電気やガス、ガソリンといった身近なエネルギー資源に関して私たちの関心はどのくらいあるのでしょうか。生活とは切り離すことができないエネルギーですが、私たちの関心はもしかすると高くはないのかもしれません。今回紹介する長南幸安教授の研究の目的は、「どのようにエネルギーに関心をもってもらえるか」です。教育学部という立場から科学に関心を持ってもらい、新たな研究者や担い手を生み出すということが長南先生の研究です。

「教育」視点の科学。未来へつながる人材育成を

弘前大学教育学部学校教育教員養成課程理科教育講座
長南 幸安(ちょうなん ゆきやす)教授

最新科学の教材研究とは?

現在、世界はエネルギー問題だけでなく、温暖化や汚染などの環境問題や食糧問題といった課題が山積みです。イノベーションを起こさないと解決できない時期に差し掛かっているのかもしれません。例えば化石燃料が枯渇する問題。新しいエネルギー資源のことをもっと考えてもらわなければいけません。教材開発は、こういった課題を次世代に考えてもらう機会となったり、新しい技術を触れてもらったりすることになります。教材はイノベーションのきっかけづくりやアイデアを生み出すツールと考えた方がいいのかもしれません。

世界規模でイノベーションを起こしている研究者や起業家がたくさんいますが、学校教育以外の場で知識や技術を身に付けて勉強を始めていたというケースがたくさんあります。

最近では、再生可能エネルギーと呼ばれるカーボンニュートラル(バイオエタノール)やカーボンフリー(アンモニア・水素)のエネルギーに関する教材開発を行っています。特に二酸化炭素を光合成で吸収する植物を原料とすると、それを燃料としてエネルギー源にして二酸化炭素を排出しても、もとの空気中の二酸化炭素に戻るだけなので、プラスマイナスゼロ(ニュートラル)でしょうと考えるのが、カーボンニュートラルという考え方です。

カーボンニュートラルの仕組み

お酒を造るように、植物から発酵でエタノールを作りだしてそれを燃料とするのが、バイオエタノールです。砂糖の原料となるサトウキビがバイオエタノールの原料によく使われていますが、サトウキビは砂糖の生成に必要ですし、暖かいところで育つので、青森のような寒いところでは、育てるのが厳しいです。寒いところで育つものとしてサトウダイコン(ビーツ)もありますが、同じように作物なので、食料として必要です。そこで、サトウキビと似ているけど、食料として利用されていないスイートソルガムという植物を、バイオエタノールの原料とする教材を開発しました。スイートソルガムを実際に栽培してみて、北国の青森県でも十分育つことがわかり、実際に中学校でも実践をしました。

袋栽培したスイートソルガム
袋栽培したスイートソルガム
中学校での実践(バイオエタノール)
中学校での実践(バイオエタノール)

メタンハイドレートを取り出す教材開発

メタンハイドレートは天然ガスの主成分であるメタンと水とが結合し結晶化したもので、「燃える氷」とも言われています。日本近海に存在が確認されており、将来の国産エネルギー資源の一つになるのではと期待されています。メタンハイドレートを取り出す研究は国内でも行われていますが、小中高向けの教材として研究しているのは、弘前大学だけかもしれません。

メタンハイドレートの出前講座風景
メタンハイドレートの出前講座風景

学生と開発している教材は、出前講座などで出向く実際の教育現場でメタンハイドレートを作る実験です。圧力容器を使ってメタンガスに圧力をかけ続けることでメタンハイドレートを生成できるのですが、通常であれば大掛かりで何百万円もする装置がなければできなかったものでした。それを教室といった場所で限られた時間内で生成するためにブラッシュアップしている段階です。そういった実験体験は、子どもたちにメタンハイドレートについて関心を持ってもらう入口となり、次世代の教育にもつながります。

子どもたちにとっては何がきっかけになるか分かりません。教科書のコラム的な扱いで少しのスペースに書かれていたことが気になり、研究テーマにする学生もいたりします。私の研究はそういった学生たちが決めたテーマに対して、アドバイスをしたりサポートをしたりし、教材開発を進めていくことです。

メタンハイドレート合成中
メタンハイドレート合成中

なぜ教材開発を始めたのか

弘前大学に赴任したのは約25年前。教育学部ということで、最新の科学技術を実験という体験を通して理解してもらう実験方法を開発しようと考えたのがきっかけです。背景には、「その大学にある特徴を生かした研究者になりなさい」という私の恩師の言葉がありました。

近年の科学技術の進歩は、情報化の発展で目覚ましいものがありますが、教科書は基本事項が中心であり、新しい技術の記載は少ないことが実情です。実験などもほとんどありません。そのため高校までの基礎的な知識から、大学での世界レベルの研究までのギャップが大きく、そのミッシングリンクを埋められるような実験を提供できれば、新しいイノベーションが生まれるかもしれないと考えています。

学生たちと共に考える教材開発

長南ゼミ(2021年度)
長南ゼミ(2021年度)

教材開発は専門だった化学から始めています。もともと私は有機金属という化合物の研究をしておりました。無機に分類される「金属」と有機に分類される「炭素化合物」が結合した「有機金属」は、有機・無機の領域にまたがったおもしろい性質を持ち、ノーベル化学賞を受賞した鈴木章先生の研究も同じ分野です。

エネルギーの教材化に取り組んだのは、青森県には原子力関連施設があり、風力発電やバイオマスエネルギー開発も盛んで、さまざまなエネルギーが豊富な地域だったからです。それを理解し、実験できる教材にも取り組んでみようと始めました。

学生の研究テーマはそれぞれで、エネルギーに関すること以外でも、放射線や食べ物を扱う研究など、最近ではスーパーフードを扱う学生がいました。スーパーフードにはどういう栄養素が入って健康にどう影響するのかといった研究です。基本的には教育につながることであればなんでも研究をさせています。

二酸化炭素が出ない「カーボンフリー」という燃料も近年注目され、扱っているテーマでもあります。水素が代表的ですが、その水素はどうやって作られているか。学校の知識で考えると、水の電気分解と思うでしょうが、電気を使う必要があるのでコストが高く、実際はメタンから水蒸気改質というコストの安い方法で大量に作られています。この水蒸気改質という方法の実験教材化も進めています。

すでに教材化したものには、水素をリンゴの搾りかすから取り出すといったものもあります。リンゴ生産量日本一の青森ならではの教材ですよね。そのほか、生産量が日本一のカシスからも水素を取る教材もあり、身の回りのあるものが実は別の使い方があるといった切り口で伝えることができれば、子どもたちには高い関心を持ってもらえます。教育はテキストで学ぶことも多いですが、特に化学は、実験観察から学ぶことがたくさんあります。記憶に残りやすいし理解もされやすい。そういった教材開発を行っています。

教育学部理科教育講座 長南 幸安(ちょうなん ゆきやす)教授

この研究に興味がある方へ、長南先生からのメッセージ

これから直面するエネルギー問題は、世界的問題でもあります。資源が少ない日本にとっては大きな課題。特に世界的に脱炭素の方向へ向かっているため、再生可能エネルギーも含めてどのように解決していくのか、考えていかなければなりません。大きな技術革新、イノベーションを起こすためにも、いろいろな人の「知」が必要となります。その開発に直接携わりたいということも重要ですが、自ら参加することができなくても、エネルギー問題に携わる多くの人を作り出す・育てることができる「教育」という角度から参加できるというおもしろみがあります。

長南先生の研究について紹介した動画はこちら!


理科教育(化学研究室紹介「スーパーフードの秘密を探る」)
理科教育(化学研究室紹介「生物濃縮を確かめる」)