどの美しい景色は、いろんな失敗などで落ち込んだ気持ちを忘れさせてくれるのに十分以上のものです。

野外調査で訪れた白神山地の風景
野外調査で訪れた白神山地の風景

地域の自然について、まとめたり、明らかにしたりすることは、同じように地域の自然に関わる人々との関係も深めてくれます。情報を提供させて頂いたり、して頂いたり。研究自体は極めて地道ですが、地域との距離が近い分、研究の意義を深く考えることができます。現在の実情に合わせた、そして次世代に向けた視点が非常に重要となり、成果の発信や利用に関しては新たな取り組みを常に模索しています。

研究は一人でできることが限られています。特に地域の自然環境に関することは多くの視点があってこそ発見につながるものです。地域の自然を理解するのに最も必要なことは、自然環境に興味を持つ人を少しでも増やすことだと感じています。また、このような基礎的研究は応用的な研究に比べ、残念ながらその重要性を軽視されがちです。研究の意義の普及や発信は非常に重要なテーマで、そのための仕組みづくりも大切な課題です。

崖の上で調査する山岸先生
崖の上で調査する山岸先生

これからの課題と目標

最終的な目標は、地域の自然を理解するための調査・研究・発信・社会的利用(保護政策や環境影響評価への利用)を、将来の形にあった持続的な仕組みにすること。そのためには自然環境を理解する、見守る、伝えるという普遍的な活動の社会的位置を高めることが必要となります。

木造高校での取り組みはその一つ。次世代に自然の大切さを伝えることが目的で、「ガシャモク」を自ら育てるといったことも行なっており、生徒のみなさんが少しでも自然に関心を持ってもらえればと考えています。

地域の自然環境が壊される、なくなってしまうことは可能な限り避けなくてはいけないことですが、一番大事なのは、なぜなくしてはいけないのかというその理由まで掘り下げて考えることです。画一的に「環境保全」「開発反対」だけを訴えても、その先がありません。科学的な視点からその場所にどんな生き物がどれだけ暮らしているのか、そして、それがどのような意味を持つのか。そういった背景や本質まで踏み込んで考える人が一人でも増えれば、自然をもっと大切にしようという社会的な流れが生まれると信じています。

インタビューの様子

この研究に興味がある方へ、山岸先生からメッセージ

何気なく普段通っている道端にも草花は暮らしています。研究を通して理解が深まると今までの通り道はまた違った風景になり、大げさに言うと、人生が少しだけ豊かになります。地域の事をリアルタイムで知る機会も増え、地域の人々とつながりを持って研究できますし、また時には、弘前大学のみならずさまざまな研究者と共に研究を行う機会があります。生き物を対象とした野外調査には思いもよらないことが生じますが、それを工夫で乗り越えることも良い経験となるはずです。単に植物について詳しくなるだけではなく、「地域の自然を知る」をキーワードにさまざまなことを体験して欲しいと思っています。