地形の成り立ちを読み解く地形学をベースに、地熱探査や地球熱利用についての研究に取り組んでいる若狭幸先生。専攻する「地形年代測定」は原子力学、地質学、分析化学など、温泉熱の利活用は農学や社会経済学など、実にさまざまな領域が絡む研究分野。そこには社会の未来を拓く可能性が詰まっています。

地形年代測定を応用した地熱探査手法や地球熱利用を研究

地域戦略研究所 新エネルギー研究部門・地球熱利用総合工学研究室
若狭 幸(わかさ さち)准教授

国内有数、原子力学領域から地形年代を測定

地形学とは、地表面がどのようにして形成されたか、その成り立ちを研究する学問です。地形が作られる要因としては、例えば地震や山崩れ、火山の噴火といったものが挙げられますが、その地形が、いつ作られたのか、そして現在どのように動いているのか、そのプロセスを研究しています。私はその中でも特に「いつ」できたかという年代測定を主にしています。

地形の年代測定には「TCN(Terrestrial Cosmogenic Nuclide)法」という、国内では数人のみが実践している手法をとっています。地形の構成物質である岩盤や土壌にはごくわずかに「宇宙線生成核種」という物質が含まれています。これは宇宙空間から飛来してくる宇宙線と岩盤や土壌が反応して生成されるもの。この生成物が調べたい岩や土にどのくらい蓄積されていたかが判れば、その岩や土が地表面にいつから存在していたか、その年代が特定できるわけです。
測定には、イオンに高電圧を掛けて加速させることのできる「タンデム型加速器」を用いた「加速器質量分析法(AMS)」という手法を用いるのですが、実際に岩や土に含まれている宇宙線生成核種の分量はごくわずかで、他の物質との比率でしか計測することができません。そのため「安定核種」(半永久的に変化しない原子核)を添加し、調べたい核種との比率、加えた安定核種の量を合わせて測定することで、微々たる非常に微少な核種の量を算出します。

年代測定を地熱探査に応用、新手法開発に挑戦

地形学からは地震や防災、土木・砂防、観光(ジオパーク)など、さまざまな研究分野が派生しており、私が専攻しているのは地熱探査や地球熱利用といった分野です。こうした地熱資源が含まれる「地熱貯留層」は地下1000~3000mにあり、簡単に調べることができません。そこで地表面に現れた、目に見えるものと関連付けて、目視できない地中の様子を探っていきます。
地熱発電所を建設するには地熱資源の多寡を判別しなければなりませんし、その他の発電所や建設物の建造にも安定性を評価するためにその土地の理解が必要になります。その点で地熱貯留層の年代を知るということがとても重要で、こうした地熱探査に地形年代測定を活用したいと考えています。

石の硬度計測の様子
石の硬度計測のデモンストレーション
実験中の様子
実験中の様子

TCN法は、限られた地質のところでのみ適用できる技術で、具体的には石英や花崗岩などが検体となる手法です。地熱地帯にはこうした岩石が乏しく、地熱探査への応用法としては確立の途中です。一方で、着目しているのが「風化」です。あらゆる岩石は風化し、年代が古くなるほど風化は進むので、この現象を指標化し、関係式を組み立てることで、どんな場所でも年代測定が可能になると考えています。TCN法に比べると原始的ではありますが、開発難度は非常に高いです。これまでは肉眼で確認できる程度の風化を扱っていましたが、今後はより細かい、電子顕微鏡で見られるレベルの風化で年代を判別することを目指しています。地熱利用は国内だけでなく、世界的にも広く求められていますので、私の研究が探査技術の向上に貢献できればと思っています。

温泉の熱と成分を活用して果物栽培、養殖業も!

青森県に目を向けると、岩木山や八甲田山、むつ地域や深浦地域など地熱ポテンシャルが高い場所がいくつもあります。ですが、それにもかかわらず東北6県の中で唯一、地熱発電所がありません。継続的に調査や試掘が行われていますが発電所の設置にまでは至っていないのが現状で、地熱探査法の開発を進めていきたいと思っています。
青森県は温泉についても全国的にみて豊富な地域ですが、浴用に利用するだけではエネルギーがもったいないです。そこで、未利用の温泉熱を活用した取り組みも展開しています。その一つが熱帯果樹の栽培で、2019年から深浦町内で高原果樹であるチェリモヤを温泉熱を活用して育てています。今後はライチ、マンゴーといった他の熱帯果樹を作ったり、レタス、トマトといった野菜を時季外れに栽培したりする活用法を検討しています。温泉水には溶存成分が多く海洋生物の生育にも活用できるのではとの観点から、弘前大学地域戦略研究所ではトラフグの陸上養殖の研究も進められており、私も2019年から参加しています。

チェリモヤを温泉熱で育てている様子
チェリモヤを温泉熱で育てている様子

トラフグ養殖は県内企業が大規模な形で実験をしており、チェリモヤ栽培についても津軽地域の民間企業が事業化に向けて挑戦しています。研究に際しては、導入コストをどう抑制するか考慮するなど経済性を成り立たせることも重要です。
温泉の溶存成分が沈殿したものはスケール(いわゆる湯の花)と呼ばれ、温泉配管や排水路をふさいだりする廃棄物ですが、これを陶器に色付けする釉薬として使えないかとか、地下から来ているものなのでレアアースが含まれていないか調査することなど、さまざまな可能性を探っています。

地熱発電所の見学の様子
地熱発電所の見学の様子

地熱の可能性をより多くの人に伝えたい

地形学は目に見えるものを扱っている点で、見えないものを相手にする学問に対して理解しやすい面があると思います。一方で、地質学や気象学、地理学、物性物理学、化学などさまざまな分野への理解が必要な学問でもあります。まだ若い分野なため、自分が新たな発見をする可能性が高いのも特徴。さまざまな分野のことをやりたいという方には向いている研究分野であると言えます。私が携わっている共同研究をとっても、地震(活断層)、鉱物(結晶成長)、考古学、経済学など、相手方の分野は幅広いです。

宮崎県日南海岸でのフィールドワーク
宮崎県日南海岸でのフィールドワーク
八甲田山でのフィールドワーク
八甲田山でのフィールドワーク

研究について今後の展望は、現在使っている年代測定法を地熱探査法の一つとして確立すること。そして青森のみなさんに、地熱資源への理解を広げたいと思っています。青森の方にとって温泉は身近な存在ですが、地熱発電となるとなじみが薄く「初めて聞いた」と反応する学生も多いです。そういった現状を教育分野から変えていければと考えていますし、熱源探査の新しい手法を開発して実際の探査につなげられればとも思っています。

測定用の石を持つ若狭先生

この研究に興味がある方へ、若狭先生からメッセージ

地熱エネルギーはこれからの日本に必要な再生可能エネルギーの一つです。ぜひこれからの若い方々にこの研究をしてほしいと思います。この若狭研究室では野外に出たり、実験室にこもったり、パソコンの前でうなったりとバランスの良い大学生活を体験できます。そんないろんなことに挑戦してみたい学生さんはぜひいらしてください。