弘前大学で取り組まれているたくさんの研究の中から、特にイノベーティブ(革新的)な研究を取り上げる全4回シリーズ。第2回目のテーマは「環境」です。

近年、環境問題が深刻化しています。そのため「持続可能性」というキーワードのもと、限りある資源をいかに有効活用していくか、特に石油などの化石資源への依存度をいかに下げていくかが現実的な課題となっています。そこでいま期待されているのが、世界中に幅広く存在し用途の範囲も幅広い、生物由来の資源「バイオマス」の活用。今回は、そのバイオマスの活用に微生物の機能を利用することで注目されている、園木和典先生の「リグニンからポリマー原料など有用物質を作る技術」をご紹介します。

リグニンからポリマー原料など有用物質を作る技術

農学生命科学部 分子生命科学科 応用微生物学研究分野
園木和典(そのきとものり)准教授

化石資源からバイオマスへ。その期待と課題。

バイオマスは「生物由来」の資源ですから、よりよく扱っていくためにはバイオテクノロジーの研究が欠かせません。バイオテクノロジーは、醸造や発酵といった伝統的なバイオテクノロジーと、遺伝子操作も活用しつつ微生物を使って効率よく多様なものを生み出す現代型バイオテクノロジーの、2つに分けられます。
この現代型バイオテクノロジーの中で、バイオマスから化成品原料(化学工業で使われる化学的な原料)を作り出す技術が「ホワイトバイオテクノロジー」と呼ばれています。その成果の一例としては、石油に替わる燃料としてのバイオエタノールや、生分解性プラスチックの一種であるポリ乳酸があり、すでにある程度の実用化が進んでいます。従来、化石資源を使って生み出していた化成品原料を、バイオマスから生み出すことで化石資源への依存度を下げられる。この点で大きな価値のあるものといえます。
ただし、これらを作り出す際に植物由来の糖を使っている現状が、今後に向けての大きな懸念材料にもなっています。というのも糖自体が私たちの食糧資源にもなりえる「可食バイオマス」の1つなので、化成品原料としての需要が高まり過ぎると食糧需要と競合してしまい、資源のひっ迫および価格高騰を招くおそれがあるのです。

糖質ゼロが画期的な、新しいホワイトバイオテクノロジー。

そこでいま、園木先生の研究室も参加している共同研究によって開発に成功した、新しいホワイトバイオテクノロジーが注目されています。
この研究の特徴はまず、食糧需要と競合しない「非可食バイオマス」を原料とし、その成分のうち、今まで使い道がなかったリグニンから有用な化成品「ムコン酸」を作れるようにしたこと。ムコン酸はナイロンやペットボトルのポリマー原料となる物質なので、実用化すればとても大きなインパクトがあります。
そして最も画期的といえる特徴は、研究当初はリグニンからムコン酸を作る過程で微生物のエネルギーとして糖を必要としていたのが、2017年に確立した手法では遺伝子操作をした微生物だけでムコン酸を作れるようになり、糖が不要となったこと。これにより当初の課題であった、食糧需要と競合しないバイオマスによるホワイトバイオテクノロジーが誕生し、その成果をもって特許も出願されました。
その後、研究はさらに進められ、針葉樹のリグニン用と広葉樹のリグニン用でそれぞれ別な微生物が必要だったのを、遺伝子操作により1種類の微生物だけで双方の木材から有用な化成品を作り出すことにも成功。リグニンの可能性を広げるとともに、今後は生産量を上げていく方向に向けて、新たな挑戦が続けられています。
なお、これらの一連の取組みにおいて園木先生の研究室は、様々な大学の様々な専門分野の先生たちと連携しています。前記のムコン酸をリグニンから作り出す微生物株の分子育種については、長岡技術科学大学大学院工学研究科の先生方と連携して展開してきました。さらに現在は、化成品に耐熱性や剛性を与える芳香環構造を持つポリマー原料をリグニンから作り出す技術の開発に向けて、前述の長岡技術科学大学の先生方に加えて、弘前大学、北海道大学、東京農工大学の先生方と連携して研究開発を進めています。これまでに達成できていない課題の解決に向けて、異なる専門分野(視点、経験)の研究者や学生たちが目標を共有することで生まれた、大きな成果といえるのではないでしょうか。

木材から化成品へ
微生物の代謝を利用し、非可食バイオマスから化成品を作る

非可食バイオマスからの化成品生産に向けた共同研究プロジェクトで連携している先生方

糖質に依存しないムコン酸のバイオ生産
JST戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(JST-ALCA) の課題として実施
長岡技術科学大学大学院工学研究科 政井英司 先生、上村直史 先生
リグニンからの芳香族ポリマー原料の選択的生産
JST未来社会創造事業の課題として実施中
弘前大学大学院理工学研究科 竹内 大介 先生
弘前大学地域戦略研究所 吉田 曉弘 先生
弘前大学研究・イノベーション推進機構 渡部 雄太 URA
弘前大学 農学生命科学部 樋口 雄大 先生
北海道大学大学院 工学研究院 増田 隆夫 先生、 吉川 琢也 先生
長岡技術科学大学大学院工学研究科 政井英司 先生、 上村直史 先生
東京農工大学 工学研究院 銭 衛華 先生

農業が盛んな地方でこそ、新たな産業を生み出せる。

昨今、低炭素社会をめざそうとする世界的な取り組みが本格化しており、今回ご紹介した研究もそれに貢献できることから、非可食バイオマスは将来的に重要な資源の一つとなっていくと考えられます。
非可食バイオマスは、身近なものでいえば間伐材やリンゴの剪定枝、米・小麦・大豆などの作物残渣(収穫後に残る葉や茎)などが該当しますが、これらはまさに青森県のような農業が盛んな地方にふんだんに存在するものです。これまでは燃やしたり、土にすき込んだりする程度の利用しかされてこなかったのが実情ですが、今後、ホワイトバイオテクノロジーが実用化されていけば、ここから化成品を作り出すことができます。すると、原料の輸送コストを最小限にするため原油の輸入港付近が石油化学の工業地帯となっていったように、非可食バイオマスが大量に発生する場所で化成品生産が行われるようになる可能性が大いにあります。それは青森県の産業創出につながるだけでなく、農業にとっての廃棄物を工業で使うという新しい形での循環型社会を生み出すことにもつながります。
そんな未来において活躍できる人材が、きっとこの弘前大学から続々と輩出されていくことでしょう。

インタビューの様子

この研究に興味がある方へ、園木先生からのメッセージ

「環境」は弘前大学の重点研究分野の1つです。様々な環境問題が発生している中、持続可能な社会を築いていくためには、諸問題の地道で着実な解決が求められますし、私たちの研究もその一助になると考えています。この研究に興味を持つ方がいれば、ぜひ弘前大学に入学して、新たなホワイトバイオテクノロジーの創出に一緒にチャレンジしてほしいと思います。そして、学生の皆さん全体へのメッセージにもなりますが、大学に入ったら、まずは失敗を恐れず目の前の課題に真剣に取り組んでみて下さい。たとえ失敗しても、そこから何かを得ようとして下さい。さらには、客観的な意見を聞くために立場や専門の異なる人たちに相談したり、時には批評し合うバイタリティを持って下さい。そうすることで学びが深まり、壁を乗り越えていく力を身につけられます。弘前大学でお会いできることを楽しみにしています。

この研究についてわかりやすく紹介した動画は、こちら!

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