地球温暖化の要因である二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を減らすことが世界的な潮流となっています。弘前大学では再生可能エネルギーに関する取り組みの歴史が比較的長く、早くから再生可能エネルギーに取り組む研究所の設立や自然エネルギー学科の設置をはじめとして積極的に取り組んできました。バイオマス・風力・地熱などさまざまな再生可能エネルギーがある中、太陽光発電は日本でもっとも導入の進んだ再エネともいわれています。太陽光パネルに使われる「太陽電池用シリコン」の研究や太陽光発電を青森に根付かせる意義について今回はご紹介します。

太陽電池用シリコンの製造プロセスの研究

地域戦略研究所 新エネルギー研究部門
伊髙健治(いたかけんじ)教授

太陽光パネルは暑いのがお嫌い?

世界的な脱炭素化の流れがエネルギーのあり方を考えるきっかけになっています。特に日本の場合では、東日本大震災がエネルギー全体をどのようにしていくのかを考える転換点でした。21世紀に入ると、太陽光発電は世界的に大規模導入が進むようになり、日本でも震災後から、大規模に導入されるようになりました。現在では、安い海外産の太陽電池パネルのおかげで、コストの安い再生可能エネルギーとして位置づけられることもありますが、製造過程では二酸化炭素を比較的多く排出という問題や偏った輸入に依存した問題などを抱えています。まだ多くの問題を抱えているエネルギーであり、真の脱炭素にむけて取り組むことのできるテーマが多くあると思っています。

太陽光発電の研究には、材料やデバイス素子の研究から応用技術までのさまざまな分野があります。現在、シリコン太陽電池の変換効率は15~20%程度が一般的ですが、材料やデバイス素子の研究では、更なる向上を目指してタンデム構造にしたり、フレキシブルや軽量にして太陽電池を適用できる場所をふやしたりする研究などがあります。一方、応用技術では、パネルの経年劣化の問題や雷害・大雪などの天災による被害などをいかに軽減するかなども重要な課題です。また、強い日射のある南の地域で、必ずしも発電効率が高いわけではありません。実は、太陽電池パネルが高温になってしまうと発電効率が下がってしまいます。

太陽光パネル
太陽光パネルができるまで

実は、太陽電池の9割以上はシリコンで作られた結晶シリコン系太陽電池。私の行っている太陽電池用シリコンの製造プロセスの研究は、このシリコン太陽電池の原料について、技術的な観点から二酸化炭素の低減や低コスト化を目指しています。シリコンは砂漠の砂などにも含まれている二酸化ケイ素を原料としていますが、炭素を使って不要な酸素を取り除いているので、当然ながら二酸化炭素を多く排出します。そこで二酸化炭素の排出量を少なくできるような製造プロセスの研究を行っています。また、原料のロスを少なくしてシリコンの収率を上げることで低コストで実現することが重要なミッション。原料の候補として、サハラ砂漠を抱えるアルジェリアに行って、砂漠の砂を調べに行くこともありました。

砂漠での様子

太陽光発電と青森の関係性

太陽光発電の応用研究は、青森ならではの取り組みが多々あります。その一つが豪雪地帯における太陽光パネルの普及です。太陽光パネルに雪が残っていると当然のことながら発電ができません。そのため青森県、特に津軽地域では、太陽光発電の導入が遅れがちでしたが、太陽光パネルの設置場所としての気温条件は良好。滑雪のメカニズムを解明して、滑雪しやすい太陽光発電システムを作り上げることができれば、導入を進めることにつながると考えています。

具体的には、積雪荷重を測定して太陽電池パネルが割れてしまわない条件を調べたり、パネル上に積もった雪がどのようなときに滑り落ちるのかを調べています。意外にもパネルから滑り落ちた雪が太陽電池パネルを割ってしまう事故もよくあります。太陽光発電の構造を最適化して、低コストで発電量を向上できるような条件を探し出すことを進めています。

積雪時における発電の研究には調査が必要になりますが、冬季は一年に一回。いつも気候条件が整っているわけでもありません。根気よく続けていくことが大切で、他にはなかなかないユニークな研究となっています。

雪が積もった太陽光パネル

農業と太陽光発電の共生を目指す「ソーラーシェアリング」も一次産業のウェイトが高い青森だからこその研究と言えます。
農地の上に太陽光パネルの設置すると、電気を産み出すことができますが、当然ながら影が生まれてしまうため、農作物に影響を与えてしまいます。農作物は数カ月にわたって大きく成長し、太陽も季節によって変化。影の動きが複雑になります。農作物に与える影の影響を正確に評価するため、専用のシミュレーションプログラムの開発を行っています。

近代の農業・漁業・林業では、意外と多くの化石燃料を使っています。脱炭素化の流れは、化石燃料に代わって再生可能エネルギーを使って、いかに農業・漁業・林業を営んでいくのかが重要になるでしょう。余剰の太陽光を電力に変えつつ、一次産業とのバランスや共生できるような仕組みづくりを創れるような研究は、青森だからこそできている側面はあります。

太陽光発電のこの先10年

太陽光発電の歴史を振り返った際、10年前だと電卓や腕時計に組み込まれた太陽電池を目にすることがありましたが、大々的な太陽光発電はほとんどなかったと思います。電卓についている太陽電池で発電所の代わりになるの?と思っていたかたも多いと思います。私がこどものころには、一般家庭の屋根には、せいぜい太陽熱温水器が一般的でしたが、いまでは太陽電池パネルを住宅の屋根に設置して売電しているケースもかなり増えました。

これからの10年を考えると、再生可能エネルギーの中でも太陽光発電は重要な役割を持つことは間違いありません。太陽光発電の応用では、青森県の特徴である積雪寒冷地や重要な産業である農業をベースにして、いかに普及させていくか。滑雪現象の解明やシミュレーションプログラムの開発を独自に行い、脱炭素化を青森から目指すことが私の目標でもあります。

現在、日本の技術は世界でもトップレベルですが、海外市場にシェアを奪われているのが現状です。今後をどう考えていくかが重要な課題。太陽光パネルの低コスト化といった普遍的な問題に取り組み一方で、青森といったローカルの課題を解決させていくことが、私自身も含め日本のエネルギーを考えていく上で大切なことではないでしょうか。

インタビューの様子

この研究に興味がある方へ、伊髙先生からのメッセージ

脱炭素社会への大きな潮流を考えれば、太陽光発電は今後ますます重要になる分野です。この分野は理工系から人文系までさまざまな学問が交差し、材料研究からフィールド応用まで幅広い研究開発と応用展開が必要となってきます。私自身、専門外からエネルギー分野に加わった一人。専門外だからこそ新しい視点でできることもあるというのが私の持論です。

デジタル化の大きな流れの中で、一つの殻に閉じこもっている時代は終わり、さまざまなことを大学で学び、研究していくことが企業から求められている時代となっています。研究というものは、「ちょっとしたこと」に関心をもち、それを見逃さないこと。今も昔も「ちょっとしたこと」は変わりません。私もそうでした。

どんな小さな「ちょっとしたこと」でも、もしかするとそれが皆さんにとってその後を変えるような「大きな出来事」になるかもしれません。大切なことは「ちょっとしたこと」に気づき、突き詰めて考えることではないでしょうか。