昆虫学は研究する昆虫種や興味の方向性に応じて、さまざまな分野があります。弘前大学では基礎から応用まで幅広く学べる環境があり、昆虫の季節や地理的適応と種分化を研究した故正木進三教授や、イナゴの休眠の研究に取り組み、最近ではカマキリの書籍が話題を集めた安藤喜一名誉教授など、その分野の第一人者となるような昆虫研究者を多く輩出しています。このような歴史をもつ本学は、昆虫学研究の代表的な大学の1つとして高い評価を受けてきました。今回は自身の研究室内に数百匹のトノサマバッタを飼って研究している新進気鋭の若手研究者・管原亮平先生にお伺いしました。

トノサマバッタの生理学的研究とその活用

農学生命科学部食料資源学科 環境昆虫学研究室
管原亮平(すがはらりょうへい)助教

昆虫学を深く学べる弘前大学

昆虫学は害虫防除学に力点をおいて追究されてきた学問です。そのため、紀元前から人を悩ませてきたバッタの大発生による被害「蝗害(こうがい)」は、昆虫学において大きな研究テーマの一つでした。その歴史の長さから、バッタ研究の論文は無数に存在していますが、古典的な研究手法では明らかになっていない課題がたくさん残されたままです。分子生物学的な手法(DNAレベルの解析)やコンピュータ科学分野の多次元的な解析手法などの、比較的新しい研究手法を取り入れながら研究を進めることで、これまで謎とされてきた現象が解明されることが期待できます。現在の昆虫学の研究も、古典的な研究と地続きになっていて、過去の知見に教えてもらいながら新しい切り口でバッタに挑むのが研究の醍醐味の一つです。

私が研究対象としているのはトノサマバッタです。学生時代は分子生物学や細胞生物学を専門としていましたが、学位を取得してからは、つくばにある昆虫の研究所で、基礎昆虫学を学びました。実はそこでバッタ研究のいろはを教えてくれたのが、弘前大学出身の著名な昆虫生理学者である、田中誠二博士です。田中博士との出会いが現在の研究の礎となっています。
当研究室では、学生時代に身に付けた研究手法を生かしたバッタの体色制御の研究や、また、つくばでの経験をもとにバッタのフンに関する研究にも取り組んでいます。バッタのフンの抽出液は、害虫を防除するのに優れた特性をもっていることから、その成分を分析することで、農薬開発につなげることができると考えています。この研究で必要となる分析化学的な手法は、専門とする研究者の力を借りて、国内のいくつかの研究機関と協力しながら進めています。

菅原先生の研究室のバッタ

バッタは昆虫少年/少女に人気がある昆虫のひとつですが、日本でバッタの研究者は少なく、生物学的現象を解明する上でも当研究室のような存在は貴重です。バッタ学を専門的に学べ、トノサマバッタを使って思う存分研究できることは、当研究室の魅力の一つです。2020年に東アフリカや中東などでサバクトビバッタの大発生が問題になりましたが、バッタの基礎研究は、こういった世界的な問題に対して解決策を提示してくれる唯一の方法です。弘前という東北の街での研究が、遠く離れた世界の問題に結びついていることを意外に思う人もいるかもしれないですね。

黒目のバッタ

昆虫学で食料問題へアプローチ

近年、昆虫食が注目を集めています。食料問題は注目される大きな要因の一つで、増え続ける世界の人口を支えるには、食料を増産し続けなければならないということです。しかし、これまでの作物生産のシステムでは解決すべき課題が山積しており、生産地の環境に大きな負荷をかけています。畜産では温室効果ガスの排出など、環境面での問題が昔から指摘されていますが、いまだそれを解決できる術はありません。つまり、既存の食料生産システムを拡張していくのは限界があると考えられています。そこでこれまで食料としてあまり活用してこなかった食材に対して、持続可能な食料生産の研究が進んでいます。

代表的なものは、昆虫・藻類・培養肉などです。中でも昆虫は栄養価にも優れていて、生産においても既存の食料生産に比べ、はるかに環境負荷が少ないため、有望視されています。昆虫食は、地球規模の大問題を解決するための手段として注目が高まっているのです。

食料資源学科は、食料生産や食品科学に関する課題について、基礎から応用までさまざまなアプローチで研究に取り組む学科です。私の研究室ではトノサマバッタの昆虫食利用について研究に取り組んでいます。同じ学科内の研究室と昆虫に関するテーマで共同しながら進めているプロジェクトもあり、今後ますます昆虫の食料利用の分野が進展すると期待しています。これから大学に入学してくる学生が、食料に関することで新しいことにチャレンジする下地が弘前大学にはあります。

菅原先生 インタビュー

青森県で取り組む昆虫食

昆虫食が注目されているとはいえ、多くの人にとって昆虫は抵抗のある食材です。昆虫を食材として認知することや、一度食べてみる経験が、抵抗感を和らげることにつながります。そこで、粉末に加工したトノサマバッタを使ったせんべいを昆虫食の会社や地元企業と一緒に作り、一般の人が手に取りやすい環境を作ろうとしています。こういった取り組みに、大学内外問わずに多くの人が協力してくれることは、青森・弘前で研究をする強みになっています。

これからの農業は、SDGsのことを無視したシステムは成り立ちにくく、いつまでも青森県が農業県でいられる保証はどこにもありません。環境問題は、ただ環境を論じるだけの単純なものではなく、政策論とも結びつきます。代替タンパク質の流れは世界的なもので、青森県も決して無縁ではいられません。昆虫食の研究は、変動する世界の食環境の流れの中で、それに対応する戦略の一つとして、少なくとも研究レベルでの推進が必要です。昆虫が未来の食卓を変えることも十分ありうる訳ですから。

バッタせんべい
バッタせんべい
左から、バッタ粉0%、2%、4%

この研究に興味がある方へ、管原先生からのメッセージ

昆虫食からバッタのフンまで、ずいぶんと変なことをやっているように見えるかもしれませんが、全ての研究は取り組む価値が十分にあると踏んで行っています。少々、奇抜なところはありますが、昆虫食はひと昔前の日本ではおかしなことではないし、現在もその文化が残っている地域や国がたくさんあります。昆虫のフンに関する研究も、昔から世界の各所で取り組まれています。今回紹介しきれませんでしたが、当研究室ではこれ以外にもバッタに関する研究を数多く行っています。

昆虫学の研究は、いかに情熱をもって研究に取り組むかが、良い研究につながるかの大きな要因になっていると思います。賢く実験しようとか、すばらしい仮説を立ててみようとするよりも、第一線で活躍している研究者は愛情をもって昆虫と向き合い、ひたすら探求を深めていくスタイルが多いです。弘前大学は昆虫学において数多くのすばらしい研究者を輩出してきましたが、いずれの研究者も徹底的に厳しく実験する手法をとっています。私もそのような研究者でありたいと思って研究に臨んでいますが、弘前大学の先輩方には敵わないなと感じることが多々あります。ただし、研究のスタイルについては、各個人の考え方がありますから、研究室のメンバーに同様のことを求めることはありません。新しく研究に参加する学生の皆さんには、自分のスタイルでぜひ昆虫学の教科書に載るような発見をしてもらいたいです。

管原先生の昆虫食の研究について紹介した動画はこちら!