日本では2045年までに急激な人口構造の変化が予想され、中でも北東北は人口減少・高齢化の先進地域となります。現在、弘前大学と秋田大学、弘前学院大学、弘前医療福祉大学が連携し、学生が総合的に患者さんや地域をみる姿勢を育成する教材クラウドプラントを創設し、多職種連携教育とDX技術を有効に活用して、幅広い視野と地域課題を解決する能力を持った地域医療のリーダーを育成するプロジェクトが立ちあがっています。その中心的な役割を担い、教育プログラムの開発に携わる野村理助教にお話をお伺いしました。

地域ブロック別総人口の増加率

地域に寄り添う医療者教育プログラムの開発

医学研究科 附属地域基盤型医療人材育成センター 医学教育学講座
野村 理(のむら おさむ)助教

ポストコロナを見据えた新しい教育

弘前大学は2022年度に、文部科学省「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」の全国11拠点の1つとして採択されました。北海道・東北地区からは唯一の拠点です。「多職種連携とDX技術で融合した北東北が創出する地域医療教育コモンズ」という事業を2022年度秋から開始しました。医学部生を中心とした医療系学生向けの新しい教育プログラムを開発しています。人口減少や少子高齢化、過疎化が進む地方だからこそ、地域医療に直結した将来生じる課題を予測し、解決しなければいけません。そこで求められる人材が、総合的な視点(住民のライフサイクル・地域・多職種連携)を持った医療者です。

高齢者は「多併存疾患」と呼ばれるような複数の疾病を抱えていることが多く、それら全ての健康問題を臓器別の専門診療科で対応しようとした場合には、患者さんに受診の負担が増加したり、専門診療科間のコミュニケーションが困難となったりと多くの課題が生じるとされています。今後20年で、北東北の高齢化はさらに進行すると言われていますので、この課題が広がっていくことは明白です。そのために、医師の場合、将来どのような専門診療科に進んだとしても患者さんを総合的に診療する視点が必要ですし、医師の視点のみでは得られない考え方や他領域の理論を統合して診療を進めるために、多職種チームで連携する能力について医学部を卒業する前から養うことが重要です。

教育的な観点から考えると、弘前大学には大きな可能性があります。本学の医学部保健学科には、看護学専攻、放射線技術科学専攻、検査技術科学専攻、理学療法学専攻、作業療法学専攻といったさまざまな専攻があり、今回のプロジェクトでは秋田大学、弘前学院大学と弘前医療福祉大学も加わったからです。大学を卒業する前段階での教育(卒前教育)に多職種連携の要素を積極的に盛り込むことで、学生に多職種間でのコミュニケーション能力を育成するなどして、卒業生として青森県内などの医療現場に出た際に、高い多職種連携能力を発揮する医療者を輩出できるのではないかと考えています。

インタビューの様子

デジタルコンテンツ化と効率化

コロナ禍において教育現場では大きな変化がありました。オンライン化やデジタル化です。今までは、大きな講義室に集まって一人の教員の講義を聞くということが通常でしたが、講義内容を動画として蓄積しデジタルコンテンツとして運用できれば、連携するすべての大学の学生が、そのコンテンツを好きな時にいつでも受講することができます。医療系の講義は、多くの学科で授業内容が重複することが多く、例えば、生理学は医学科でも看護学科でも講義があります。通常はそれぞれの学科で対面講義がなされますが、デジタルコンテンツを使って講義を2つの学科の教員で分担できれば、教員の負担も減らすことができ、その時間を講義ではなく、臨床現場での実践的な教育に割くこともでき、より効率的な教育が可能となります。

しかし、教育の効率化だけを求めても現場のニーズに応えられるような人材を作ることはできません。地域住民や医療現場、学生や教員のニーズに答える教育プログラムを作ることが前提です。根底となるのが、「コンピテンシー基盤型医学教育」という考え方です。ある教育プログラムを卒業する学生の能力の質を担保することで、地域への社会的責任を果たすというものです。

医療に関連する社会問題は非常に多くありますが、医療者教育という観点からアプローチをしていくことがコンピテンシー基盤型医学教教育の本質であり、私の目標です。医学教育者、医学教育学者としての立場から今まで学んできたことを生かし、医学教育を改善することで地域に求められる医療者を養成し、将来的に質の高い医療を提供することが自分の使命だと思っています。

実習で使用しているシミュレーター用の人形
シミュレーターをスマホで操作している様子

カナダで学んだことを青森で

私は弘前大学に着任する前に、カナダのマギル大学に留学し、コンピテンシー基盤型医学教教育の概念を深く学んできました。カナダでは、医師に求められる資質・能力を国家的に定めていて、その策定には非常に多くの研究知見が論拠となっています。日本にも医学部教育のガイドラインとしての医学教育コアカリキュラムがありますが、海外の先駆的な医学教育の水準にはまだ達していません。

カナダ留学の目的は、政策決定の根拠となる医学教育研究を行うための研究能力を獲得することでした。日本はまだ国際的には出遅れているため、日本国内から発信される医学教育研究の質を高めなければならないと思っています。長い道のりにはなりますが、それらの研究データの分析結果を論拠として医学教育制度が改善されていくことが望まれます。

この研究に興味がある方へ、野村先生からメッセージ

弘前大学は、多くの医療系学科を持つ特色ある大学です。今回のプロジェクトを通じて、それぞれの学科をつなぎ合わせて、卒業する前段階から医療系学科の学生が共に学ぶ教育プログラムをこれから構築していきます。さらには、弘前学院大学や弘前医療福祉大学とも連携することで、弘前市全体をバーチャルな医療系キャンパスのように捉えることもできると思います。高校生のみなさんは、超高齢化社会が到来した際には、最前線でその問題に向かい合う世代となると思います。みなさんが、将来必ずやってくる医療的・社会的課題を克服・共存できる医療者になれるような教育を我々も今から構築していきたいと思っています。