農村地域の暮らしや環境をより良くするため、現地の人々の生の声に耳を傾けながら解決策を探る「農村計画学」。近年、社会問題化しているクマなどの鳥獣害対策や、希少な生き物との共生、過疎化が進む集落機能の維持など、農村が直面する課題は複雑で多岐にわたります。農学生命科学部地域環境工学科の岸岡智也助教は、現場調査や行政制度の分析を通して、人と自然、そして多様な立場の人々が調和する持続可能な地域社会のあり方を追究しています。

「人と制度の接点」に見出した農村計画学の魅力

― 先生の専門である「農村計画学」について教えてください。

農村地域で行われているさまざまな営みを、より良くしていくための方向性や解決策を検討する学問です。私が所属している地域環境工学科は、水路やダム、農地といったハード面を技術的に整備する「農業土木」がメインの学科ですが、その中で私の研究室は少し色が違います。例えば農地を整備する際には「どう住民の合意を得るか」「どんな話し合いや調整が必要か」といったアプローチで地域の課題解決を目指します。農学でありつつ社会学領域にもまたがる分野と言えますね。

― そもそも、現在の研究分野に進まれたきっかけは何だったのですか?

昔から生き物が大好きで、子供の頃は昆虫採集に夢中でした。大学で工学系の教員をしていた父親からのアドバイスで農学部を目指すことになりました。当初は生物そのものを研究するような学科を志望していましたが、大学では第3志望の地域環境工学科に入学することに。そこは思っていた以上に工学寄り・土木寄りの学科で、苦手な物理の授業ばかりで辛かったです(笑)。ですが、意外と面白さも感じるようになっていきました。

― そこから現在の農村計画学の研究には、どのようにつながっていったのですか?

卒業研究にあたって「少しでも生き物に関係する研究ができるゼミに行きたい」と思っていたのですが、そんな時、農村計画学研究室の先生が、野生動物による鳥獣害対策の研究をされていると授業で知りました。生き物の生態の深掘りというより、地域住民や行政が研究対象でしたが、地域の困りごとに対して「制度や人の意識」という側面からアプローチすることに、大きなやりがいを感じるようになりました。特に行政の部署間連携や、対策を阻む制度上のネック(課題)がどこにあるのかを調べるのがすごく面白くなっていったんです。

― そのまま研究者の道へ進まれたのですね。

実は修士課程を修了するタイミングで就職を考えていたのですが、うまくいかずに落ち込んでいたところ、父親や指導教員の先生から背中を押され、博士後期課程へ進学することに決めました。振り返ると、楽しめるようになってきた研究をそのまま続ける選択をして良かったと思っています。

岸岡先生インタビューの様子

クマ被害はもはや「災害」。求められる対処法

― 近年ではツキノワグマなどの鳥獣害問題に精力的に取り組まれています。

前任地の金沢大学に所属していた時期、石川県内でクマの出没に対する市民のリスク認知や遭遇経験について調査していました。昨今は青森県だけでなく全国的にクマ被害が社会問題になっているため、講習会の講師などでお声がけいただく機会が増えています。

急にクマの目撃情報や被害が増えたのは、複数の要因が複雑に絡み合っています。例えばクマが好んで食べるドングリの凶作といったものも1つの要因ですが、クマの生息域や個体数自体が増えていること、そして山と人里のバッファーゾーン(緩衝帯)として機能していた里山が、人口減少や高齢化によって衰退し、その結果として人間の生活圏とクマの生息域が間断なく接するようになってしまったことが大きく影響しています。

― 私たちがクマ被害を防ぐためには、どのような意識を持つことが大切なのでしょうか。

前任地での令和6年能登半島地震などを経験して強く思うのは「クマ被害は自然災害と同じ」ということです。いくら入念に準備や注意をしていても、クマとの遭遇を100%回避できる裏技や魔法のような解決策はありません。突発的な事故でケガをしたり亡くなったりするリスクがあるという点において、災害と同じ目線で備える必要があります。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ように、発生が落ち着くとどうしても人間側が油断してしまう点も同じです。だからこそ行政による個体数管理や環境整備といった「公助」だけでなく、住民一人ひとりが「もし出会ってしまったらどう行動すべきか」という遭遇時のリスクマネジメントや予防手順をあらかじめ学習しておく「自助・共助」が不可欠になります。

例えば、秋の運動会や学校の野外活動の前には、事前に大人が周囲を見回りますよね。その際、単に歩くだけでなく、クマの糞や爪痕、あるいは普段と違う不審な臭いがしないかを注意深くチェックする。そして見回り時には鈴やラジオで音を出し、「ここに人間がいるぞ」とクマ側にアピールしながら接近する。こうした行動を地域に広めていくことが、人的被害を減らす現実的な処方箋になります。

クマに関するグラフ

― 鳥獣害対策を進める上では、行政や組織のあり方も大きく関わっているのでしょうか。

そう言えます。鳥獣害対策の現場では、農作物の被害を防ぐ電気柵の設置は「農林水産省」、狩猟や個体数管理は「環境省」というように、国の省庁からして担当が分かれています。それが都道府県や市町村に降りてきた時、行政内部で農業部局と環境部局の連携がうまくいっていないと、せっかくの対策が足踏みしてしまうことがあります。
さらに、自治体レベルでは職員数も限られているため、たった1人の担当者が全域の鳥獣害対応をカバーすることを強いられ、パンクしてしまうケースも少なくありません。制度や予算、人員の配置など、上流から下流に至るまでのどこで滞りが生まれているか解き明かし、スムーズに連携が回る仕組みを提案していくことは私の研究テーマの一つです。

環境保全と地域振興をつなぎ、希少動物と共生できる未来へ

― 能登半島での研究や地域活動について教えてください。

2016年から2024年3月までの約8年間、奥能登の珠洲市に住みながら研究していました。現地では大学の人材育成プログラムの運営、過疎化が進む集落で伝統の「キリコ祭り」の調査、廃校の校歌を地域の人々と一緒に歌い継ぐ取り組みなど、地域コミュニティの再生に携わりました。

― 過疎化の中で伝統のお祭りを維持する取り組みは、青森県の「ねぶた」「ねぷた」の担い手不足とも通じる部分があります。

キリコ祭りも人口減少で存続が危ぶまれているのですが、若い人たちの参加が重要です。進学や就職で地域を離れてしまった若者たちが、キリコ祭りの日だけは帰ってくるんです。お祭りが集落の絆を繋ぎ止める強力なハブとして機能しています。
地域が衰退していくプロセスの中で「お祭りができなくなる」ことはコミュニティ崩壊の兆しです。お祭りをなんとか続けようとする住民の取り組みは、過疎地域の集落機能をいかに維持するかという課題に直結しています。

キリコ祭り
キリコ祭りの様子

― トキに関する研究プロジェクトにも取り組まれていますね。

私が能登にいた2022年に、能登半島がトキの野外放鳥候補地に選ばれました。トキが舞い戻り、暮らせる環境を作るには、農薬を抑えた環境保全型の農業や、餌となる魚やカエルなどの生き物が田んぼと水路を行き来できる通路(魚道)の整備、ため池の維持管理などが欠かせません。ですが、単に農家さんに負担を強いるだけでは長続きできませんよね。大切なのは「生き物を守ることが農業の収入向上や地域活性化に結びつく」というシナジー(相乗効果)を生み出すことです。新潟県佐渡市ではトキ、兵庫県豊岡市ではコウノトリにとって安全な農法でお米を栽培することが付加価値となってブランド米として販売されたり、エコツーリズムやバードウォッチングを目的に観光客が訪れたりしています。環境保全と地域振興は必ずしもトレードオフ(二者択一)ではありません。

― 今後はどのような研究展開を考えていますか?

トキのような、象徴的な生き物(シンボル種)を活用した地域づくりに研究を広げたいと考えています。
沖縄県豊見城市には、冬になると「クロツラヘラサギ」という絶滅危惧種の珍しい鳥が渡ってくる溜池があります。私は20年ほど前からその場所を観察していたのですが、昔はのどかな草むらだったのが、近年は周辺の開発が進んで病院や道路ができ、生息地が追いやられそうになっていました。その中で2023年、クロツラヘラサギが「市の鳥」に指定されました。地域のシンボルとしての認知、生息地の保全や住民の意識がどのように変化していくのか注目しています。
生き物保全と地域社会の持続可能性が両立する仕組みを発信していきたいですね。

クロツラヘラサギ
クロツラヘラサギ

「好き」や「好奇心」が思わぬ未来につながる

― 学生を指導する上で大切にされていることは何ですか?

新しいことを知る楽しさを感じてもらうこと。そして、好奇心を芽生えさせることです。
卒業研究では最初から教員がテーマを与えるのではなく、学生自身が日常の中で感じた疑問や問題意識から自分なりのテーマを見つけてもらうスタイルをとっています。自分が「気になる!」と思った身近な問いからスタートしているからこそ、学生たちは目を輝かせて現地調査へ飛び出していきますし、社会的に価値のある素晴らしい成果を出してくれますね。

― 最後に、弘前大学を目指す高校生や在学生にメッセージをお願いします。

自分の「好き」や「得意」をどんどん伸ばしてほしいです。将来の進路や勉強とは関係なさそうな趣味や興味でも、大人になってから思わぬ形で研究や仕事とつながる瞬間がやってきます。私自身も生き物好きが巡り巡って現在の研究につながっています。

日常のちょっとした出来事に対しても「なんでだろう?」と興味を持ち、面白がって自分から調べる癖をつけてみてください。好奇心のアンテナを広げておくと、大学での学びはもちろん、これからの人生が何倍も豊かで楽しいものになりますよ。みなさんと弘前大学でお会いできる日を楽しみにしています!

岸岡先生インタビューの様子

Questionもっと知りたい!岸岡先生のこと!

― どんな学生でしたか?

真面目な学生でしたね(笑)。サークルは「野生生物研究会」に入っていましたが、周りの「生き物オタク」たちの行動力が凄まじく、それに刺激されて、鳥を見るために北は北海道から南は沖縄の離島まで全国一人旅をたくさんしました。

野生のトキの写真
野生のコウノトリの写真

― 休日の過ごし方や、最近ハマっている趣味は?

ヒトカラ(一人カラオケ)が大好きです!学生時代は週3〜4回ペースで通ってました。今は子育て真っ最中でなかなか行けないのですが、妻に許可をもらって朝一番から昼まで行ったり(笑)。
多肉植物を育てるのにもハマっています。石川県で暮らしていたころ育てていたサボテンが一度枯れかけたのですが、弘前に赴任してから復活したことをきっかけに、たくさん買い集めるようになりました。

石川県で暮らすときから育てているサボテン

石川県で暮らしていたときから育てているサボテン

― 岸岡先生が大切にしている言葉や座右の銘は?

やはり「好奇心」ですね。大人になっても何でも興味を持って楽しむ気持ち、自分の中で好奇心を萎えさせないことが、人生を豊かにするための一番の秘訣だと思っています。

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Profile

農学生命科学部地域環境工学科 助教
岸岡 智也(きしおか ともや)

大阪府豊中市生まれ 。
京都大学農学部地域環境工学科卒。同大学大学院農学研究科地域環境科学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。京都大学大学院教務補佐員・博士研究員、金沢大学先端科学・社会共創推進機構特任助教等を経て、2024年4月から現職