2022年4月に開設した「災害・被ばく医療教育センター」は、災害医療や放射線事故時における被ばく医療を併せた全国でも珍しい医学教育の拠点です。センターに所属する辻口貴清助教は被ばく医療を研究しており、全国でも数少ない専任の研究者です。個人の研究としては被ばく医療における医療従事者の被ばく量を計算するスマートフォン用のアプリケーションなどの開発が認められ、昨年度に弘前大学の「学術特別賞(若手優秀論文賞)」を授与されました。新しいジャンルの研究者として注目が集まっています。

被ばく医療を研究するパイオニア

被ばく医療連携推進機構 災害・被ばく医療教育センター
辻口 貴清(つじぐち たかきよ)助教

被ばく医療の教育と教育プログラムの開発

放射線事故は頻繁に起きるわけではありませんが、万が一に備えて、定期的に『被ばく医療』の学習をすることが非常に大切です。現状では医療機関に勤務している医療従事者にとって、災害医療や被ばく医療を学ぶ機会は非常に少なく、また、医療を目指す学生向けの授業においても機会が多いわけではありません。この分野では現在、「教育・人材育成」が大きな課題となっています。

「災害・被ばく医療教育センター」のメインの目的は医療従事者や医療従事者を目指す学生向けに災害医療教育プログラムを作ることですが、老若男女問わず多くの一般市民にも「防災」「災害医療・被ばく医療」に関心を持ってもらうことも含まれています。現在、防災・災害医療・被ばく医療に関するさまざまな教育プログラムを立ち上げる計画があり、青森県が複数の原子力関連施設を保有しているという状況も鑑みて、我々の教育研究の成果が青森県地域をはじめとする全国の防災力・災害対応能力向上に貢献していけるのではと考えています。

災害医療・被ばく医療を学習する機会が少ない背景には日本では長く放射線事故が起きておらず、一般人に関わりのあることではなかったことが挙げられます。2011年に起きた福島第一原子力発電所事故によって、身近な問題となりましたが、まだ10年程度しか経っていません。被ばく医療の教育・教材に生かせられるような放射線のシミュレーションデータを取得し、医療従事者の教育ニーズを汲み取り、カリキュラムとして落とし込むことが最大の研究課題です。

被ばく医療関係の研修で講師を務める様子
被ばく医療関係の研修で講師を務める様子
被ばく医療関係の研修で参加者に説明する様子
被ばく医療関係の研修で参加者に説明する様子
研修で使用する線量計などの機材
研修で使用する線量計などの機材

災害医療を学ぶための現状

現在、災害医療を勉強する方法は、「DMAT(ディーマット)」になるための試験を受けるしかありません。DMATは災害時に活動ができる災害派遣医療チームのことで、試験を受けるためにはDMAT指定医療機関の医療従事者でなければいけません。青森県の場合、災害拠点病院(災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関)に所属する医療従事者でなければ災害医療を学ぶことができないことになります。

災害時の医療は実は支援だけでなく、受け入れる側の受援体制づくりも重要になります。受援にも受け入れのルールや手順などがあり、災害も何が起こるか分からないからです。災害に対する備えは病院の規模や指定の有無などによらず、県内のたくさんの病院や医療従事者に災害医療を学んでもらえるような体制を構築していきたいと考えています。

災害時に被災地の医療機関は時間・人材・資機材が限られています。さまざまな関係機関(支援してくれる自治体や消防・警察、他の医療機関、報道機関など)と共に患者さんや住民に対して医療提供していく必要があり、各機関に立ち上がる災害対策本部にはたくさんの情報(電話やFAX、メールなど)が集まります。それらの情報を集約する電子ツールの開発研究なども行う必要があります。

インタビューの様子

新型コロナウイルス感染症など災害対応

昨今の新型コロナウイルス感染症に関しては災害対応の一環として弘前大学では、弘前市を含む地域医療圏の実情に合わせ、医療支援活動を行いました。保健所と大学病院、弘前圏域の病院と連携。重症患者の受け入れをコントロールしたり、各医療機関の病床数を電話で確認したりしました。第六波、第七波となると、オンライン診療の設備を作ったりマニュアルを整備したりするなど、最前線のサポートは多岐にわたり、状況に合わせて取り組みました。

2022年8月に津軽エリアで発生した大雨による水害の際は、避難所を回って感染対策ができているかといったチェックも行いました。例えば、一般的な災害時に備えて避難所には毛布や簡易的な段ボールベッド、非常食がすぐに用意できる体制が敷かれています。しかし、『コロナ禍の災害(水害)』ということを考えると避難所内でも感染拡大防止対策が必要で、陽性者の避難者に対しては医療的なサポートも必要になります。これらの経験を通して、感染症も含む複合的な災害に備える医療体制、自治体との密な連携を築いていくための研究も非常に重要なことであると実感しました。

北海道胆振地震の出動時(一番左が辻口先生)
北海道胆振地震の出動時(一番左が辻口先生)

自分でできることをやろうとした

被ばく医療はさまざまな分野の知識が必要です。基礎的な医学の知識はもちろん、更に救急医学や災害医学の原則、被ばく量を測定するには物理や生物、更に薬学や法律、コミュニケーション学に関することも学ぶ必要があります。私は運良く物理や生物の勉強をした経験があり、診療放射線技師の資格を持っていたので、被ばく医療というハイブリッドのジャンルで重宝されるようになりました。専門というより幅広く知識を得ていたことが全国でも珍しく、自分にしかできないことに結びついています。

被ばく医療に関わる従事者の被ばく量を測定するアプリケーションの開発もその一つ。2017(平成29)年に行われたDMATの訓練時に、私の隊は派遣された病院の被ばく医療に関する統括を任せられました。その際、別の隊から「我々はこの活動でどのくらい被ばくするのか?」と質問を投げかけられたことがありました。「そんなに被ばくすることはない」としか答えることができなかったのですが、一刻を争うような現場ではそんな悠長な答えは求められません。「具体的な数値を出してほしい。じゃないと我々の隊の隊員は安心して仕事ができない。」と一蹴されました。そんな経験から緊急の現場でも簡単に数値が出せないかと、アプリケーションの開発に着手。ありがたいことに、弘前大学の学術特別賞に選ばれました。

インタビューの様子(アプリ説明)
開発した被ばく医療従事者の被ばく量を測定するアプリケーションを説明する様子

災害はいつどのような形で来るかわかりませんが、地震・津波・放射線など来るべき災害に備え、災害医療・被ばく医療を広く学んでおくことはどの医療者にも必要なことです。災害が起こった際にどのように動けばよいのか知っておいて絶対に損はありません。教育現場で災害時の対応を学べる機会を増やしていきたい。また災害時に現場で不足していることや課題を整理し、それを解決するためにできることを形にしていく。職業人としてやりがいを感じています。

この研究に興味がある方へ、辻口先生からのメッセージ

災害、放射線事故発生直後の急性期において、限られた人・物・情報を駆使していかにして被災者や被災地の医療機関を守るか、対応するかということを考える、さらに発災後長期にわたる復興支援や来るべき災害に備えて教訓から得られた知見を学習することが災害医療・被ばく医療です。

被ばく医療を学びたいといっても勉強できる機会はまだまだ少ないですが、弘前大学は国内でも数少ない被ばく医療を深く学べる国立大学の一つです。本学には医学部医学科・保健学科(5専攻)があり、本学を志望する学生は沢山いると思います。突然の災害により日常生活が奪われることに対し、どのような医療体制を整備してあげればよいのか考えることはシンプルに重要なことであり、災害・被ばく医療にも興味を持って志望してくれる方が増えてくれればうれしいです。