卒業生の活躍をご紹介する『卒業生インタビュー』、第13回に登場するのは合同会社SFS代表でもあり、ひろさき芸術舞踊実行委員会の委員長も務める岩渕 伸雄(いわぶち のぶお)さんです。
弘前でダンススタジオを起業し、弘前にいながら世界最大級のダンスとパフォーマンスの祭典『SHIROFES.』を主催している岩渕さん。大学時代の印象に残っている出来事、今後の展望などを伺いました。

ダンスを通じて『弘前』を世界に発信していきたい

—運営している会社について教えてください。

僕が代表を務める合同会社SFSは2015年に設立し、主にダンススタジオ事業、イベント運営事業、マーケティング事業を運営しています。ダンススタジオ事業では、2008年、弘前市土手町にストリートダンススタジオとして「FUNKY STADIUM」をオープンしました。現在は3スタジオを展開しており、生徒は3才~大人まで、約500名在籍しています。僕もダンスインストラクターとして教えています。イベント事業は、自主イベントの他、行政や民間から委託を受けてイベントやワークショップを年間約50本実施しています。マーケティング事業は、ダンスをはじめ、スケボー、フリースタイルバスケットボール、フリースタイルフットボールなど、「アーバンスポーツカルチャー」を取り扱うマーケティングや、企業・自治体から依頼を受けて映像コンテンツ制作・ディレクションなどを担当しています。

FUNKYSTADIUM
ダンススタジオでのレッスン風景
FUNKYSTADIUM
子どもたちが主演する舞台公演も手掛ける


会社の事業とは別に、ひろさき芸術舞踊実行委員会の委員長も務めています。震災をきっかけに、「ダンスで地域を活性化させるために自分たちにできることはないか」という思いから2012年に発足しました。その中で、2016年から弘前城本丸を舞台に、世界最大級のダンスとパフォーマンスの祭典『SHIROFES. 』を毎年開催しています。このイベントを立ち上げた経緯は、市のプロジェクトで「弘前城・弘前公園を海外に向けて発信できる観光コンテンツを作りたい」という話があり、その時に「弘前城でダンスイベントが出来たら面白いんじゃないか」と考えたことがきっかけです。今では世界のトップダンサーが出演するダンスの世界大会をはじめ、津軽三味線やねぷた囃子のLIVEなど、世界レベルのダンスと伝統文化が融合する複合フェスティバルになっています。2020年はコロナ禍のためオンラインでイベントを実施したのですが、ダンスバトルではアメリカ・フランス・中国・インドなど、世界42か国、1200名を超えるダンサーのエントリーがありました。ブレイクダンスの世界大会は他にもあるのですが、他ジャンルの世界大会は実はあまり例が無くて。世界各国のダンサーは、「SHIROFES.が世界一の大会」と言ってくれています。

SHIROFES
世界最大級のダンスとパフォーマンスの祭典『SHIROFES.』

「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」の国内最高賞を受賞!

—2019 年に実施したSHIROFES.が、国が主催する「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」の最高賞を東北で初めて受賞されましたが、反響はありましたか?

「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」は、スポーツ庁、文化庁、観光庁が実施しており、スポーツや文化芸術資源の融合により、新たに生まれる地域の魅力を国内外に発信し、訪日外国人旅行者の増加や国内観光の活性化を図るための取組が受賞の対象になります。2019年に実施したSHIROFES. が、東北初で初めて、最高賞にあたる「スポーツ文化ツーリズム賞」を受賞しました。「若い文化と伝統文化の融合」、「情報発信をオンライン中心で実施したこと」、「文化とスポーツの両方の要素があること」が評価のポイントになったようです。大賞を受賞したコンテンツは、来年度から3年間、世界に向けて国がメディア等で発信・リリースをしてくれることになっています。

■スポーツ庁ホームページ:「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」の受賞団体発表

SHIROFES.
SHIROFES.

受賞後、SNSで発信したらものすごく反響がありました。リツイート・リポストの数が過去最高でしたね。一番嬉しかったのは、地元の人やダンスサークルの後輩達、弘前に来てくれたゲストダンサーの人たちが受賞を自分のことのように喜んでくれたことです。「弘前が国から認められるダンスの街になりました!」「世界に誇れるイベントだから、みんな一緒でにSHIROFES.に行こう!」とたくさんの人が発信してくれました。

この賞を受賞したことで、僕と同じように“地域を盛り上げていきたい”と思っている人たちが、「うちの街でもこういうことをやりましょう!」と行政に話がしやすくなったんじゃないかと思います。地方にいても、世界レベルのコンテンツが出来るという、ひとつのモデルケースになれば嬉しいです。

2021年11月30日、浅草橋ヒューリックホール(東京都)にて開催された授賞式

「弘前でダンスと出会えてよかった」という感覚を他の人にも伝えたい

—仕事をしていて楽しさややりがいを感じるのはどんな時ですか?また、今後の展望を教えてください。

ダンスイベントや発表会はみんなにとって1つの目標・ゴールだったりするので、生徒やお客様から「楽しかった」「開催してくれてありがとう」と言ってもらえた時がすごく嬉しいです。指導をしていて、生徒から「レッスンが楽しみです」と言ってもらえるのもモチベーションに繋がっています。後は、サークルの後輩達から「弘前でダンスを始めて本当に良かった」と言ってもらえた時ですね。僕自身も弘前でダンスを始めていなかったらここまでにはなっていなかったと思うし、“弘前でダンスをすることに意味がある”と感じているので、その感覚を伝えていきたいです。

今後の展望としては、今までやってきたことを続けながら、新しい事にチャレンジしていきたいと思っています。弘前にいながら、若い子たちが世界と交流できるようなイベントを実施したり、SHIROFES.のように県外や海外の人たちが弘前に来てくれるようなコンテンツや環境を作っていきたいです。

ダンスイベントでのバックステージの様子。本番が終了し、笑顔を見せる生徒たち

人数合わせで入ったストリートダンスサークルが人生を変えた

—学生時代についても伺います。大学生活で印象に残っていることはありますか?

高校は岩手県にある農林高校に通っており、将来は研究職に就きたいと思い弘前大学農学生命科学部に入学しました。その後大学院に進学し、「低投入型稲作に関する研究」を行っていました。リンゴジュースの絞り粕を使用し、稲の除草効果について調べるのですが、思った以上に大変で。自分のやりたい研究のために稲を育てて、収穫して初めて、ゴールが見えるまでのプロセスの大変さを知りましたね。

ーサークル活動で印象に残っていることはありますか?

大学に入ってすぐに、同期の友達から「弘前大学ストリートダンスサークルA.C.T.を正式なサークルとして申請したいんだけど、人数が足りないから入ってくれないか」と誘われて。高校の頃は剣道をやっていて、当時はまったくダンスに興味は無かったのですが、人数合わせのためにサークルに入ったのがダンスを始めたきっかけです(笑)

弘前大学農学生命科学部
大学時代の岩渕さん
弘前大学農学生命科学部
弘前大学ストリートダンスサークルA.C.T.のメンバーと


サークルでは僕だけが初心者で、他は高校の時からダンスをやっている人ばかりでした。当時は弘前市土手町にある中三デパートの地下駐車場がダンスの練習場所になっていて、初めて行った時はダンスを練習している人の多さとレベルの高さに驚きました。自分もあれぐらい踊れるようになりたい、と思ったのが真剣にダンスをやろうと思ったきっかけです。朝は稲の研究のために金木農場に行き、昼は家庭教師のバイトをして、夜はダンスの練習、というダンス漬けの生活をずっと続けていました。

就職ではなく、弘前でダンススタジオを起業する道を選ぶ

—起業した経緯を教えてください。

大学院1年ぐらいから、自主イベントを開催したり、県外のダンスイベントに呼んでもらうようになりました。並行して、市内の学習センターで地元の小中学生向けにダンスのレッスンも行っていました。ちょうどその頃、知人を通じて青森県立美術館の方から連絡があり、「岩渕さんに出てもらいたい舞台がある」と声をかけてもらって。当時、県立美術館が舞踊に力を入れ始めた年で、『ダンスアレコ青森』という舞台にアレコ役で出演しました。その後、県立美術館の事業で『ソウルの雨』という韓国のオフブロードウェイ公演があったのですが、その公演に1週間出演させてもらいました。その公演をきっかけに「ダンスでもいろんな表現や様々な必要とされる機会があるんだ」ということを知りました。

当時、就職を希望している会社が県外にあり、卒業後はそこに行こうと決めていました。美術館の方から「岩渕くん卒業したらどうするの?」と聞かれ、県外就職を希望していることを伝えると、「これから美術館でもいろいろやっていきたいから、岩渕くんいなくなったら困るな」と言われて。それでもその時は「ダンスを仕事にしよう」とは思っていませんでしたね。
 
大学院2年の時に、希望していた会社を受けて内定をもらいました。そこで初めて、「このまま就職するのがベストなのか?」「自分のやりたい事はなんだろう」と深く考える瞬間があって。誰かに相談しようと思い、なんとなくダンスの畑じゃない人がいいなと思って、大学の仲が良かった友人何人かに連絡しました。そしたら「自分が本当にやりたいことやったらいいと思う」と言ってくれて。その時、大学生活でやってきたことや、ダンスを教えている子どもたちのこと、県立美術館の方に言われたことを思い出し、「みんなでなにかできるコミュニティを作りたい!」と強く思うようになりました。そのためには、コミュニティを作る場所として、ダンススタジオが必要だと思いました。
 
いざ始めよう!と思ったものの、何をどうすればいいのかわからなかったので、まず最初に弘前商工会議所を訪ねました。担当の方からは、「大学卒業後すぐに起業する前例があまり無いから、就職した方がいいんじゃないか」とアドバイスされましたが(笑)その後、県の創業・経営支援課を紹介してもらいました。創業・経営支援課の担当者から、「今年から県の事業で起業希望者向けに事業を立ち上げるから、そこに入ってみないか」と言われ、『夢クリエイト工房』を紹介されました。夢クリエイト工房は起業希望者を対象に、経営の専門家から事業計画のまとめ方や資金の運用方法などをアドバイスいただける創業準備オフィスで、当時の弘前高等技術専門校内にありました。応募の条件として、起業における事業計画を出す必要があったのですが、作成している段階で「これでいこう!」という確信が持てました。

8月から夢クリエイト工房に入り、夜間・休日を含め週2~3回利用していました。受けたい講習の時間希望が出せたので、大学院と両立しながら経営に必要な基礎知識を学びました。2月に卒業発表があり、最終的な事業計画を提出しました。起業にあたり、無利子・無担保で起業資金を貸してくれる市の融資制度を使うことになったのですが、融資先の銀行の方から「大学卒業して起業する子に、300万円も融資するなんて初めてだよ」と言われて(笑)その資金で2月から土手町にダンススタジオを借り、並行して大学院卒業のために修士論文も書きました。ダンススタジオ施工は思いのほか資金がかかったので、出費を抑えるためにもスタジオ内の壁塗りや床張りは自分たちで行いました。大学院卒業式当日に、スタジオが完成しました。

ブランディングやマーケティングに通じる大学の学び

—大学で学んだことが社会人になって活かされていると感じることはありますか

震災があった2011年、レッドブルジャパン(株)から「東北でアクティベーションをしたいので協力してほしい」と声をかけていただいて。その年に弘前市土手町で「弘前ストリートダンス&パフォーマンスフェスティバル」を開催し、約3万人を動員しました。イベント実施後、今度は「カルチャーマーケティングのディレクターをやってくれないか」という話がありました。当時はブランディングやマーケティングの知識があまり無かったので、2カ月くらい独学で勉強しました。ブランディングやマーケティングを意識した上でイベントを組み立ててみると、大学で学んだプロセスの設計や研究の組み立て方がすごく役立って。文献を調べることや、事例の有無、結果と合せてそこに至るまでの過程や工程の組み立て方など、今でも大学での学びが活きていると感じます。

ー弘大生やこれから大学を目指す受験生へメッセージをお願いします。

弘前大学に入ったことで、今も相談できる友達や先生、ダンスを通して知り合った人たちに支えられていると実感しています。弘前でダンスを始めて、今こうして弘前にいながら、世界ともつながれる仕事ができています。皆さんそれぞれ将来の夢ややりたいことがあると思いますが、弘前大学でいろんな人に出会って、様々な経験をして、自分の決めた道へ進んでもらえればと思います。僕でアドバイスできることがあれば相談にのるので、いつでも相談してください。

弘前大学農学生命科学部

Profile

合同会社SFS代表・
ひろさき芸術舞踊実行委員会委員長
岩渕 伸雄さん

弘前大学農学生命科学部生物生産科学科卒 。
岩手県奥州市出身。岩手県立岩谷堂農林高等学校卒業後、弘前大学農学生命科学部生物生産科学科へ進学。弘前大学農学生命科学研究科(修士課程)修了。村山成治元准教授研究室に所属。学生時代、弘前大学ストリートダンスサークルA.C.T.に所属し、ダンスを始める。大学院修了後、2008年にダンススタジオ「FUNKY STADIUM」をオープン。2012年、弘前市で芸術舞踊に関する活動を発展させるため、「ひろさき芸術舞踊実行委員会」を設立。2016年、弘前城本丸にて大規模野外フェスティバルSHIROFES.を開催。2021年、国が主催する「スポーツ文化ツーリズムアワード2021」で SHIROFES.が国内最高賞「スポーツ文化ツーリズム賞」を受賞。ダンススタジオ事業・イベント事業・マーケティング事業のほか、レッドブルジャパン(株)のダンスコンテンツプロジェクトオーナーも務める。