生まれてくる赤ちゃんのおよそ100人に1人の割合で発生するといわれている先天性心疾患。その名のとおり、生まれたときから心臓に何らかの異常がある病気です。小渡亮介先生は、2019年4月から弘前大学医学部附属病院小児心臓外科部門の責任者を務め、外来と手術を担当。日々、子どもたちの命と向き合っています。
医療現場はもちろん、本学の理工学部とコラボした医工連携研究や成果物の特許申請、さらに企業と連携して販売も目指すなど、その活動の領域は実に多彩!持ち前の行動力をフルに生かし、施設の垣根を飛び越えて全国にネットワークを広げながらアクティブに活動を続ける小渡先生にお話を伺いました。

大切な人と向き合う時間を創るために

― 心臓外科医を目指したきっかけは?

もともと、人の死には2種類あるのかなと考えています。「お別れを言えることができる死」と、「お別れが言えない死」です。患者さんが、がんなどの疾患で亡くなる場合は、最期を迎えるまでに大切な人と向き合う時間があります。それに対して、心臓の血管が詰まった、大動脈が裂けた、破裂した、脳出血が起きたなど、循環器系の疾患は、お別れのときが突然やってきます。僕は、せめて患者さんが、家族や大切な人とお別れの言葉を交わすための時間を作れるような医師になりたいと思い、心臓外科医を目指しました。

― 小児心臓外科医になろうと思われたのはなぜですか?

かつては、奇形といわれていた先天性心疾患は、100人に1人の割合で発生するといわれています。これは、患者さんやそのご家族のせいで生じたものではなく、実際、その多くの原因は不明です。僕としては、学術的ではないですが、これは神様が作り間違えてしまったものだと考えるようにしています。
それを、もし人の力で、できるだけ通常の人と近い形にしてあげられたなら、患者さんやご家族にとって素敵な未来をプレゼントできるのではないか。そう考え、小児心臓外科医の道を選びました。

“いちごサイズ”のデリケートな心臓と、家族の想いに寄り添う

―新生児の心臓の大きさはどれくらいですか?子どもの手術ならではの大変さはどんなところですか?

大人の心臓が、こぶし大くらいなのに対して、新生児の心臓は、大きめのいちごサイズです。心臓は4つの部屋に分かれているので、実際に手術を行うのは、多くの場合さらにその1/4サイズです。また、大人に比べて子どもは体の組織が非常に柔らかいため、デリケートな組織を傷つけないように、細心の注意を払いながら手術を行っています。

近年は、小さいころに何らかの理由で手術を受けてこなかった方や、小さいころに手術を受けて再手術が必要になる成人先天性心疾患の患者さんが増加しています。そういった方々の手術は、小児と成人心臓外科両方の技術や知識が必要となるため、大変苦労することが多いです。
少子化の影響で、子どもの手術はこの数年明らかに減少傾向です。ですが、そのなかでクオリティーを落とすことなく、むしろ自分やチームが成長するためにさまざまな工夫をしながら子どもたちの手術にあたっています。

― 患者さんや、ご家族に対してどんな思いで向き合っていますか?

手術までの期間が短いなか、いかに信頼関係を築けるかを心がけています。距離が近くなりすぎてもいけませんが、よそよそしすぎてもダメ。距離感の取り方はいつも手探りですね。手術の時は集中していますが、他の場面ではどうしても感情移入してしまいます。

小渡先生 インタビューの様子

「こんなんもらったら泣いちまうじゃないか…」
患者さんからの手紙に涙

― 以前、先生がX(旧Twitter)に投稿した写真が大きな反響を呼びましたね。小児心臓外科医として、一番やりがいを感じるのはどんなときですか?

手術を終えた患者さんから、たまにお手紙をいただくことがあります。2023年10月に僕がX(旧Twitter)に投稿したのは、そうした患者さんからもらった1通の手紙です。あっという間に8万件を超える「いいね」が集まり、自分でもその反響の大きさに驚きました。(@RyosukeKowatari
小児心臓外科医として、これまでたくさんの命と向き合ってきましたが、正直、無力感にさいなまれたり、ジレンマを感じることもあります。そんななか、こうしたお手紙をいただくと、「よっしゃ、頑張ろう!」という元気が湧いてきますね。子どもたちが元気に退院して、それぞれの日常を過ごしていることが私のやりがいです。

X(旧Twitter)で話題になった患者さんから届いたお手紙
X(旧Twitter)で話題になった患者さんから届いたお手紙

X(旧Twitter)で話題になった患者さんから届いたお手紙

人を育てて自分も育つ。共に成長を続けるために

― 学生や後輩を指導するうえで、大切にしていることは何ですか?

授業では、いかに小児循環器の分野が学びがいのある分野かをわかってもらえるよう意識して話をしています。僕の授業がきっかけで、論理的に全体像をとらえて考えることの楽しさを感じてもらえればいいなと思い教壇に立っています。
授業では僕が一方的に話すのではなく、学生たちに「アハ体験」のような、「あ、そうか!」というひらめきの体験をしてほしいと思い、授業内容を工夫しています。
5年生の病院実習で久々に会った学生たちから、「3年生のときに受けた先生の授業がすごく面白かった。あれは、今でも忘れられません」と言ってもらうこともあり、学生の心に残る授業ができたことをうれしく思いました。

また、日頃、学生たちによく話しているのは、予習の大切さです。これは僕の実体験ですが、予習メインで勉強し、指導医の質問に答えてほめられた経験がモチベーションアップにつながり、自分を成長させてくれたと思っています。

病院実習に来た学生には、できるだけ明確な言葉でプレゼンをする様子を見てもらい、わからないことをうやむやにしない姿勢を見せているつもりです。以前と比べて、学生一人ひとりとゆっくり関わる時間や機会は減ってきましたが、だからこそ、自分のふるまいを通じて学生たちに伝えたいと思うようになりました。

また、後輩の学会発表や論文執筆などの指導は、自分自身の知識の確認・復習にもつながります。ですので、自分の知識をすべてさらけ出すつもりで取り組んでいます。それによって、後輩が育つだけでなく自分のレベルアップにもつながり、互いが成長できると信じています。

医工連携でVR心臓手術シミュレーターを研究

― 先生は、本学の理工学部と協力し、VR心臓手術シミュレーターを研究開発し、さらに特許申請も行ったそうですね。なぜ、この研究を始めようと思ったのですか?

一人前の心臓外科医になるには、非常に時間がかかります。医学部を卒業後、外科修練を3年、心臓血管外科修練を5年、その後、一人前になるために日々修行を続けなければいけません。
寿司職人の世界に、「シャリ炊き3年、合わせ5年、にぎり一生」という言葉がありますが、心臓外科の世界も寿司職人と近いものがあるかもしれません。職人の仕事現場同様、僕たちも先輩の手技を「見て盗む」というケースが多いのが実状です。ティッシュペーパーや金魚すくい用の道具「ポイ」を裂かないように糸で縫ったり、鶏の胸肉を利用して手術の自主トレを行うこともあります。各メーカーから手術の練習用の機械が販売されていますが、いずれも高額なため費用がかかってしまいます。

そこで、本学の理工学部と協力し、手術の見本映像に合わせてトレーニングができる、VR心臓手術シミュレーターの研究開発ができないかと考えました。国が革新的なイノベーションを生み出していくために行っている研究開発支援プログラム「センター・オブ・イノベーション」(COI)に研究費申請を行ったところ採択され、1540万円の研究支援費をいただきました。2020年には特許申請を終え、企業との共同開発を進めており、今後は機器の販売を目指しています。
この研究が軌道に乗れば、心臓外科だけではなく、たとえば皮膚外科などさまざまな分野に応用でき、後輩たちの手術トレーニングの機会が増やせるのではないかと考えています。
このほかにも、本学の看護部と協力しながらワクチンロボットの研究開発も進めています。医工連携など多領域にまたがる研究や、企業とタッグを組んだ産学連携など、お互いの強みを発揮しながらWin-Winの関係を築いていけたらと思っています。

― 2022年には、著書『10年目で0.8人前の外科医になる道 とある地方医の表の顔と裏の顔』(株式会社メディカ出版)を出版されました。この本を書こうと思ったきっかけはなんですか?

心臓血管外科医は、一部の選ばれた人しかなれないと思われがちですが、それは誤解です。実際、僕はエリートではありませんが、いろんな人に支えてもらいながらここまでやってくることができました。たくさん失敗し、その経験から得た教訓やノウハウを伝えることで、心臓血管外科の分野をめざす人が増えてくれればいい。そして、それによって1人でも救える命が増えればいいと思ったのがこの本を書こうと思ったきっかけです。

著書『10年目で0.8人前の外科医になる道とある地方医の表の顔と裏の顔』(株式会社メディカ出版)
小渡先生著書の書籍
(読みたい方は附属図書館へ!)

― 医学業界はもちろん、あらゆるビジネスの現場で参考になるヒントが満載でした。表の顔(天使)と、裏の顔(悪魔)がつぶやく名言をはじめ、全編エンターテイメント性にあふれ、読み物としても面白いですね!

僕自身の卒後10年間のプロセスを振り返り、その時点で絶対にやっておくべきこと、陥りがちなポイント、自分の失敗談など含めできるだけ具体的に紹介したつもりです。世の中、建前だけの本はあふれていますが(笑)、あえて本音もまじえながら若い読者に読んでもらえるよう、編集者の方と一緒に工夫しました。今後、「別編」として第2弾の出版も予定しているので、多くの方に読んでもらえたらと思っています。

― 先生は、「日本心臓血管外科学会U-40」の東北支部副代表を務めていますよね。この会の趣旨は?

心臓血管外科学会に所属する40歳以下の若手外科医の会として自己の研鑽を積み、さらに若い世代の教育に取組んでいます。働きやすい環境の整備や、イケてる医師になるための道筋を作ることで、外科に興味を持つ人が増え、地域や施設に関わらず多くの人が外科医としての実力をつけていける底上げが達成できると思います。地域や社会にとっては当然外科医の量、質が担保されるためいいことなのではないかと考えています。

全国的に有名な心臓外科医を弘前大学に招いて講演会を開催する企画を練ったり、自分自身でも施設の垣根を超えた勉強会や組織を主宰するなど、これまで培った人脈を通じてさまざまなことにチャレンジしています。

― 弘前大学や所属学部の特徴・魅力はなんだと思いますか?

良くも悪くも確固としたレールが大きな大学と比べて敷かれていないことだと思います。少なくとも僕が所属している心臓血管外科の分野においては、確固としたレールがなく苦労する部分もありますが、その分自分でレールを探したり作ったりする「遊び」の部分も残されています。その「遊び」の部分でいろいろな活動をさせてもらい、自分自身の実力にも、業績にも、人脈形成にもつながっていると思います。

― 最後に、弘前大学を目指す高校生や、今、在学中の学生へメッセージをお願いします。

弘前大学は、やる気と行動力があれば、他の学部どころか大学そのものも協力してくれるような優しさや柔軟性を備えた大学です。ただ毎日を漫然と過ごすのではなく、「こういうことをしてはどうか、こういうものを始めてはどうだろう?」と考えながら、そのために自分ができること、できないことを整理し、頼るべき相手を探せばきっと面白いイノベーションを起こすことができます。僕なんかより活躍している人が山ほどいるので、自信をもって弘前大学を目指し、そこで活躍してほしいと思います。
また、近年はSNSの発達などにより多くの情報が簡単に手に入り、これまででは考えられなかった人脈形成もできるようになり、いい時代になったと思います。ですが、SNSはバイアスが強く、表面的な情報が多い世界です。SNSもうまく利用しつつ、あまり耳障りのいい情報に流されないように注意しながら共に前進していきたいですね。

小渡亮介先生 インタビューの様子

Questionもっと知りたい!小渡センセイのこと!

― 趣味や、今、ハマっていることは?

中学校の修学旅行で「劇団四季」のミュージカル「ライオンキング」を観て以来、ミュージカルにハマりまくっています。2013年に「劇団四季」が、「ライオンキング」公演15周年を記念して「ライオンキング」との思い出・エピソードを一般募集したのですが、これに応募したところ優秀作に選ばれて表彰されました。
そのほか、「ドラゴンクエスト」などのゲームや「鬼滅の刃」、「機動戦士ガンダムSEED」などのアニメも好きです。

「劇団四季」のミュージカル「クレイジー・フォー・ユー」を観劇。
2023年10月「弘前・白神アップルマラソン」に出場。今年のゲストとして参加したオリンピック選手の福士加代子さんと。

― 学生時代、熱中していたことは?

6歳で空手を始め、学生時代は空手漬けの日々でした。高校時代はインターハイに3年間出場、弘前大学医学部医学科在籍中は、国体、全日本選手権に出場、大学東北総体や全国国公立大学選手権で優勝しました。新聞に掲載されたり、最も活躍した選手として空手の専門誌に取り上げてもらったこともあります。

ベトナム国立小児病院を訪問したときの様子。中央は、佐野俊二先生(昭和大学小児循環器・成人先天性心疾患センター特任教授)、右側は瀬尾拡史先生(株式会社サイアメント代表取締役)。
日本体外循環技術医学会大会でのひとこま。中央は、本学の小児心臓外科医、大徳和之教授、右側は、本学臨床工学技士長の後藤武先生。

Profile

医学部附属病院 呼吸器外科・心臓血管外科 講師
小渡 亮介(こわたり りょうすけ)

青森県三沢市生まれ 。
専門は小児心臓外科で、責任者として年間40件前後の外来・手術に携わっており、弘前大学医学部胸部心臓血管学講座を担当している。 自身も弘前大学医学部医学科卒業、弘前大学大学院医学研究科修了。 「日本心臓血管外科学会U-40」東北支部副代表。