ヒロダイで行われている最先端の研究や、キャンパス内で話題の施設を特集する『大学紹介』。
今回は「研究者の足跡」の第4弾!本コーナーでは主に若手研究者に取材し、研究者が「どんな人生を送ってきたか」にフォーカスします。

学生広報スタッフ「企画班」のメンバーで、大学院理工学研究科博士前期課程2年の山本 峻(やまもと しゅん)さんが取材・記事執筆を担当。今回は農学生命科学部 生物学科 ムラノ千恵助教にインタビュー。

ムラノ先生がどのようにして現在の研究に辿り着いたのか、その過程に迫ります!

身の回りの自然に関心をよせて

研究の原点は実家のりんご農家

ムラノ先生が現在行っている研究の原点は、実家のりんご農家にありました。
幼い頃から自然に囲まれた環境で育ち、りんご畑で生き物を観察したり、自分で鳥を飼ったりするなど、植物や動物に触れる機会が多くありました。また動植物に触れるだけでなく、家にあった理科に関する本を読むことも好きだったそうです。学校の授業でも理科は得意科目で、高校生の時には特に生物分野に関心を持つようになりました。

大学での学びと研究

自然が好きだったことに加えて、ムラノ先生が中高生の頃には、世間では森林破壊や持続可能な開発などについての環境問題が盛んに議論されるようになりました。そんな中、ムラノ先生は樹木の植栽をすることで地球温暖化などの環境問題を緩和できる「土地の緑化」に興味を持つようになります。

現実の環境問題と向き合った学生時代

環境問題を解決したい!

ムラノ先生は砂漠緑化に関する調査・研究がしたいという思いから東京大学に進学します。学部3年からは農学部の緑地環境学を専攻し、植物について学んだり、大学が所有する研究所で敷地内に庭園を造るフィールドワークを行ったりしていました。また、所属する研究室が行っていた中国の森林被覆率向上のためのプロジェクト・チームに参加し、中国における森林率の歴史的な変化を、過去の人工衛星画像データから解析する研究に取り組みました。

写真は、博士課程時代の調査の様子。
野生動物を追跡して位置情報を取得し、GIS(地理情報システム)を用いた解析をして生息環境の選好性を調べていた

現実の環境問題を見て感じたギャップ

修士1年の夏には、実際に緑被の回復が進んでいない地域でのフィールド調査に参加しました。そして調査対象地における農業、林地のバイオマスの利用、家畜の放牧などを物質循環の視点から定量的に把握し、この地域における物質循環を修士論文のテーマとしてまとめます。このプロジェクト・チームでの経験を通して、乾燥地帯における森林の回復には家畜のコントロールが重要であるという知見を得ることができました。
しかし、原因の一端を明らかにしてなお、もどかしさを感じていました。机上で解決策を思いついても、それを現地にフィードバックして、現実的な問題の解決を目指せるポジションにいたわけではなかったからです。もちろん、長期的な広い視点で環境問題に取り組むことの重要性も理解していたつもりでしたが、ムラノ先生は「自分の手で」問題を解決したいという思いが強くありました。研究の目指す方向性に対して、どうしたらより良い方向へ変化を起こせるのだろう?という迷いが生じ、修士課程を修了した後に、企業へ就職をする道を選びます。

企業に就職

環境問題や持続可能な開発について考える仕事をしたかったことから、県規模の建設や、土地開発に携わる会社に就職を決めました。会社の中でムラノ先生が配属された部門は、環境に配慮した開発の事例を調査して、住宅開発に反映させる部門でした。業務の中では、日本以外の国でどのような開発をしているかをみるために、様々な国へ視察に行くこともありました。国や地域の目指す方向性が土地の利用や開発事業に影響を与えるので、海外の事業を見ることで学べることは多くあったそうです。例えば、視察した国の一つであるブータンでは、国民一人当たりの資産量ではなく、幸福度の向上を目指すという方針の国づくりをしていました。このような国の目指す形に基づいた事業や、環境問題に対する取り組み方の違いを学ぶことができたそうです。

出産を経て弘前へ

大学院を修了して6年ほど東京で勤務をした後、出産に合わせて退職をし、育児に専念することになります。現在生活している地元の弘前に戻ってくるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災でした。地震が起こった時に屋外にいたムラノ先生は、目の前で建造物が大きく揺れるのを目の当たりにしました。家に帰る道中でも、自宅周辺の地盤を考えると津波や液状化現象の影響を受けているのではないか、と不安を募らせながら帰宅することになります。幸いにも家は無事だったものの、同じような災害への危機感や育児のことも考え、東京から地元の弘前で生活することを考え始めます。

もう一度研究の世界に

博士課程に入学

退職後も、環境問題や生態系保全に関わる課題に自分の手で取り組みたい、という気持ちを持ち続けていました。新しい場所で物事を始めるにあたっては、必要な情報を得たり、人のネットワークを構築したりする必要があります。そのためには、地域の研究機関である大学に入るのが一番効果的だと考え、農学生命科学部の東 信行教授の研究室に大学院博士課程の学生として入学します。弘前で大学院に入って実感したことは、地方都市というサイズ感の扱いやすさでした。人のネットワークが適度に密なので、何か新しいことにチャレンジしようとする時に、いつも誰かが力になってくれたそうです。

フクロウを使ったハタネズミの駆除

博士課程に入学してムラノ先生が選んだテーマが、りんご生産に大きな被害を与える「ハタネズミ」の被害低減に関する研究でした。強力な殺鼠剤を使えば、ハタネズミをりんご園から一時的に駆逐することは可能です。しかし、これではハタネズミの捕食者をはじめとした他の動植物にも影響を与え、生態系のバランスを大きく損なってしまいます。そのため、なるべくその地域の生態系のバランスを維持した被害防除法を考える必要がありました。

 愛らしい見た目の一方で、りんご農家を悩ませるハタネズミ。被害防除のためにはまずその生態を調べるところから

これからの研究、さらなる課題の解決に向けて

研究から見つかる新しい問題

研究員になってからは、博士課程での研究成果を踏まえてさらに新しい問題に取り組みます。これまでの研究で弘前におけるハタネズミの個体数の季節変化を調べてきましたが、学会で他の研究者に質問を受けたことをきっかけに、このデータの不思議な点に気付きます。通常、寒い地域の小型哺乳類は、春の訪れと共に繁殖を開始して夏から秋にかけて個体数が最大化します。ところが弘前では、早春の雪解け直後に捕獲数が最大になったのち、夏場にかけてどんどん個体数が減少し続けていました。この弘前での傾向は、世界各地で調査されてきたハタネズミに似ている哺乳類における個体数の変化と比較しても、異なるパターンでした。そのため、その詳細な動態の調査を始めます。
結果としては、この独特な個体数動態のパターンは津軽地域の深い安定した積雪と、春から夏にかけての高い捕食者密度によって形作られていることがわかりました。りんごへの被害を減らしたいという思いで始まった研究から、積雪とネズミの個体数の関係という新しい知見を見つけることができました。現在は、ネズミの個体数を予測して効果的な被害防除対策をとれるように、積雪量をはじめとした様々な環境要因と冬季のネズミの個体数の変化の関係を明らかにするべく調査を続けているそうです。

自分で問題を見つけて、アクションを

ムラノ先生は、環境問題や生態系に関わる問題を解決したいという思いを抱きながら大学に入学して、その思いを一貫して持ち続けてきました。大学・企業・大学院と所属する場所が違っても、一つの方向性をもって研究や調査を続けています。大学院での研究を通じて、地域が直面する課題についてただ考えるだけでなく、「自分たちの手で変化を起こしたい」という思いから地域の農家の方々と課題の解決にあたっています。

 農地に設置した自動撮影カメラで撮影されたホンドギツネ。
キツネをはじめとした多くの野生動物が農地に生息し、農地特有の生態系を形成している

Questionムラノ先生に聞いてみました!
研究者に質問コーナー

― 学生時代にしておけば良かったことはありますか?

もちろん勉強はしておいた方がいいですが、20代は体力も集中力もかなりあるので、やりたいことを全部やっておけばいいと思います。

― 大学院、海外に行った経験を教えてください

大学院の時に研究の対象として中国の農村に行きました。なんだか日本の農村地帯と通じるところがあり、離す言葉は全く違えど、人として向き合えば通じ合えるのだな、と感じたのが良い思い出です。仕事では、アメリカ、ベトナム、バングラデシュ、ブータンなど様々な国に行きました。
印象的だった場所の一つがアメリカの「アースシップ」と呼ばれる集落です。「アースシップ」とは古タイヤや空き缶などの廃棄物や土を建築資材にし、電線や水道に接続せずとも自律的に生活できる家が立ち並ぶ地域です。一人の活動家が1970年代に作りはじめ、現在では数々のオフグリッドハウスが立ち並ぶ。現代の生活が持続的ではないということは頭では分かっていても、なかなか行動に移せません。「そうか、やってしまえばいいんだ」。そう思わせてくれる行動力に感動しました。

― 指導教員の東 信行先生について尊敬する点、感じることなどあればおしえてください。

現時点での結果を見るのではなく、「これから育つ人」という視点で寛容に学生に接するところが素敵だなと感じています。自分も今後学生に指導をする立場になるので、学生が大学での研究を通じて、自分で課題を発見して自分で考えてやってみるという、自分で走り出してみる体験をできるような教育をしたいです。

― 研究以外でやってみたいことはありますか?

子育てをもっとしてみたいです。子供は兄弟で同じように育ててきたつもりでも、ものの見方、考え方が全然違うものになると感じています。そういう成長の過程をもっとしっかりとみてみたいと思っています。

― 研究をすることの魅力について教えてください。

研究をする中で、自分で一つのプロジェクトを回す経験ができることが良い点だと考えています。また、大学院やその先では、解決すべき問題の立て方、問題の見つけ方を学ぶことができる点が研究の魅力の一つかなと感じています。

取材した山本さんからひと言!

学生広報スタッフの山本さん

りんご農家の人達が抱える「ネズミによる被害の問題を解決する」という視点が自分にとっての研究とは違うものであり、とても新鮮でした。僕は宇宙に関する研究をしているので、現代の誰かが抱えている課題を解決しているという実感はほとんどありません。そのため今回は、青森県のりんごを守る、という問題の解決につながるような研究があることに感銘を受けました。
また、大学院を卒業した後も、研究を通して何らかの課題に向き合っている人の魅力を感じることができた点も貴重な体験でした。