食品の成分やヒトの健康に役立つかどうかを研究する前多隼人先生。特に食品が持つ色素成分を調べ、効能や健康機能を明らかにします。身近にある食品にもまだ解明されていないことが多く、研究のしがいがあると語る前多先生。食品の研究だけでなく新しい食品開発などにも携わるその魅力と醍醐味を伺ってみました。
食べ物に関する研究と食品開発
農学生命科学部 食料資源学科
前多 隼人(まえだ はやと)准教授
食の研究と地産食材を使った加工食品開発
「基礎研究」と「応用研究」の2つに分けてお話します。私の基礎研究は、食品に含まれる成分を分析し、健康維持にどのように役立っているかを数字化したり明らかにしたりすることです。食品には健康維持に欠かせないさまざまな成分が含まれています。分析方法が発達している昨今。食品に含まれる微量な成分が実は身体の健康維持に役立っているなど、今まで分からなかったことが明らかになっています。色の成分もその一つ。昔から色の濃い野菜や果物を食べると健康によいと言われていますが、身体の中でどのような機能を発揮しているのか不明なことがありました。カロテノイドやアントシアニン、ポリフェノールなど。今は名前を聞くことがあるかもしれませんが、近年明らかになった成分です。
応用研究は、青森県産食材を使った加工食品の開発です。青森県にはたくさんの農林水産資源があり、まさに食材の宝庫です。おいしい食材がたくさんある青森県ですが、実は県民の平均寿命が全国最下位と不名誉な記録があることも事実。県民の健康維持に県産の食材が結び付いていない残念な側面でもあります。
加工食品の開発は、農林水産資源の付加価値を高め、機能性を研究することで新しい価値を付加することもできます。健康に着目することができれば県民の健康向上にも役立つかもしれません。地元企業などとの共同研究は、地域産業への貢献を重視する地方大学の役割でもあると考えています。県産の食材の価値を上げることができれば、生産者や食品企業の収入アップにもつながりますから。
青森の食材の価値を伝える商品開発の実績
2024年2月に「ビーツの甘酒」を販売開始しました。「ビーツの甘酒」は青森県十和田市を拠点とするスーパーマーケット「カケモ」からの相談がきっかけでした。馴染みの少ない赤ビーツを使って新しい特産物の開発ができないかという内容でした。研究では、赤ビーツの健康向上に役立つ成分で赤ビーツの赤紫色の色素であるベタレインの一種の「ベタニン」に注目。加工の過程でベタニンが損なわれないような工夫を考え、摂取することで健康向上にどのような成果が出るかを解明しました。
そのほか黒ゴボウと黒豆の成分を明らかにすることで開発したペットボトル飲料「だぶる黒茶」や赤キクイモを使った商品開発など。青森県産の農林水産資源を使った共同研究はたくさんあります。また、官民学の連携プロジェクト「弘前大学COI※」の研究にも参画。医学研究科や保健学研究科、民間の寄附講座の研究者と一緒に岩木健診プロジェクトで見出された成果を食品に活かせないかを研究しています。中でも内臓脂肪が少ない人の腸内に多い「痩せ菌」として知られる「ブラウティア菌」の効果を分析し、生活習慣病を予防できる商品開発などに携わっています。
※弘前市の岩木地区の住民を対象に健康状態と問題点を詳細に調査する大型研究開発支援プログラム
原点は自身の肥満経験から
私の研究テーマの原点は大学時代にあります。大学時代は水産学部で勉強し、食品の成分や分析方法、そして健康とのつながりを研究していました。学問として食品にはとても興味を持っていたのですが、指導教員から与えられたテーマの中に、肥満に対する効果を調べる研究があり、私自身、肥満児だったという過去があったことから、非常に関心の高い分野でした。
卒業研究では、海藻を題材にしました。肥満予防につながる成分の機能性を見つけ、研究することにしました。具体的にはフコキサンチンという褐藻類に含まれるカロテノイドです。どのくらい、どの食材に入っているかの研究から始まり、ヒトの健康にも役立っているのかという研究となります。その後、分析技術や生理機能の評価技術(動物試験や培養細胞の実験)を使い、食品成分の機能性の研究を進めました。
弘前大学に赴任した当初、研究対象にする青森県産の農林水産資源を探したところ、大学時代からの延長で海藻を考えました。そんな中、青森県大間町でツルアラメが大量増殖し、「海の厄介者」として商業用のマコンブの生育が阻害されていることを知りました。ツルアラメにはポリフェノールが多く含まれ、抗肥満や抗糖尿病作用を示す「フコキサンチン」がコンブと同程度含まれています。今ではツルアラメを使った商品が開発され、コンブの代用品としても使われています。
これからの課題と目標
青森県民もその魅力に気づいていない農林水産資源が県内ではたくさんあります。県外出身者だからこそ気づく食材も多く、青森県はさまざまな可能性を秘めています。地域の産地や直売所へ行くと、地元の人には当たり前の食材でも全国的には珍しかったり見たことがなかったりするような野菜などに出会うことも多くあります。まだその可能性に県民だけでなく、私たちも気づいていないことも多いのです。
食品の機能性の研究を進めることで、消費の向上や新しい加工食品開発につなげることができます。食のおいしさ、安全に加え、「機能性」も期待する生産者や加工会社、消費者が多くなっているので、研究のしがいがあるテーマではないでしょうか。
この研究に興味がある方へ、前多先生からメッセージ
食品は私たちにおいしいという楽しさを与えてくれます。健康の維持にも役立ちますが、一方で食と健康は身近であるがゆえ、間違った情報が蔓延している問題もあります。大学では食品成分に関する知識の基礎から、分析方法、機能性の評価の研究法を学びます。身近な食材から新しい機能性が見つかることもあります。食に興味があり、将来食品業界で活躍をしたい学生の皆さんは、ぜひとも大学で勉強をしてもらいたいです。