弘前大学で活躍中の現役学生をご紹介する『在学生インタビュー』。第41回は、来春から青森県の公立高校で社会科(地理歴史科)の教員として採用が決まっている、中村 元紀(なかむら げんき)さんです。お笑いサークルWPSで漫才師として活動するかたわら、難関といわれる世界遺産検定1級を取得。さらに、弘前大学成績優秀学生にも選ばれた中村さんに、教員を目指したきっかけや教育学部での学び、学生生活や今後の展望についてお話を伺いました。
学校嫌いだった私が選んだ教員の道
— 社会科の教員になろうと思ったきっかけについて教えてください。
私は小学生の頃、学校が嫌いでした。周囲と同じであることを求められ、不合理に感じるルールを押し付けられるような環境に息苦しさを感じていたからです。いじめや不登校も経験しましたし、学校は「仕方なく通う場所」でした。
でも、社会科は大好きでした。きっかけはゲーム「桃太郎電鉄USA」です。次第に世界情勢や各国の文化に関心を持つようになり、47都道府県より先にアメリカの50州を暗唱するような子どもでした。
そんな私を評価してくれたのが、小学5・6年生の担任の先生です。先生は理科が専門で社会科が大の苦手。その先生の授業に物足りなさを感じ、私は社会科のテストでは毎回満点を取り、自主学習では教科書の範囲を超えて調べた内容をまとめ続けました。その姿を見た先生が、「社会科の先生」という仕事を勧めてくれたのです。
当時の私は「先生になんかなるもんか」と思いましたが、中学・高校と進むなかで社会科への関心はさらに深まり、良い先生方との出会いを通じて学校への苦手意識も少しは和らいでいきました。純粋な学校大好き人間ではない自分だからこそできることがあるのではないか、救える子どもたちがいるのではないか、そう考えるようになり、社会科の教員を志す決意を固めました。

— 弘前大学教育学部を志望した理由を教えてください。
中学2年生の頃、社会科の教員を本格的に目指し始めたときから弘前大学教育学部は進路の選択肢にありました。当初は、地元の大学であり、教員を目指すなら教育学部だろうという、消極的な理由からの選択でした。
しかし高校生になり進路と真剣に向き合うなかで、「教育学部で学びたい」という思いが次第に強くなっていきました。学校があまり好きではなかった私にとって、学校や教育という営みそのものを問い直す経験が必要だと感じたからです。特に、生徒一人ひとりの興味や関心よりも、特定の高偏差値大学への進学を重視した進路指導を行う教員に対し、強い違和感を覚えていました。
教員養成課程で理論と実践の両面から教育学を学び、生徒に寄り添える教員になりたい。その思いから教育学部を志望する一方で、社会科の学びをより深めたいという気持ちもあり、人文・社会科学を専門的に学べる学部もある総合大学を目指すようになりました。ただ、家計の事情から私立大学への進学は難しく、選択肢は次第に限られていきました。
そんな中、残った選択肢の一つに弘前大学がありました。都会で貧乏学生をやるくらいなら、地元で学びたいことを学べる大学に行って、充実した4年間を過ごしたい。そう考え、弘前大学教育学部を、今度は積極的に選びました。
積み重なることで意味を持つ教育学部の学び
— 教育学部の授業についても伺います。印象に残っている授業や教育実習について教えてください。
教育学部は、「一つの分野を深く学ぶ」というより、「教育全体を幅広く学ぶ」ことが特徴だと思います。そのため、「狭く深く」というよりは「広く浅く」学ぶ感覚に近く、自分から意識して学びを深めなければ、単位や教員免許は取れても、本当の力は身につきにくいと感じています。
教育学部の授業は、それぞれが独立しているのではなく、積み重なることで意味を持ちます。例えば、1年次に学ぶ「子どもとカリキュラム(現:教育課程論)」で身につけた教育課程についての知識は、2年次以降、授業づくりや単元のカリキュラムづくりの土台となります。さらに、教科の専門科目で学んだ内容は、教育実習など実際の授業の場で生かされていきます。
教育実習では、中学校の教壇に立ちました。現場で試行錯誤を重ねるなかで、同じ授業でも時や場所、生徒が変われば結果は大きく変わることを実感しました。「何が起こるかわからないからいい加減でよい」のではなく、「何が起こるかわからないからこそ、多くの引き出しが必要なのだ」と強く感じました。
実際、教育実習のアンケートで最も生徒からの評判がよかった授業は、世界遺産検定1級を取得するほどの世界遺産マニアである私の引き出しが真価を発揮した授業でしたから。

世界遺産で社会科の授業を豊かにしたい
— 世界遺産検定1級の取得について伺います。取得を目指したきっかけを教えてください。
一番は、「世界遺産で社会科の授業を豊かにしたい」という想いがあったからです。私の専門である地理や世界史では、海外や過去の出来事を扱うため、具体的なイメージを持ちにくいことがあります。そんなとき、イメージのとっかかりになるのが世界遺産だと思っています。
例えば、授業のはじめにその日の学習内容に関連する世界遺産の映像を見せてから説明を行うと、何について学ぶのかをイメージしやすくなります。地理で地形や植生を学ぶ際には自然遺産を、農業や工業など産業を扱う場面では産業遺産を紹介することができます。また、戦争の歴史を学ぶときには、その記憶を伝える遺産を用いることもできます。
必ずしも世界遺産である必要はないかもしれませんが、世界遺産には、生徒の興味を引き出す多くのきっかけが詰まっていると考えています。私は、地理を語る際には歴史的な視点を、歴史を語る際には地理的な視点を大切にしたいと思っています。世界遺産は、この二つの視点が交わる点が多いことも大きな魅力の一つです。
今年3月、所属する社会科教育ゼミ(小瑶史朗教授)の研修旅行でソウルを訪れ、世界遺産「宗廟(チョンミョ)」を見学しました。ここは歴代の王と王妃の位牌が祀られた霊廟です。国王が亡くなるたび横に横にと増築を重ねたため、建物が非常に横長になっているのが特徴的です。人間は通行禁止の「魂が通る道」が敷地内を走っている光景も印象的でしたね。

— 取得までの道のりについて教えてください。
世界遺産検定(主催:NPO法人世界遺産アカデミー)は、人類共通の財産・宝物である世界遺産を通して、国際的な教養を身に付け、持続可能な社会の発展に寄与する人材の育成を目指した検定です。1級の合格率は平均2~3割程度と、難易度は高めです。
私は大学1年次に2級、3年次に1級を取得しました。1級では、世界遺産に登録されている全てが出題範囲となります。世界遺産は現在約1,200以上あり、毎年増えていくため、試験範囲も年々広がっていきます。大学生のうちに挑戦したいと考え、教育実習や大学の授業、さらにはお笑いサークルと並行しながら、約3~4か月間集中的に勉強しました。
もともと持っていた地理や世界史の基礎知識、2級取得時に身につけた知識もあったためこの期間で対応できましたが、初めて世界遺産を学ぶ場合はもっと長い準備期間が必要だと思います。出題分野も幅広く、建築や生物学など、これまで学んだことのない分野も独学で学びました。その成果もあり、第58回世界遺産検定では、1級取得者の中で1位の成績を収めることができました。
生成AIに任せきりにせず、必ず自分の頭を経由して
— 弘前大学成績優秀学生として表彰されていますね。勉強のコツなどあれば教えてください。
ひとつ言えることは、大学の勉強には誰もがすぐに真似できる万能なコツやハウツーはないということです。学ぶ内容も方法も人それぞれで、正解は一つではありません。
そのうえで、あくまで一例として、私自身の勉強スタイルの特徴を挙げるとすれば、①息を吸うように本を読む、②講義中はメモ魔になる、③人に説明できるレベルで理解することを心掛ける、の3つです。①②については、本を読んで知識を吸収しているからこそ効果的に要約して上手にメモをとれるなど、それぞれの相乗効果も大いにあります。③の人に説明できるレベルで理解するという姿勢は、教育学部生ならではの視点かもしれません。
また、インプットだけでなく、アウトプット、特に「書くこと」を大切にしています。書くことは考えることであり、考えることは書くことでもあります。言葉にすることで無知や盲点に気づき、新たな学びにつなげることができます。
レポートやリアクションペーパー、学習指導案などは、生成AIに任せきりにするのではなく、必ず自分の頭を経由して精魂込めて書きましょう。自分の頭のメモリではうまく書けないときは、本を読んだり友人や教員と議論したりして、「外付けのハードディスク」を充実させることをおすすめします。
お笑いサークルや演劇の経験が授業づくりの土台に
— 学生生活についても伺います。お笑いサークルWPSに所属していたとのことですが、どのような活動をしていましたか。
私は、漫才コンビ「ポートベリー」として活動していました。相方は1学年上の先輩で、相方の大学卒業に伴い、今年3月にサークルを引退しました。
活動を始めたのはコロナ禍で、当初はできることが限られていましたが、学内でのライブ開催をはじめ、総合文化祭でのステージ出演、M-1グランプリへのエントリー(惜しくも1回戦敗退)、地域イベントへの出演など、少しずつ活動の幅を広げていきました。「ポートベリー」ならではの取り組みとして、コロナ禍をきっかけに、YouTubeでの動画配信を定期的に行っていました。その集大成として、今年2月に約2時間にわたる映像作品「ポートベリー THE MOVIE」を制作し、YouTube上で公開しました。興味がある方はぜひご覧ください。


— お笑いサークルの活動で得られたものはありますか。
お笑いについての自分なりの考えを言うと、漫才を創ること、授業を組み立てること、そして演劇で戯曲や舞台を創ることの3つは、同じフレームワークだと思っていて。高校時代は演劇部に所属し、現在はOBとして母校・弘前高校の演劇部でコーチも務めていますが、いずれにも共通しているのは「相手をどう惹きつけるか」「全体をどう構成するか」という視点です。
高校時代に演劇を経験し、大学でお笑いに取り組んできたその一連の積み重ねが、今の授業づくりにつながっています。まず「おもしろい」と感じてもらうことで、生徒たちは自然と学習内容に興味を持つ。授業は一方的に教える場ではなく、子どもたちと一緒に創り上げていく、一つの舞台のようなものだと感じています。
春から県内の高校教員に。生徒の可能性を広げるサポートをしたい
— 今後の展望を教えてください。
来年の春から青森県内の公立高校で地理歴史科(高校では社会科と言わず、地理歴史科と公民科に分かれます)の教員として勤めることになります。ようやく現場に出られる!どんな生徒に出会えるのだろうか?と今からウキウキしています(笑)。
弘前大学での4年間の学びで深めてきた知識の引き出しと、お笑いサークルで磨いた大好きな喋ること・書くことのスキルを活かしつつ、自分にしかできないやり方で、生徒の興味や視野、可能性を広げるサポートをしていけたらと思います。学校現場でしか学べないことを謙虚に学びつつも、自分の芯はぶらさず、社会や世界に開けた視野をもち続けられる、そんな教員でありたいと思います。
弘前大学で学びと経験のサブスクをフル活用して
— 受験生へメッセージをお願いします。
高校生の皆さんは、日々の課題や受験勉強に追われ、自分や世界についてじっくり考える時間を持ちにくいのではないでしょうか。大学に進学すると、その状況は一変し、自分と向き合う自由な時間が増えます。一方で、辛い受験勉強の反動から、入学と同時に学ぶ意欲が薄れてしまう人がいるのも事実です。
でもそれではもったいない!そこで、どうせやらなければならない受験勉強のなかに「好き」「おもしろい」を見つけるということを提案します。すでに好きな科目がある人は、受験勉強の効率はいったん棚に上げて、毎日少しでもその科目に触れましょう。ないという人は、一番マシな科目からおもしろいところを一つでも見つけるように心がけてみましょう。探究活動で取り組んだテーマを、各教科の内容との関連から深めてみるのもいいです。
好きなことには、気づいたらのめり込んでいますよね。「好き」や「おもしろい」を見つけて深められたら、受験勉強で得た知識は忘れても興味の種は残ります。そしてその種が花を咲かせられるよう、大学に入っても水やり=勉強を継続してがんばれると思うのです。言い古されたことばですが、「好きこそものの上手なれ」です。大学の4年間はすべての学生にひとしく与えられています。払うべき学費も同じです。ただし、そのなかで何をどれだけやるかは自分次第。
弘前大学には、何かやろうと思い立ったら即座にチャレンジできる環境が揃っています。言ってみれば学びと経験のサブスクリプション・サービス。サブスクは使い倒さなきゃ損ですよ!
教員を目指す高校生・在学生に中村さんからメッセージ
多様な教員がいてはじめて、多様な生徒を受け容れることができるのだと思います。どんな人でも教員になっていいし、それぞれのやり方で自分なりの教育観や世界観を持ち、それを深めていけたらそれでいいのだと思います。
ただ、一つ必要なものがあるとすれば、それは「教育が変わらないと日本変わらないっしょ」というマインドです。これは私が好きなドラマ「御上先生」に出てくる台詞です。教育は社会を変え、社会は教育を変えていきます。
教員を目指す人の多くは学校というものをポジティブに捉えていて、既存の学校システムに問題意識をもつということはあまりないだろうと思います。
そんな人にはちょっと立ち止まって、マイノリティの視点や教育と社会との関わりの視点から、自分の受けてきた・受けている教育を見つめなおしてほしいです。その上で自分なりの教育観や世界観を持ち、それを日々の実践を通して深めていける、そんな教員が増えたら教育はもっとよくなるし、日本はもっとよくなるのではないかと思います。
私も日々自分の無知を実感し、「もっと勉強せねば」と思うことばかりです。一緒に頑張りましょう!


