皆さんは、郡場寛(こおりば かん)先生を知っていますか?郡場先生は弘前大学第2代学長で、弘前大学の歴史を語るうえで欠かせない人物のひとりです。本記事では、植物学者として国内外で活躍した郡場先生の歩みをたどり、郡場先生が研究に携わった昭南植物園(現在のシンガポール植物園)での功績や、弘前大学や弘前市との深いつながりを紹介します。また、昨年12月に弘前市の保存樹木に指定されたメタセコイアと郡場先生の関わりにも迫ります。

郡場寛とは ― 植物学者から弘前大学第2代学長としての歩み ―

郡場先生は1882(明治15)年、青森市栄町に生まれます。父親 直世は八甲田山中の酸ヶ湯で温泉宿を経営しており、母親 ふみは八甲田周辺の植物を採集し、その標本を各地の学校や研究機関に寄贈していました。郡場先生は、幼少期に八甲田山の自然に親しむ中で、次第に植物への関心を深めていったそうです。

13歳のときに、当時弘前市にあった青森県第一尋常中学校(現在の青森県立弘前高等学校の前身)へ進学。幼少期の経験や中学生時代の教師との出会いがきっかけで植物学の道を志し、第二高等学校(宮城県仙台市)を卒業後、東京帝国大学理科大学に進学します。

東京帝国大学卒業後は東北帝国大学などで教員を務め、植物学者としてのキャリアを重ねました。1920(大正9)年には京都帝国大学の教授に就任し、植物生理学、植物分類学の研究を続けます。

郡場寛先生
郡場寛先生

その後、京都帝国大学で理学部長として活躍。定年退官後の1942(昭和17)年、第二次世界大戦中に陸軍司政長官として、日本が統治していたシンガポールへ赴任します。シンガポールでは、昭南植物園(現在のシンガポール植物園)の園長を務め、イギリス人の元園長らを捕虜とせず研究を続けさせたほか、貴重な資料の散逸を防ぐなど、植物園を戦禍から守り抜きました。

シンガポールから帰国後、1954(昭和29)年に弘前大学第2代学長に就任します。この時、郡場先生の教え子である三木茂博士より学長就任のお祝いとしてメタセコイアの苗木が贈られ、大学構内に植えられました。また、創設が強く望まれていた農学部を設立。郡場先生は、弘前大学の発展に大きく貢献しました。

郡場先生 略歴
郡場先生 略歴

郡場先生と昭南植物園(現・シンガポール植物園)との関わり

郡場先生は、1942(昭和17)年12月、陸軍司政長官として昭南島(現在のシンガポール)に派遣され、翌年4月から終戦を迎える1945(昭和20)年まで昭南植物園の園長を務めました。

1943(昭和18)年の昭南植物園 園内図(青森県立郷土館所蔵)
1943(昭和18)年の昭南植物園 園内図(青森県立郷土館所蔵)

第二次世界大戦中、1942(昭和17)年2月にイギリス軍が降伏し、日本軍の占領下となったシンガポールでは、治安が乱れ、植物園をはじめとする多くの施設が物資の掠奪(りゃくだつ)の危険にさらされていました。

郡場先生は、園⾧として日本軍による園内の樹木の伐採に抵抗し、貴重な標本や資料など植物園の礎を戦禍から守り抜きました。また、日本の前にシンガポールを統治していた敵国イギリスの植物学者であり、元園⾧であったR.E.ホルタム博士や、元副園⾧のE.J.H.コーナー博士が日本軍の捕虜として収監されるのを阻止し、植物園での研究を続けられるようにしました。このほか、植物園で働く現地のスタッフにも分け隔てなく接し、「学問に国境はない」という信念を貫きました。

昭南植物園での郡場先生
昭南植物園での郡場先生(青森県立郷土館所蔵)
郡場先生が大勢の兵士らに熱帯植物について解説する様子
郡場先生が大勢の兵士らに熱帯植物について解説する様子
(青森県立郷土館所蔵)

郡場先生が守りぬいたシンガポール植物園は、2015(平成27)年、植物園として世界で3カ所目となる世界文化遺産に登録されました。シンガポールでの郡場先生の功績は、E.J.H.コーナー博士の著書や、学術誌『ネイチャー』に掲載された記事によって広く世界に知られるようになり、シンガポールでは今もなおその功績が語り継がれています。

現在のシンガポール植物園(農学生命科学部 中村剛之教授提供)
現在のシンガポール植物園(中村剛之教授提供)
シンガポール植物園の入口にて(中村剛之教授提供)
シンガポール植物園の入口にて(中村剛之教授提供)

郡場先生と弘前大学・弘前市との関わり

戦後、日本に戻った郡場先生は、1954(昭和29)年、弘前大学第2代学長に就任し、創設間もない弘前大学の発展に尽くされました。1949(昭和24)年に発足した本学は当初、文理学部、教育学部、医学部の3学部体制で、1951(昭和26)年に文理学部に農学科が設置されたものの、全国一のりんご生産地であった青森県にふさわしい学部として、農学部の創設が強く望まれていました。

郡場先生はその経験と人脈を活かし、かつて青森県で大きな被害を出した「リンゴモニリア病」の駆除方法を確立したことで「リンゴの神様」と呼ばれるほどの存在で、当時北海道大学の学長だった島善鄰(しま よしちか)先生を弘前に招き、島先生らとともに1955(昭和30)年に文理学部農学科を昇格する形で農学部の設置を実現しました。郡場先生が礎を築いた農学部(現在の農学生命科学部)は、2025(令和7)年に創設70周年を迎えました。さらに、現在の弘前大学の5学部体制(人社、教育、医学、理工、農学)の基礎を築くなど、弘前大学の発展にも大きく貢献しました。

農学部昇格祝賀の記念撮影。郡場先生は前列中央
農学部昇格祝賀の記念撮影。郡場先生は前列中央
当時の農学部校舎
当時の農学部校舎

また、郡場先生は大学での活動だけでなく、地域のためにも力を尽くしました。
鷹揚園(現・弘前公園)管理審議会の初代会長に選ばれた郡場先生は、戦後、荒れてしまった弘前公園の復興にも尽力しました。また、りんご栽培で培った知識と技術を活かした桜の管理方法「弘前方式」の基礎を築いた初代公園管理事務所長・工藤長政(くどう ながまさ)氏も、郡場先生の教えを受けた一人と伝えられています。

先人たちの努力によって守り続けられてきた弘前公園は現在、世界有数の桜の名所として知られ、国内外から多くの人々が訪れる場所となりました。春には満開の桜が咲き誇り、訪れる人々を魅了し続けています。

弘前市が誇る弘前公園の桜
弘前市が誇る弘前公園の桜

郡場先生は、「弘前市は観光と教育の発展に力を入れるべきだ」と提言しました。その想いは今も受け継がれ、弘前市は観光都市・学園都市として歩み続けています。

郡場先生ゆかりのメタセコイア ― 弘前大学の貴重な木 ―

弘前大学文京町キャンパスには、4本のメタセコイアの木が立っています。
大学事務局棟西側に1本、農学生命科学部棟東側に3本植えられており、郡場先生の弘前大学第2代学長就任記念として1954(昭和29)年、1957(昭和32)年に植えられたものです。このうち3本はいずれも樹齢約70年以上、高さが30メートルを超えるものもある、立派な樹木です。

事務局棟西側のメタセコイア
事務局棟西側のメタセコイア
農学生命科学部棟東側のメタセコイア
農学生命科学部棟東側のメタセコイア

このメタセコイアは、郡場先生の京都帝国大学時代の教え子である三木茂博士から贈られたものです。三木博士は古生植物の研究者で、メタセコイアを新種の植物として発見・命名しました。一度は絶滅したと考えられていましたが、のちに中国で生育しているのが発見されました。その後、アメリカの研究者たちによってメタセコイアは増殖され、1949(昭和24)年には植物の研究者でもあった昭和天皇に献上され、皇居に植えられました。翌年には、アメリカから日本に100本の苗木が贈られ、全国各地に植えられました。そして1954(昭和29)年2月、三木博士は郡場先生の弘前大学学長就任を祝して、このメタセコイアの苗木を贈ります。戦後まもない時期に植えられ、今まで大切に守られてきたことから、国内でも貴重な木とされています。

2024(令和6)年12月、弘前大学のメタセコイア4本のうち3本が弘前市の保存樹木に指定されました。翌年7月には、大学構内で保存樹木の樹名板お披露目セレモニーが行われ、弘前市の櫻田宏市長をはじめ、多くの方々が参加。樹種や指定年月日、指定理由等が書かれた樹名板が公開され、メタセコイアの歴史と価値を改めて感じる機会となりました。

櫻田市長、福田学長による除幕
櫻田市長、福田学長による除幕
保存樹木樹名板の前で記念撮影
保存樹木樹名板の前で記念撮影

文京町キャンパスにあるメタセコイアは、青森県で最初に植栽されたものです。新制大学として設立して間もないときから、弘前大学の長い歩みを見守ってきました。

メタセコイアの木は郡場先生の想いとともに、これからも変わらずここに立ち続けます。

メタセコイア

参考文献

・弘前大学「平成18年度弘前大学学位記授与式告辞 弘前大学長 遠藤正彦」『弘前大学学報』第36号, p.1–4, 2007.3
・山内智「植物学者 郡場寛博士の履歴」『青森県立郷土館研究紀要』第33号, p.28–34, 2009.3
・弘前大学農学生命科学部「創設に尽力した第2代学長 郡場寛」展示パネル(参照日:2025.10)
・弘前大学資料館「弘前大学資料館 第40回企画展」展示パネル・展示資料(参照日:2025.10)
弘前市「弘前市の保存樹木等について」弘前市公式ウェブサイト(参照日:2025.10)

special exhibition資料館で開催中の特別展について

現在、弘前大学資料館では「弘前大学資料館第40回企画展 弘前大学農学部創設70周年記念 第2代学長 郡場寛特別展 津軽が生んだ植物学者・郡場寛 ~弘前とシンガポールをつなぐ郷土の偉人~」を開催しています。

この企画展は、弘前大学農学生命科学部の前身である農学部の創設70周年と、文京町キャンパスに残る郡場先生ゆかりのメタセコイア3本が弘前市の保存樹木に指定されたことを記念し、弘前大学農学生命科学部、弘前大学資料館、弘前市、青森県立郷土館が共に企画した特別展です。

展示では、郡場先生の生い立ちや植物学者として歩んだ道のりをはじめ、シンガポール植物園や弘前大学、そして弘前のまちとの深いつながりを、パネルや写真を通して紹介しています。

さらに、愛用していた品々や、多趣味な一面を感じさせるゆかりの品も展示。研究者としての功績はもちろん、郡場先生の人柄や生き方にも触れられる企画展となっています。

特別展の様子
2郡場先生ゆかりの品々も展示

弘前大学資料館第40回企画展
■ 会期:2025(令和7)年10月14日(火)~ 12月19日(金)
■ 会場:弘前大学資料館(教育学部棟1階)
■ 主催:弘前大学農学生命科学部・弘前大学資料館・弘前市・青森県立郷土館
■ 弘前大学資料館ホームページhttps://shiryokan.hirosaki-u.ac.jp/