私たちの脳には、 まだまだ解明されていない謎が多く、未知の領域がたくさんあります。そのからくりを少しでも解き明かすことで、病気の予防や治療に役立てたいと研究を行っている、医学部保健学科作業療法学専攻の山田順子教授にお話を伺いました。

「人のこころの仕組みが知りたい」という思いが原点

― 現在の研究分野に興味を持ったきっかけは?

子どもの頃に読んだ小説のなかに、精神分析のことが書かれていたんですね。それを読んで、「こころって面白い…。人のこころの仕組みが知りたい」と、思ったのがきっかけです。

― どんな研究をされているのですか?

私の専門は、脳神経生理学です。わずか数十ミクロンの脳の神経細胞(ニューロン)の活動を記録したり、動物の学習や不安行動を解析したりと、ミクロからマクロまで幅広い生命の機能やメカニズムを解き明かそうとする学問です。
患者さんを診る臨床医学と違って、医学を学問的に研究する基礎医学なので、すぐに応用に結び付くのは難しいかもしれません。しかし、脳に関してはまだまだわからないことだらけ。ですので、そのからくりを少しでも解き明かすことで、人々の健康に役立てられたらいいなと思っています。
「ある薬が、神経と神経の伝達にどのように関わるか」という細胞レベルから、「その薬が体にどう影響するか」といった個体レベルまでの生物の機能解析を行い、病気の予防や治療に役立てることを目標に研究に取り組んでいます。

音楽大学卒業後、「調律師」を経て研究者に

― 先生は、音楽大学を卒業されているそうですね? どのような経緯で、現在の研究をすることになったのですか?

先ほどお話ししたように、こころの仕組みに興味があったので、高校時代は精神科医になりたいと思っていました。それで、医学部を受験しましたが不合格。浪人中にたまたま雑誌で「調律師」の記事を読み、興味を持ちました。小さい頃からピアノを習っていて、絶対音感があったので、もしかしたら調律師に向いているかも?と。21歳で国立音楽大学調律科に入学し、卒業後は、河合楽器製作所に入社し、東京の表参道にあるショールームに勤務していました。

その後、結婚し、夫の転勤に伴って関西に行くことになりました。日中は時間もあったので、これを機にもう一度、大学で学んでみようかなと。それで、社会人入学を受け入れている国公立大学を探したところ、京都工芸繊維大学に応用生物学科があるのを知り受験し、入学しました、31歳でしたので、まわりは一回り下でしたが一緒に遊んでいました(笑)今でも仲良しです。卒業研究で選んだのが、脳を研究していた神経生理学の講座でした。一度は音楽の道に進みましたが、ここでようやく昔からの夢だった、こころや脳の研究に近づいたわけです(笑)。

― その後は、研究の道に?

大学院の修士課程を修了し、博士課程に進もうと思っていた時に、夫が東京に転勤することになりました。そこで、博士課程入学と同時に東京に転居し、ある先生の推薦で当時、東京にあった三菱化学生命科学研究所の特別研究生になりました。研究所では学位は取れないので、京都の大学院に在籍しながら、東京で研究に取り組む日々でした。

事情があって、その後、離婚。40歳の時に博士号を取得し、学会で知り合った先生から“ポストが空くので来ない?”とお声がけいただき浜松市にあります静岡大学電子科学研究科生体情報処理講座の助手として採用になりました、実際は同じ教授が併任されていた浜松医科大学の生理学講座で仕事をしていました。2005年に私の論文を読んでくださったフィンランドのヘルシンキ大学の教授からオファーが来て、2年間ヘルシンキ大学に客員研究員として赴きました(猫連れで)。2007年に帰国し、浜松でご一緒していた上野先生からお声がけいただき、弘前大学医学研究科脳神経生理学講座に助教として採用になりました。

ヘルシンキ大学のボスとツーショット
ヘルシンキ大学のボスとツーショット
フィンランドでの様子。海が凍ってスケートリンクに
フィンランドでの様子。海が凍ってスケートリンクに

てんかんの予防策を開発

― 弘前大学医学部では、どんな研究を?

私たちの脳の中には、神経細胞(ニューロン)による複雑なネットワークが構成されています。私たちがものを考えたり、思い出したり、身体を動かしたりする時には、神経細胞の間で情報伝達が行われます。その時に、情報の橋渡しをしてくれるのが神経伝達物質です。神経伝達物質には、促進に働くものと、抑制に働くものがあります。これらの神経伝達物質のバランスが崩れることでさまざまな疾患を引き起こすことが知られています。

脳内の神経伝達物質で代表的なものでは、促進の方に動く物質としてグルタミン酸、抑制に働く物質としてGABAがあります。私は、以前からGABAの研究に取り組んできました。弘前大学大学院医学研究科では、てんかんの共同研究グループに加わり研究を行いました。ラットを使った動物実験では、ある薬をてんかんの発症前に投与することで発症率を抑制することがわかりました。

記者会見てんかんの発病防止策の開発
てんかんの予防法開発に関する記者会見

― エビデンス(科学的根拠)に基づく、リハビリテーション法を提案したい

医学研究科には7年間所属し、2014年に保健学研究科の総合リハビリテーション科学領域に異動しました。現在、リハビリテーションに関して、「エビデンスに基づくリハビリテーション」というキーワードがトピックになっています。臨床結果や基礎研究の検証結果などをもとに、エビデンスに基づいたリハビリテーションの重要性が求められています。そこで、私は「脳神経生理学研究室」を立ち上げ、主に「脳卒中」と「脳の発達」に関する研究を行っています。

実験では、脳卒中を引き起こしたモデル動物に異なる種類の運動をさせて、機能回復に与える影響について調べています。Aグループは強制的に運動させ、一方、Bグループは、自発的にカラカラと滑車(回し車)を回して運動できるようにしました。その結果、全く運動しない群よりはAもBも回復は早いのですが、同じ距離を走っても、自発的に運動したBグループの方が、機能回復が早いことがわかりました。この結果から強制的に運動させるストレスが回復を妨げるのか?自発的に運動することが回復を促進するのか?そのどちらが強く影響するのか検証するためストレスホルモンやモチベーションに関わる脳領域の活性などを計測しながらさらに研究を続けているところです。

― 母子分離や、社会的孤立が引き起こす脳の変化

「脳の発達」に関する研究も行っています。近年、育児放棄などのネグレクトが問題になっています。そこで母子分離ストレスが脳に与える影響についてモデル動物を用いて研究しています。
なかでも、今、特に着目しているのは「社会的孤立」です。1日3時間程度の母子分離をした動物に対して、大人になってからさらに社会的孤立ストレスをかける実験を行ったところ、行動の異変が見られました。新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛が続き、社会や他人との接点が少なくなった今、私たち人間の脳の中でも変化が起きているといわれています。これらのメカニズムを調べることで、こころの問題への予防法や解決策が見つかるかもしれません。

インタビューの様子

「なんでだろう?」という気持ちを大切に育ててあげたい

― 学生に指導するうえで大切にしていることは?

まずは、生理学に興味を持ってもらうこと。生理学は解剖学とならぶ古い学問ですが、医療職に就く人には必須の知識であり、職についてからも必要なものです。でも、講義を聞いているだけでは覚えることがたくさんあって大変だなと思われがちなので、できるだけ身近な、たとえば自分の体での出来事として考えることができるように指導しています。
たとえば、目の前に置かれたコップを手に取って持ち上げる、という動作ひとつとっても、実にさまざまな回路を使っているんです。どこの筋肉をどのくらい動かすかは、脳が常にモニターしてその場所を指定しているんですね。ある種の疾患があると、コップまでスムーズに手が到達できなかったり持ち上げることができなかったりします。
講義の感想で、ある疾患に関して「日常生活で続くのはとても辛いだろうと思った。」「こんなに健康でいられることにありがたみを感じた」と書かれていました。体の仕組みを知るということは、生きている有難みを知るということ、疾患の大変さを理解する事につながります。これは、医療系の学生にとって非常に大切なことです。

ある時、班ごとにテーマを決めて、学生みずから講義を行う機会を設けました。「男性でも出産はできるか?」など、ユニークなテーマが続々と登場し、活発に議論が交わされました。研究において、好奇心はとても大事なこと。なんでだろう?どうなっているのかな?という気持ちを大切に育ててあげたいと思っています。

― 学生の主な就職先と就職率は?

作業療法学専攻の主な就職先は病院のリハビリ部門で、就職率は100パーセントです。毎年、募集がものすごくたくさん来るので、就職先もよりどりみどりです。

― 弘前大学の魅力、所属学部の特徴、魅力は?

弘前に来て感じたのは、街がコンパクトで文化度が高いなというのが第一印象でした。医学部はお城の近くにあり、附属病院をはさんで医学科と保健学科が隣接しています。病院が間近にあるので医療系の学生にとって、素晴らしい環境だと思います。

保健学科は5つの専攻と、2年前からは新たに心理支援科学科も加わり、さまざまな業種の人たちとの連携も学べる環境が特徴です。作業療法学専攻は定員20人という少人数制なので、縦横のつながりが強く、ファーストネームで呼び合うなど、とてもアットホームです。先輩たちも面倒見が良く、それが後輩たちへと受け継がれています。
毎年、学位記授与式が終わった後に、それぞれの専攻でも学位伝達式を行ってひとりづつ挨拶をしてもらうのですがほぼ全員、泣きます。男子も泣きます(笑)。コロナ禍以前は、ご家族も出席されていたのですが、ご家族に対して自然と感謝の言葉があふれたり…。素直で思いやりがある学生が多く、雰囲気がものすごくいいんですよ。学ぶ環境としては、最高の環境ではないでしょうか。

― 弘前大学を目指す高校生や、在学生へのメッセージをお願いします

高校時代は、自分の将来について具体的にイメージできる人は少ないかも知れません。自分の道をすぐに見つけられる人もいればそうでない人もいます。そういう意味で、現在、医学部に在学している学生は、高校生の頃にメディカル系、コメディカル系に進もうと決めて努力したのですから、それだけですごいなあと思います。人生思うとおりに行かないことは沢山あると思いますが、一生懸命頑張ってダメだったらそれはその時点での実力なので、頑張った自分を認めてあげてください。できないことがわかっただけでも進歩です。人生いろいろありますが、何とかなるものです。努力していれば見てくれている人は必ずいます。今は目の前に何も見えなくても、少しでも進めばまた新しい道が見えてきます。決して人と比べるのではなく、迷っても、回り道をしても自分で選んだことに自信をもって好奇心を大切にいろいろな事に興味を持ってください。
そして、これからさまざまな出会いがあると思いますが、人とのつながりを大切にしてください。

私は、一度社会人になって再び大学に入学して、大学はこれだけ専門的なことをたくさん学べるところなのだということをあらためて知りました。弘前大学には、専門的な知識を持ったバラエティ豊かな先生たちがいますので、恵まれた環境とチャンスを生かして学んでほしいと思います。

Questionもっと知りたい!山田センセイのこと!

― 趣味&休日の過ごし方

大の猫好きで、現在2匹の猫を飼っています。猫たちが楽しく遊べるように、DIYでいろいろなものを制作中。賃貸なので釘は使わずに、あれこれ工夫するのが楽しいです。吹き抜けの空間を利用して作ったキャットウォークは、猫たちのお気に入りの場所。

キャットウォーク
DIYで作ったキャットウォーク

DIYが趣味。吹き抜けの空間を利用してつくったキャットウォーク

弘前大学 山田順子教授 異分野交流女子会の様子

コロナ禍以前は、他学部の先生たちと我が家で異分野交流女子会を開いたり、猫好きメンバーによる「猫の会」も開催していました。
異分野交流女子会の様子

弘前大学 山田順子教授 料理好き

料理も好き。イタリア系が多いですね。これは、「骨付きラムの塩釜焼」。

インドア派で、それまではあまり筋トレとか行ったことがなかったのですが、3年前にパーソナルトレーニングを始めてから、体重が6㎏減り、ウエストが10cm細くなりました!が、油断すると元にもどります(笑)
半年前から、カルチャースクールでヴァイオリンを習い始めました。思ったより音が出るので面白くて、今ハマっています。

【座右の銘】

「猫と筋肉は裏切らない」。

文字通りですが、あと、「勉強も裏切らない」も加えてもいいかもしれません。世の中に出れば理不尽なことはたくさんあって、正当な評価をされないこともあると思います。でも、勉強はやっただけ身につきますし、知識は自分の財産です。

「買わない宝くじは当たらない」。

やらない後悔よりやってみてダメだった方が良いと思います。それがわかっただけでも先に進めます。そうすると今まで見えなかったものが見えてくるかもしれません。
あの時ああだったらと思うより、次はこうしてみようと思えばいいのです。
私もまだまだやってみたいことがたくさんあります。
とりあえず、ヴァイオリン始めました!

Profile

医学部 保健学科 作業療法学専攻 教授
山田 順子(やまだ じゅんこ)

神奈川県横浜市生まれ 。
専門テーマは、脳神経生理学。脳神経生理学的手法を中心にこころのしくみ、病態解析、治療法の開発などを研究。 国立音楽大学調律科卒業後、河合楽器製作所に入社し、社会人を経験。その後、京都工芸繊維大学応用生物学科へ入学し、大学院の修士課程を修了。当時の三菱化学生命科学研究所の特別研究生として研究に取り組み、博士を取得後、静岡大学電子科学研究科生体情報処理講座の助手や浜松医科大学、ヘルシンキ大学に客員研究員として赴き、帰国後弘前大学へ。医学研究科を経て、現在の医学部保健学科作業療法学専攻で教授として着任。