外国語学習の要である「語彙」。英語教育における語彙指導のスペシャリストである教育学部の佐藤剛准教授は、学習者にとって、いかに負担なく、効率的に語彙を習得させるかの研究に取り組んでいます。地道なデータ収集と分析から生まれた研究成果は、全国の教科書や教材制作の基盤となり、日本の英語教育を陰ながら、しかし確かに支えています。弘前大学の卒業生として一度は中学校教諭の道へ。そこから研究の世界へ転身した佐藤先生に、これまでの歩みと研究の魅力、そして母校・弘前大学への熱い想いを伺いました。
生涯一教師のつもりが研究の道へ。恩師と妻に背中を押されて
― 先生が現在の研究分野に進まれた経緯を教えてください。
私は青森県黒石市の出身で、両親も英語の教員という家庭で育ちました。なので、子どもの頃から地元で学校の先生になりたいという想いは漠然とありましたね。ただ、最初は英語ではなく、小学生の時に憧れた先生の影響で理科の先生を目指していたんです。でも、高校の文理選択のときに理数系の成績が振るわず、担任の先生から許可が出なくて(笑)。それで英語教諭を目指すことになり、弘前大学教育学部の中学校教員養成課程英語専攻に進学しました。いざ学んでみると、英語の世界も非常に奥が深くて面白かったですね。卒業後はもっと専門的に学びたいと思い、筑波大学の大学院に進みましたが、その時点でも「研究者になりたい」というよりは、あくまで「より良い先生になるための勉強をしたい」という気持ちが強かったです。
大学院を修了後、青森県の公立中学校の英語教員になりました。同時に、弘大時代の恩師である野呂徳治先生の手引きで、大学の研究員支援制度を活用して、教職の傍ら英語教育に関する研究論文を書き続けていました。そうして10年ほど経った頃、野呂先生から「弘大で講師の公募が出ているから応募してみないか」とお声がけをいただきました。私自身は生涯一教師として、中学校の現場でキャリアを終えるつもりだったので、一度はお断りしたんです。しかし、その話を妻にしたら「何を言っているの!こんなチャンスはめったにないんだから」と怒られまして(笑)。その一言で「ああ、こういう道もあるのか」と視野が広がり、今に至ります。振り返ると、野呂先生が学生時代から僕のキャリアを見据えていろいろと仕向けてくださったのでは、と察するところです。

教育現場の負担を軽減する語彙指導の在り方
― 先生の専門である「英語教育における語彙指導」について、詳しく教えていただけますか?
英語教育の世界には「文法がなければ“ほとんど何も”伝えられないが、語彙がなければ“何ひとつ”伝えられない」という言葉があります。それくらい、語彙は言葉を運用する上で根幹をなす重要な要素です。にもかかわらず、語彙学習というと、いまだに「覚えるまでひたすら書く」といった“筋トレ”のような方法が主流で、多くを学習者の努力に任せてしまっているのが現状です。この負担を少しでも軽くできないか、というのが私の研究の出発点です。具体的には、学習者の実態に合わせた語彙リストの作成や、教科書に出てくる単語のうち、生徒が実際にどれくらい身につけているかを測る「語彙サイズテスト」の開発などに取り組んでいます。
― 研究を始められたきっかけは何だったのでしょうか?
背景には教員としての二つの原体験があります。一つは、大学時代の教官から「教科書に出てくる単語には、生徒に絶対に覚えさせなければいけない単語と、そのレッスンが終わったら忘れてもいい単語がある。教師はそれを区別して指導にあたらないといけない」と教わったこと。もう一つは、教員になりたての頃、熱意のあまり授業でたくさんの活動を取り入れ、毎日宿題を出していたら、学年主任の先生に「生徒は英語だけを勉強しているわけではないし、生活の上でやるべきことがたくさんある。生徒の学習全体を考えた指導をしなければダメですよ」と諭されたことです。この二つの経験から、重要なことをしっかりと見極め、効率的に学ばせることこそが教師の大切な役割なのだと痛感しました。
そこで、まず日本の英語教育における語彙指導の基盤を整えることから始めました。学習指導要領で示される合計約5,000語のうち、本当に覚えるべき「重要な単語」と、そこまで時間をかけなくてもよい「そうでない単語」を区別し、学習の優先順位を明確にするプロジェクトです。
例えば、ある中学校の教科書に「Uluru(ウルル)」という単語が出てきます。これはオーストラリアにあるエアーズロックの先住民の呼び名ですが、教科書の中ではオーストラリア旅行の場面で一度登場するだけ。もちろん教科書に載っている以上は指導しますが、日常生活で知らなくても困ることはなく、「書けるようになるまで徹底的に覚えさせる」必要性は低い単語です。「get」や「have」、「study」といった、あらゆる場面で何度も出てくる単語(ちなみに使用頻度第1位は「the」です)とは、指導にかけるべき重みが違って当然ですよね。その判断は、ある程度は教師の感覚でできますが、そこに客観的なデータという裏付けを与え、先生方の指導を手助けすることが私の研究の大きな目的です。
一人ひとりに合わせた英語教育を目指して
― 研究の成果は、どのような形で活用されていますか?
全国の小学校から高校まで、全ての英語教科書をデジタルデータ化し、どの単語がどれくらいの頻度で、どの範囲で使われているかを分析できるデータベースを構築しました。そして、そのデータをもとに「どの単語が、どの出版社の教科書に、何回登場するか」を基準として、英単語の重要度を数値化し、ランキング化したリストを作成しました。この語彙リストは書籍として出版したほか、「TeachLex Scope」というウェブアプリとして誰もが使えるように一般公開しています。

このリストは、全国の小・中・高校の先生方に授業で活用していただいているだけでなく、教材制作会社や入試問題の作成などにも応用されています。教科書のデータ化は大学院生の頃から続けており、特に中学校の教科書に関しては、平成14(2002)年度版から最新版まで、全てのデータを蓄積しています。こちらも「ChronoLex Scope」として公開中です。
やっていること自体は、「教科書に出てくる単語をひたすら数える」という、とても地道でシンプルな作業です。「必要だと誰もが感じていながら、あまりに面倒で誰も手をつけてこなかったこと」を、あえてやり続けた点に価値を見出していただいているのかな、と思っています。派手さはありませんが、「縁の下の力持ち」として教育現場を支えること。それが私の美学であり、この研究分野の最大の魅力だと感じています。
ウェブアプリの「TeachLex Scope」や「ChronoLex Scope」を公開している研究室のホームページ
― 今後の研究は、どのような方向を目指しているのですか?
現在は、これまでの成果を踏まえ、子どもたちが実際にどれくらいの語彙を習得しているのかを測定する「語彙サイズテスト」の開発に力を入れています。このテストを全国の小中学生に受けてもらう中で、興味深いことがわかってきました。それは、教科書での出現頻度と、学習者が実際に知っている単語との間には、少なからずギャップがあるということです。
データを分析すると、英語で使われる頻度が高い上位3000語の多くが、「外来語」としてすでに日本語の中に溶け込んでいることがわかりました。例えば「デバイス」「コンプライアンス」「アカウンタビリティ」といった言葉は、英語としては決して簡単な単語ではありませんが、私たちは日常生活の中で自然に触れています。ゲームでよく使われる「コンティニュー」などもそうですね。教科書にあまり出てこなくても、子どもたちがすでに知っている単語はたくさんあるのです。
これまでは教科書のデータを基盤とした語彙リストを提供してきましたが、次の目標は、学習者自身の語彙知識、つまり子どもたちが「簡単だと感じる単語」「難しいと感じる単語」という実感値を反映させた、新しい語彙リストを作ることです。それが完成すれば、生徒一人ひとりのレベルに本当に合った教材や英文を提供することが可能になります。地道な取り組みの先に、英語教育全体の質の向上に貢献できる未来があると信じて、研究を続けています。
踏み出した一歩で、学びの環境は変わる
― 学生を指導される上で、大切にしていることは何ですか?
「一歩踏み出して行動する力を育てること」です。今の学生は真面目で優秀ですが、どちらかというと内向きで、最初の一歩をためらってしまう人が多いように感じます。でも、そのささやかな「一歩」が、人生を大きく変える出会いや経験を生むことを、私自身の経験を通じて伝えていきたいと思っています。
大学院生の頃、語彙研究の世界的権威であるポール・ネーション先生の講演を聞きに、東京まで行ったことがありました。講演後、失礼だと思われたらどうしようと迷いながらも、勇気を出して先生の著書にサインをお願いしに行ったんです。すると、先生はとても喜んでくださり、名刺までいただくことができました。それがご縁で、研究の相談に乗っていただいたり、論文にアドバイスをいただいたりと、20年以上にわたってお付き合いが続いています。今はSNSや動画で、著名な方の知見に簡単に触れられますが、それだけで分かった気になってしまうのは少し危険です。だからこそ、学生たちには「本物に直接触れる経験」を大切にしてほしいと、いつも話しています。


学生には、私が講師として参加する現職の先生方向けの研修に同行させ、現場の先生方と交流する機会を設けたり、学会への参加を積極的に促したりしています。ゼミでは学生と共同研究を行い、英語での学会発表も経験させます。勇気を持って一歩を踏み出す「外向きの行動力」こそが、自分の世界を広げ、未来の可能性を大きく拓いてくれる。そうした姿勢を学生たちが身につけられるよう後押しすることが、私の教育者としての使命だと考えています。

― 先生にとって、弘前大学はどのような場所ですか?
弘前大学は、地域との結びつきが非常に強い大学だと言えるでしょう。私にとってはまさに「ホーム」ですね。自分の学びの原点であり、自分の力を最も自然な形で発揮できる「土俵」だと感じています。県内出身の学生や教職員が多く、私も含めて、地域社会と大学、そして人と人との温かいつながりが感じられる点が大きな魅力です。地域にしっかりと根を下ろし、青森県の未来に貢献してきた歴史がありますし、学生の成長を心から願い、深い愛情と使命感を持って向き合ってくれる先生方がたくさんいます。
― 最後に、弘前大学を目指す高校生や在学生にメッセージをお願いします。
「自分で自分の限界を決めないでほしい」ということです。大学の4年間という時間は、長いようで本当にあっという間です。でも、その時間をどう過ごすかで、人生は大きく変わります。失敗を恐れたり、うまくいくかどうかを考えすぎたりせず、まずは勇気を出して一歩を踏み出してみてください。その一歩の先には、想像もしなかった景色がきっと待っています。
弘前大学は、例えるなら「食べ放題の焼肉」のような大学です(笑)。意欲さえあれば、手を伸ばせば、いくらでも学び、挑戦し、成長できるチャンスが目の前に広がっています。先生たちは皆さんの挑戦を心から応援しますし、本気でぶつかってきてくれれば、必ず全力で応えてくれます。この温かい環境の中で、自分の世界をどんどん広げていってください。
この4年間は、長い人生のほんの一部かもしれません。でも、その一部が、あなたの人生そのものを決定づけるほど大きな意味を持つことがあります。弘前大学での時間が、皆さんにとってそんなかけがえのない時間となり、自分の可能性を信じて未来へ羽ばたく力になることを、心から願っています。

Questionもっと知りたい!佐藤センセイのこと!
― 休日の過ごし方を教えてください。
ほとんど家で犬と過ごしていますね。7歳になるコーギーの「小十郎」を飼っているのですが、もう可愛くて仕方なくて。子どもの頃から犬が大好きだったのですが家では飼えなくて、近所の犬の散歩について行かせてもらうくらいでした。結婚して自分の家を建てて、ようやく長年の夢が叶ったんです。その反動からか、もう溺愛しています(笑)。ちなみに、「小十郎」という名前は、伊達政宗の有名な家臣・片倉小十郎から付けました。
散歩中に、ふと研究のアイデアが浮かんだりすることもあります。小十郎に「ここの部分がうまくいかないんだけど、どう思う?」なんて研究の相談をしたりもしますね。犬は全然聞いていませんが、面倒くさそうに隣にいてはくれます(笑)。意外と良いブレインストーミングになっているのかもしれません。
佐藤先生と愛犬の小十郎
― 他にご趣味はありますか?
私が教師を志すきっかけになった小学校の先生の影響で、昔から天体観測が好きです。その先生の授業が本当に面白くて、クラスのみんなが誕生日やクリスマスのプレゼントに天体望遠鏡をおねだりするくらい人気でした。今でも夜、星を見ながら妻に「あれが何の星で…」なんて話をします。「英語の先生なのに、なんでそんなこと知ってるの?」と不思議がられますが(笑)。結局、理科の先生にはなれませんでしたが、好きなことは仕事ではなく趣味として楽しむのが、自分には合っていたのかもしれません。
あとは自転車ですね。教員時代、多忙な中で通勤時間を楽しみに変えられないかと思って始めました。土日も潰れてしまうことが多い仕事なので、通勤が趣味になればと。それで少し良い自転車を買ってみたら、どんどんハマってしまいました。雪が降って自転車に乗れない冬の間は、代わりにスノーボードを楽しんでいます。
通勤からすっかりハマった趣味のロードバイク
Profile
教育学部 英語教育講座 准教授
佐藤 剛(さとう つよし)
青森県黒石市生まれ
。
弘前大学教育学部中学校教員養成課程英語専攻を卒業後、筑波大学大学院教育研究科英語教育コース修士課程修了。青森県公立中学校教諭(2005~2016年)を経て、2016年に母校である弘前大学に講師として着任。2020年から現職。東京都市大学非常勤講師を兼任。2021年、小学校英語教育学会(JES)学会賞受賞。主な役職に、三戸町小中一貫教育推進委員会英語科プロジェクトチームアドバイザー、大学入学共通テスト問題作成委員(英語リーディング)など。
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