近年、世界各地で観測されている異常気象。日本でも、集中豪雨や相次ぐ台風の襲来、連日の猛暑などによる被害が報じられています。これらの異常気象により、大きなダメージを受けるのが「農業」。我が国の農業を取り巻く環境は、今、さまざまな課題を抱えています。
自然災害そのものを防ぐことは難しいですが、リスクを予測し、対策を立てるために役立つのが「土壌」の研究です。農学生命科学部の加藤千尋准教授は、土壌物理学の観点から、気候変動下の農耕地の土壌水分・温度環境予測や、土壌から放出される温室効果ガスに関する研究に取り組んでいます。

作物栽培や環境問題の観点から、土壌の研究

― 「土壌物理学」とは、どのような学問ですか?また、先生の研究テーマについて教えてください。

土壌には水(雨・雪など)、熱(太陽放射など)のほか、地下水、肥料や廃水、海水、などさまざまな由来の溶質が行き来します。さらには、土壌は植物や土壌(微)生物の生育・生息環境でもあり、それらの呼吸や生化学反応に由来する二酸化炭素やメタンなどのガスも発生します。このように、土壌の重要な役割の1つに、水、熱、溶質、ガスが出入りし、物質循環が生じる場であることが挙げられます。土壌物理学は、このような土中の水・熱・物質移動現象を解読する学問といえます。

私たちの足元に広がる土壌は作物生産の基盤であり、土壌中の水分や温度環境は作物の収量や品質を左右する重要な要因です。私は、作物栽培や環境問題との関わりを念頭に、農耕地や山地の土壌環境(土壌の水分状態や温度環境、有機物量や汚染物質の濃度など)に関わる研究を行っています。

― 現在の研究分野に興味を持ったきっかけや、できごとがあれば教えてください。

土にまつわる記憶をたどっていくと、子どものころに熱中した泥んこ遊びを思い出します。当時住んでいた東京の社宅の庭で、近所の子どもたちと一緒に土を掘って山を作ったり、そこに水を流したりして遊んでいました。表層の黒い土をどんどん掘っていくと、中から湿った赤土が現れます。同じ土なのに、手でさわると柔らかかったりザラザラしていたり。深さや場所によって色も手触りも全然違う。なぜだろうと不思議でした。

高校の夏休みに海外研修に参加したことを機に、さまざまな国・地域の文化や生活に興味を持つようになりました。そんななか、メディアを通じて乾燥地帯の荒涼とした大地や食料問題にふれ、どうしたら解決につなげられるのだろうと考えるようになりました。
同じ頃、高校の総合科目で環境問題について学ぶ機会がありました。農業や環境分野についてもっと学んでみたいと考え、大学は農学部を志望しました。

「農学」×「工学」の視点で、食料生産の基盤を支える「農業環境工学」

―「農業環境工学」や「土壌物理学」との出会いは?

入学した学科では、2年次の後半から専門コースがあり、そのなかに農業環境工学がありました。入学当初は、「農学」と「工学」がいったいどう関わるのかよく理解できていませんでした。しかし、実習や授業で農業工学の分野にふれるうちに、「2つの分野を組み合わせることで、こんなに面白いことができるのか!」と、衝撃を受けました。
特に興味を持ったのは、農業や自然環境、農村やそこに住む人々の生活など農学の知識をふまえながら、工学の視点で地域づくり、モノ・施設づくりを進めていくことです。また、食料生産の基盤を支える技術の研究を深め、それを国内外の土地で応用できる点にも可能性を感じました。人が生きていくための食を作るため、縁の下の力持ちとなって地域課題を解決に導いていくのはかっこいいなと思いました。

ある時、土壌に関する授業で、高校時代から関心のあった乾燥地における食料生産や農地保全に関する研究の紹介がありました。この問題に対して、土壌の観点からアプローチできるんだと知り、驚きました。ここでつながったことがうれしくて、土壌物理学を扱う研究室で研究を行うことにしました。

大学院では、気候変動下において土壌環境にどのような変化が起こるのか、どうすれば適切にリスクを予測し対策を立てられるのかを研究テーマにしました。卒業後は、出身研究室での研究員を経て、2013年11月に弘前大学に赴任しました。

中国北西部の農地
学部学生時代に訪れた中国北西部の農地の様子

りんご生産量日本一の弘前市。地球温暖化がりんごに及ぼす影響を研究

― 弘前大学では、どんな研究に取り組んでいますか?

土壌物理学の観点から、気候変動下の農耕地の土壌水分・温度環境予測や、土壌から放出される温室効果ガスに関する研究に取り組んでいます。
世界的に地球温暖化の対応策が叫ばれるなか、農地土壌に炭素を貯留させることで温室効果ガスを削減し地球温暖化を緩和することが期待されています。このような農地土壌の農業や環境保全への“ポテンシャル”を発揮するには、土壌の環境を把握し、必要に応じて適切な維持管理をする必要があります。

雨水や肥料、汚染物質などは、ひとたび地下に入ると見えなくなり、土壌中の環境は地上からはわかりません。そのため、土壌中の温度や水分量を計るモニタリング、それらを予測するシミュレーションを行い、この数値を参考に土壌環境を探り、作物の収穫量や品質を維持するための研究に取り組んでいます。

本学がある青森県弘前市は、りんご生産量日本一を誇るりんご王国です。近年、気候変動による豪雨や干ばつなどの自然災害が問題になるなか、地球温暖化がりんご園の土壌水分・温度・CO2動態にどのような影響を及ぼすかについても研究しています。また、ホタテ貝殻や養殖残渣(貝類)を用いた、りんご園の土壌改良・重金属汚染対策などにも取り組んでいます。

りんご以外では、本学の金木農場の水田で不耕起栽培を行っており、耕したところと耕さないところでは土壌環境にどのような違いがあるのか調査や試験を行っています。また、他の大学や各試験研究機関と共同で、初冬の乾いた水田に種籾を直播し、積雪した水田で越冬させる水稲栽培の試験研究に参画しています。

こうしたさまざまな研究を通じて、作物生産の基盤である土壌環境を探り、持続可能な食料生産や環境保全につなげていくことをめざしています。

― 弘前大学農学生命科学部地域環境工学科の特徴と、卒業生の進学・就職状況について教えてください。

弘前大学農学生命科学部地域環境工学科は、工学の目からみた “地域づくり” と農学の目からみた “地域環境の整備・保全” を考える本学で唯一の土木系学科です。「農学」と「工学」の両方の観点で、農業や人々が住まう農村の基盤づくり・地域づくりを担う農業土木(農業農村工学)を軸として、水・土・施設・農村計画・山地計画の分野の研究教育を行っています。

卒業生の9割は、専門の知識を生かして就職しています。そのうち、4~5割が公務員として働いています。大学院に進学し、専門を深める卒業生もいます。青森県内の自治体職員として働いている卒業生も多く、県や市町村などの会議場で彼らに再会したり、それぞれの場所で活躍している様子を見るとうれしくなります。

― 学生に指導するうえで大切にしていることはなんですか?

学生の皆さんには、得手・不得手に関わらず、さまざまなことに挑戦してほしいと考えています。学生から希望があれば、その実現に向けて何が必要か一緒に考え、できる限り本人の意思を尊重してサポートすることを意識しています。

研究室では、ゼミや研究に興味を持って主体的に取り組んでもらいたいと考えています。学生とコミュニケーションを取り、学生がどのように考えてきたかプロセスを聞きながら助言することを心がけています。

学生が撮影している様子
学生が撮影している様子

学生が応募する農業農村工学動画コンテスト用の撮影に同行した際の様子
(学生が計画・作成し、見事受賞)

子どもたちの未来のために、今、できること。

― 先生は、産休・育休を取得されて、職場復帰されたと伺いましたが、仕事への取り組みや思いなど何か変化はありましたか?

2021年8月~2022年8月まで産休・育休を取得し、その後職場に復帰しました。これまでも、地域づくりや農業の基盤づくりに一生懸命取り組んできたつもりでしたが、我が子の顔を見てから、未来へとつなぐ思いがいっそう強くなりました。子どもたちが大人になったときに、どんな社会になっていてほしいか。避けられない社会の変化や地球環境変動を前提として、これから何をすべきか。研究・教育など仕事上のあらゆる場面で、次の世代への意識がより明確になったように思います。
勤務の面では周囲の方のサポートに感謝しています。復帰してから、これまで以上に時間に追われることもありますが、日中と帰宅後と気持ちを切り替えられるよう心がけています。

― 弘前大学をめざす高校生や、在学生へのメッセージをお願いします。

研究や仕事、あるいは普段の生活でも、思いもよらないときに、まったく関係ないと思っていた知識や経験が役立つことがたくさんあります。また、一見面白くなさそうにみえることでも、少し掘り下げてみると、ワクワクするネタが隠されていることもあります。ぜひ、教科の括りや好みにこだわらず、多方面の経験や勉強をしてみると良いのではないでしょうか。また、興味を持ったことがあれば、調べたり、挑戦してみたりしてください。うまくいけば、将来の仕事につながるきっかけが見つかるかもしれませんし、そうでなくても、みなさんの人生を豊かにする糧となると思いますよ!

インタビューの様子

Questionもっと知りたい!加藤センセイのこと!

― 大学時代の思い出は?

東京郊外で園芸作物を作っている農家さんのもとに通ってアルバイトをしたり、長期の休みになると、旅行にでかけるのが楽しみでした。卓球部だったので、卓球王国・青森に着任が決まった時はうれしかったです。

インドネシアの森林火災後の土壌調査インドネシアの森林火災後の土壌調査インドネシアの森林火災後の土壌調査

修士院生時代に訪れたインドネシアの森林火災後の土壌調査に同行した際の写真です。大学院在学中は、自身の研究に限らず、フィールド調査、実験、ゼミやイベント(勉強もお楽しみも)など様々な経験をさせていただきました。

― 趣味は?

趣味はスポーツ観戦です。相撲も卓球も大好きなので、青森は最高ですね!フィギュアスケートも好きで、元オリンピック選手のアイスショーも観に行ってきました。

― 休日の過ごし方は?

子どもが生まれてからは、子どもを連れて自然のなかでのんびり過ごすことが多くなりました。白神山地や八戸の種差海岸などにドライブに出かけて、ゆったりしています。

城ヶ倉大橋
種差海岸

城ヶ倉大橋と種差海岸に出かけた際の写真です。雪が積もると家にこもりがちですが、それ以外の季節は美しい景色を求めて出かけるのが好きです。

Profile

農学生命科学部 地域環境工学科 准教授
加藤 千尋(かとう ちひろ)

岡山県倉敷市生まれ 。
専門は、「土壌物理学」。 作物栽培や環境問題との関わりを念頭に、農耕地や山地の土壌環境(土壌の水分状態や温度環境、有機物量や汚染物質の濃度など)に関わる研究を行っている。