弘前大学では全国のみならず世界からも注目を集めるような最先端の放射化学を研究できる環境を有しています。放射化学の研究とは一体どのようなものなのか。2011年に発生した東日本大震災による原発事故の研究や調査にいち早く取り組んだ弘前大学。この取り組みによって得られたデータは、世界にとっても貴重な研究資料となります。その研究についてお伺いしました。
バイオアッセイによる内部被ばく線量評価
被ばく医療総合研究所放射化学・生態影響評価部門
赤田尚史(あかたなおふみ)教授
内部被ばくに対応するための分析研究
「バイオアッセイ(生体試料分析)」による「内部被ばく線量評価」を主なテーマとしています。「バイオアッセイ」とは化学物質が及ぼす影響を人や動物から得られる生体試料や排泄物等を利用して調べる方法のことです。ヒトや動物から得られる尿や便、血液といった生体試料だけでなく、大気や土壌、作物といったさまざまなものを対象に放射性物質(核種)を分析します。
「内部被ばく線量評価」とは、放射性物質を体内に取り込んだ患者さんが、どんな種類の放射性物質をどのくらい体内に取り込んだのかを、排泄物などの放射化学分析結果から推定して放射性物質による被ばく線量を正しく評価することです。これらの情報は患者さんのその後の放射線防護や治療計画に大きく関係するため、正しくスピーディに実施することが大切です。そのため、放射化学的手法を駆使し、迅速に結果を得ることができる分析手法の開発に取り組んでいます。
この研究に必要な知識は分析化学・放射化学だけではありません。得られたデータから正しく線量評価するためには保健物理・放射線防護の知見も必要となります。原子力災害時には大気や環境試料、食品の放射性核種濃度を測定し、住民の行動履歴から間接的に内部被ばく線量を評価します。環境中での物質のふるまいや蓄積過程を理解することも重要となります。この研究は被ばく医療だけでなく地球環境の理解にも貢献し、奥が深い分野です。
弘前大学では2010年に被ばく医療総合研究所を設立。専門的人材の育成や基礎研究を横断的に進めることができる5部門により構成された全国でも珍しい施設です。2015年には原子力規制委員会より「高度被ばく医療支援センター」と「原子力災害医療・総合支援センター」の原子力災害医療に対応するナショナルセンターに指定されました。研究環境としても世界から注目されるほど国際的な中核拠点となっています。
弘前大学がリードするトリチウム研究
トリチウムに着目した研究も同時に進めてきました。トリチウムの計測手法の開発や大気・水圏だけでなく陸域も含めた環境動態に関する調査などです。水素の一種であるトリチウムは、水としてさまざまなところに存在しているだけでなく、有機物の中にも存在しているため、飲食により体内へ簡単に取り込まれてしまいます。そのため、大気や水、土壌、生物などの環境試料を採取し、トリチウム分析を行います。手法は煩雑なため、日本国内で総合的にトリチウム計測・環境動態研究を進めている大学はほかにありません。
トリチウムは宇宙線と大気の反応で生成される天然成分以外に、原子力施設の稼働によって生成される人工成分もあります。その計測は難しく、環境動態の理解は不十分な部分も多くあります。青森県六ケ所村にある核燃料再処理施設では、平常運転により大気と海洋へ微量なトリチウムを放出することから、環境試料に含まれるトリチウム濃度を正しく評価する必要があります。そのため、平時からの環境データの蓄積が欠かせません。
低濃度トリチウムの計測や微量試料の分析などはまだまだ課題があり、解決するための研究は、国内だけでなく海外からも注目されるほど放射化学をリードしています。当研究所が青森にあるからこそ担える重要な役割ではないでしょうか。
これらの技術は、環境トリチウムモニタリングやトリチウムによる内部被ばく線量に利用されますが、応用することで将来の水素エネルギー社会の実現に向けた環境中水素動態の解明にも貢献できることは大きな魅力です。研究を発展させ、安定・放射性同位体をトレーサーとして利用し、大気圏を経由して日本に運ばれる長距離輸送成分の影響評価も実施しています。
青森から世界に役立つデータを
世界には「高自然放射線地域」というエリアが点在しています。その要因はさまざまで、主に天然に存在する放射性物質が土壌中に高濃度で存在しているからと考えられています。そこに住む住民たちは慢性的に被ばくしているため、放射性物質による住民たちの健康への影響を解明するプロジェクトも当研究所は遂行しています。その背景には東日本大震災による原発事故の調査や関連した調査研究の経験があることも挙げられます。研究所のメンバーだけでなく、関連部局や関連機関のメンバーが一丸となって取り組んでいるからこそできるプロジェクトです。
一方、近年、福島第一原子力発電所の廃炉に向けた作業が進められていますが、その中でもトリチウムを含む処理水の海洋放出と環境モニタリングが注目を集めています。我々が進める環境トリチウム計測に関する研究は、煩雑な分析工程を簡素化して迅速に精度の良い結果を得るためのものであり、青森県内の環境トリチウムモニタリングだけでなく、環境データの充実に繋げることで福島復興と風評被害の低減へも貢献できるものと考えています。
また、福島県浪江町で実施している放射性物質の動態に関する教育・研究活動では、町を流れる請戸川の源流から下流までを実地調査しています。調査は大学生らが担当し、取りまとめたデータを現地の中学生たちに伝え、情報発信させることを考えています。この取り組みは教育機関でもある弘前大学だからこそ実現できることであり、環境教育だけでなく、防災教育プログラム、そして、復興をフォローアップする地域人材を育成するといった側面も持っています。
この研究に興味がある方へ、赤田先生からのメッセージ
内部被ばく線量の評価、と聞くとなんだか難しく興味が持てないと感じるかもしれません。実際、最先端の放射化学的分析手法、国際的な放射線防護分野の知見、環境地球化学分野の解析技術、といった幅広い分野を学ぶことができます。専門的な一面もありますが、地域のこと、日本のことを科学の目線で知ることができる「複合領域」研究でもあります。
被ばく医療総合研究所は、「放射線」をキーワードに、物理・生物・化学の分野を網羅した研究活動ができる国内では数少ない機関です。医療系だけでなく、今後、さらに重要性が高まる「化学的線量評価」分野、さまざまな分野のトップランナーたちが集まる環境があります。幅広く勉強したい、科学の研究で世の中の役に立ちたい。そんな目標を持った学生を歓迎します。