持続可能な社会に向け、環境調和型の材料開発や省エネルギーの研究があらゆる分野で進められています。界面化学を研究し、国内外の学会で活躍する鷺坂将伸先生は、界面活性剤や界面活性剤代替物、そしてそれらの利用技術開発などを研究。全国のさまざまな企業と共同研究も抱え、新たな素材作りに取り組んでいます。

界面化学の研究

大学院理工学研究科/理工学部物質創成化学科
鷺坂将伸(さぎさかまさのぶ)准教授

界面化学とさまざまな活用がある界面活性剤

界面化学と言っても聞き馴染みのない言葉かもしれません。界面とは、混じらずに接している2つの物質の「境目(さかいめ)」のことです。混じり合わない水と油の境目も界面と言えます。界面活性剤とはセッケン分子に代表されるような水になじみやすい部分(親水基)と、油になじみやすい部分(疎水基)を持つ物質のことを指し、界面に吸着して表面張力などの界面の性質を著しく変化させます。私の研究は端的に伝えると、界面活性剤を使い「界面を自由にデザインするための科学(化学)」です。

日常生活において界面活性剤はさまざまなところで使われています。洗剤で汚れを洗い落とす作用は界面活性剤の特性によるもの。「テフロン」の商品名で世界的に知られる有機フッ素化合物は耐薬品性、耐熱性、絶縁性、撥水性、撥油性に優れることから、フライパンなどの調理器具やパッキン、パイプ、被覆ケーブルにも使われています。親水基をもつ有機フッ素化合物、つまりフッ素系界面活性剤は消火剤、塗料・インキ、床ワックス、洗浄剤、曇り止めに使われています。

ある種の有機フッ素化合物(PFAA)は現代社会においてなくてならない界面活性剤のひとつですが、生体蓄積性や残留性有機汚染物質としての化学的性質があり、発がん性が懸念される物質でもあります(一般的に240度以上まで加熱をしなければ安全)。

過去に米国ではテフロン製造に利用されたフッ素系界面活性剤が河川に流れ、近隣住民の人体へ蓄積し、健康被害を引き起こす事件や、近年では、沖縄で泡消火剤を含む汚染水が流出する事故もありました。有機フッ素化合物を使わない素材作りやそれに代わるグリーンケミストリー技術が必要となっています。

未踏だった二酸化炭素の界面化学研究

揮発性有機化合物(VOC)対策も私の研究の一つです。VOCは有機化合物の総称で、蒸発しやすい性質を持ち、大気中で気体として存在しやすいです。VOCを使った製品の代表的なものは家庭用塗料や接着剤などで、使い方を誤ると人体への健康被害や、火災などの事故につながる危険性があります。

VOCに代わる素材として、超臨界状態の二酸化炭素があります。超臨界二酸化炭素は低粘度で密度が高く、少しの温度差で対流が生じやすく、乾燥操作に使用した場合では収縮や割れが発生し難いことから、ドライクリーニングや染色技術などへの応用があり、すでに導入しているケースもたくさんあります。

臨界点と聞けば危ないイメージがありますが、決してそんなことはありません。物質には固体、液体、気体のほかに、超臨界流体という状態があります。液体と気体の性質を併せ持った状態で、一定の圧力と温度を加えることで臨界点を超えて発生。超臨界流体は物を溶かし出す抽出溶媒として制御しやすいことが特徴です。

図 超臨界CO2中に水を分散したときの光学顕微鏡像

超臨界状態における二酸化炭素に対して界面活性剤の開発はほとんど行われていませんでした。しかし今、さまざまな化学工業の新しい溶媒として超臨界二酸化炭素は注目されています。たとえば宇宙空間などにおいては限られた水を生活用水として活用しなければいけません。洗うためだけに水を持っていくことは難しいです。そこで、人が住む以上、二酸化炭素が発生するため、呼吸などで発生した二酸化炭素を超臨界状態にして少量の水と一緒に使う洗濯技術といったことも可能となっています。

二酸化炭素は無毒で不燃性、自然界に豊富に存在することから活用は簡単です。地球温暖化のひとつの要因になっている二酸化炭素を回収して使うことから環境負荷が少ないのもメリットでしょう。今後はさらに民間利用などにも期待が高まっており、この研究は新たな付加価値の創出が期待されています。

現代社会のさまざまなシーンで

現在の石油増進回収(EOR)技術では、油田から石油を回収できるのは1次~2次回収の量を含めて最大で約60%だと言われています。残りの40%の石油は砂利や岩などの狭い空間に残存したままになっています。

石油はあと50年程度の可採年数しかなく、いずれは枯渇するエネルギーです。そのため、溶剤や燃料としての石油の使用を減らし、残り少ない石油を次世代にできる限り多く残すことが求められています。いうまでもなく、省資源・省エネルギー技術はもちろん、限られた石油を効率的に取り出すEOR技術の開発も重要になっています。この現状に超臨界技術が役立っています。

私たちが着目したのは泡(Foam)でした。泡は界面活性剤を含む水から発生します。空気を非常に多く含み、粘性が高いことが特徴で、細く狭い場所の汚れを隅々まで取り除いてくれます。そこで超臨界二酸化炭素環境でマイクロサイズの泡を発生できれば、砂利の隙間など狭い空間に残った石油を隅々まで回収することができ、EOR技術に非常に有益であると考えました。

このように私の研究は応用を見据えた手前の段階である基礎研究となっています。高温・高圧力の超臨界二酸化炭素の中に泡をどのように作るのか、どんな素材を活用すればいいのかなど、実験を繰り返しながら進めています。

科学では、「不可能」または「極めて困難」と考えられていたものが多くあります。しかし、研究を積み重ね、過去のデータと比較し、精査してみると、実現可能なことがあることも事実です。非常に精密な分子デザインやシステムデザインによって、実現できる可能性を見出すことができます。

この研究に興味がある方へ、鷺坂先生からのメッセージ

私の研究室では毎週、文献会や研究報告会という気になった論文や研究成果を発表し合う会を開いています。学生たちには論文を探すだけでなく、自分なりの考えを持つことを教えています。なるべく後追いの研究ではなく、誰もやったことのないことに挑戦してもらうようにお願いしています。科学の世界には、今までの考え方に囚われたりして、自分や他人が勝手に決めた枠の中だけで規制して研究しているようなことがたくさんあります。

研究では、それぞれの分野で最先端を駆ける海外の研究者とともに進めています。彼らと頻繁に意見を交わし、時には実験だけでなく、飲食なども共にして、お互いの考え方を、お互いの国を深く知りあう機会を多くもつことができます。日本の中で狭く閉ざされていた自分の視野を世界へと大きく広げる貴重な経験になるでしょう。

科学研究に必要な知識・技術だけでなく、モノづくりの楽しさや成果発信の意義、共同研究の進め方も学んでください。材料・技術の先端研究を主導できる国際的研究者に育ってもらいたいと考えています。

鷺坂先生の研究についてわかりやすく紹介した動画は、こちら!