ヒロダイで行われている最先端の研究や、キャンパス内で話題の施設を特集する『大学紹介』。
今回は「研究者の足跡」の第6弾!本コーナーでは主に研究者に取材し、研究者が「どんな人生を送ってきたか」にフォーカスします。
学生広報スタッフ「企画班」のメンバーで、大学院理工学研究科博士前期課程2年の山本 峻(やまもと しゅん)さんが取材・記事執筆を担当。今回は保健学研究科 櫛引夏歩(くしびき なつほ)先生にインタビュー。
悩んでいる人を救いたい、という思いから臨床心理士、スクールカウンセラーをめざしていた学生生活。そこから大学院を経て、今では研究で人に寄り添っている、そんなこれまでの道のりに迫ります。
なぜ人の悩みに寄り添いたいと思うのか?
人との関係、感情に悩みつづけて
「人の悩みの9割は人間関係」なんていわれることがあります。もし、自分や他人の感情、行動の理由を理解することができれば、円滑な人間関係が築けると思いませんか?
今回取材した櫛引先生は、「パーソナリティ心理学」を専門に、性格や感情に関する研究をしています。しかし、先生自身も自分の感情や対人関係に悩み続け、今も苦労することがあるそうです。子どもの頃から他者の気持ちを気にしすぎて、対人関係に不安を感じていたと話します。
こどもの頃の将来の夢は?
現在は大学教員として研究に携わる櫛引先生ですが、子どもの頃の夢は漫画家や学校の先生、公務員と様々な夢を持っていました。
中でも漫画家は、昔から人の気持ちに敏感だったため、作中で感情が描写されているシーンが特に好きでした。自分でも漫画を描くほどでしたが、ぼんやりと安定した職に就きたいという気持ちもあり、教師や公務員になれたらとも思っていました。当時は研究職に就くことは想像もしていなかったそうです。
自分が悩みつづけてきたからこそ、手を差し伸べたい!
一方で、今につながる夢もありました。
それは、スクールカウンセラーや臨床心理士といった、人の悩みに寄り添う仕事です。きっかけは同級生にいた「ヤンキー」の存在でした。ほとんど学校に来ていなかった同級生が、禁止されている金髪にして、突然登校してきた姿を見て、櫛引先生は不思議に感じながらも心配していました。それは「手を差し伸べたい」という思いがあったからです。当時は実際に声をかけることができなかったものの、ただ彼らを素行が悪い、と片付けられず、悩みや、他に理由があるのかな?と気に掛ける思いが櫛引先生の中にありました。
これがきっかけとなり、知識をつけた上で、悩む人たちを正しいアプローチでサポートしたいと思い始めます。
やりたいことに広く触れる大学生活
多くを学び、選択肢を広げる
意識していた中の一つである臨床心理士になるには、特定の大学院を修了する必要があります。そのため大学院への進学は、高校生の頃から考えていたそうです。しかし当時は教師への興味もあったので、心理学を学びながら教員免許を取得できる弘前大学の教育学部に入学します。教育実習もあり慌ただしい毎日でしたが、選択肢を狭めなかったからこそ、多くのことを学べたそうです。
例えば、英語の先生を目指して勉強したおかげで、英語の文献を読むことに抵抗がなくなるだけでなく、教えることそのものへの理解も深まったそうです。
自分の関心を勉強で具体化!
心理学を学ぶ中で、櫛引先生の興味はより具体化していきます。これまで自身が感じてきた疑問が心理学の研究テーマとどう結びつくか知る機会が増えたからです。
特に関心を寄せたのは「自己呈示」、つまり、自分が他者にどう映るかを、意識的か無意識的かにかかわらず変化させることです。例えば、櫛引先生の同級生が金髪に染めていたことも「自己呈示」の1つとして、既存のルールに従わない個性の表現と捉えられます。このような自身の体験と、勉強のつながりを通して、自分をどう見せたいかや他人がどう思うかについて掘り下げるための研究を始めます。
大学院での研究と実際のカウンセリングの両立
これまでの関心と、「パーソナリティ障害」のつながり
弘前大学教育学部を卒業後、更に心理学の研究を深めるために、筑波大学大学院 人間総合科学研究科に進学します。ここでは、自己呈示と関連が予想される「パーソナリティ障害」についての研究を始めます。この障害は、ものの考え方や行動が大多数の人とは異なることが原因で、社会生活や、人間関係、仕事などに悪影響を及ぼす障害です。例えば「自己愛性パーソナリティ障害」は、他者への共感性の欠如や過剰な承認欲求を持つ傾向があり、人を見下すような態度を取る特徴から、対人関係に支障をきたします。
パーソナリティ障害をかかえている人たちは、櫛引先生がこれまで学んできた自己呈示の方法が不適切な場合が多く、対人関係がうまくいかない人たちと考えられます。そのため大学院からは、実際に悩みを抱える人の問題を、人間の基礎的な行動である自己呈示という観点で解決の糸口を探りました。
博士に行った方が一石二鳥?
修士課程に入ると、研究に力を入れながらも、すぐに修了後の進路を考える必要があります。櫛引先生がそこから就職せずに博士課程への進学を決めたのは「研究したい」という気持ちだけでなく、博士課程に理想的な環境が整っていると感じたからでした。
当初は青森に戻ってスクールカウンセラーを目指すことを考えていましたが、カウンセリングの仕事は契約制や非正規雇用であることが多いです。しかしこの時には、心理学を専攻する大学院生として、大学の中に設置されている心理相談室でカウンセリングをする実習を始めていました。それなら就職先を探すよりも進学をすれば、3年間はカウンセリングもしつつ、博士号もとれて一石二鳥だと思い進学を決めたそうです。
現場のカウンセリング、視点の大きい研究
博士課程に進学すると、高校や児童養護施設での心理士の仕事や、大学での非常勤講師も始めました。カウンセリングと、心理学の研究で調査をすることは、どちらも人の悩みを解決する手段ですが大きく異なります。
研究はアンケート調査をすることで、大多数の傾向を調べます。一方でカウンセリングの際に実際に個人に話を聞くとなると、より細かく、多種多様な悩みを聞くことになります。当然ですが、研究で得られた傾向が全てのケースに当てはまるとは限りません。カウンセリングではしっかりと話を聞いて、その人自身に合わせたアプローチを取ることが重要になります。
このように、櫛引先生は全体の傾向を知るための研究と、個人に合わせた解決を目指す現場で仕事の両面から、悩んでいる人に手を差し伸べてきました。
研究を通して手を差し伸べる
今の充実した研究や仕事を続けたい!
博士課程では臨床と研究を両立する充実した日々を過ごしていましたが、この時でさえ大学教員になることは見据えておらず、カウンセリング関連の職を探さなければ、と思っていたそうです。
ところがこの頃には、心理相談室でのカウンセリングに加えて、高校や児童養護施設でもカウンセラーとして勤務して、やりがいを感じていました。仕事内容の充実だけでなく、職場環境が快適だったこともあり、もう少し続けたいと感じ始めます。さらに、他大学での非常勤講師の話が決まったり、筑波大学で研究員として雇用してもらえることにもなりました。このように環境が整っていたこともあり、博士課程を修了した後は研究員として筑波大学に留まることになります。
視野になかった研究職に
博士課程を修了して、研究、非常勤講師、カウンセリングをしながらも、いつか青森に戻りたいとは思い続けていました。地元ではどのような心理職の仕事があるのか、と考えていた矢先に、弘前大学で助教の公募を見つけます。大学教員を目指しているつもりはありませんでしたが、「研究を続けたい」という気持ちが全くなかったわけではありませんでした。それに加えて、教育への関心や、地元で働きたいという思いから、応募に踏み切り、採用が決まりました。
社会問題として、人に手を差し伸べる
今年の春、筑波大学の研究員の時に関わっていた研究プロジェクトに関する論文を発表しました。論文の内容は、成人の孤独、孤立に関する研究です。櫛引先生が研究してきたパーソナリティ障害で悩む人も、人間関係がうまくいかず、孤立してしまい、うつ症状のような二次障害を併発する人が多いと言われています。
さらにこの研究では、心理的な悩みを社会問題として、医療的かつ大きな視点で見る経験ができました。そのため現在では、自身の研究や教育に限らず、心理支援科学科の広報や、中学生向けの心理教育に関するプログラムの開発もしているそうです。
櫛引先生は弘前大学に着任して今年で2年目です。今後も研究や教育を通じて、悩みを抱える人に寄り添い、社会的な支援を広めていきたいと考えています。
Question櫛引先生に質問!
研究者に質問コーナー
― 学生に戻ったらやりたいことはありますか?
旅行は大人になってからは行きづらくなるので、もっと行っておけばよかったなと思います。勉強や実習ばかりだったので。また、心理学は思ってもみないこととつながることが多いので、より幅広く学んでおくことが大事だったなと思います。
― 研究生活の中で、指導教員から影響をうけたことがあれば教えてください
弘前大学、筑波大学ともに学生に寄り添って指導をしてくれる教員がたくさんいました。自分より多くの知識や経験を持ちながら、自分にも平等に接してくれる点は、今自分が学生に指導をする時にも意識しないといけないと思っています。
― 研究をやめたかった時はありますか?
完璧主義が祟って、満足のいく修士論文を出せなかった時です。結局提出期限ギリギリに出しましたが、計画の立て方が悪かったことも含めて後悔しているし、悔しい思いもしました。また、新型コロナウイルスが蔓延して、実際に対人で行う実験ができなくなった時も悩みました。ただそういう不安な時でも、オンラインの調査でできることを考えるといったように、目の前のことに手を動かし続けてきたのは良かったと思っています。
― 研究者、臨床心理士、カウンセラー以外の仕事をするなら何がやりたかったですか?
何かを作るような企画に関わる仕事もいいかもと思っています。現在、心理支援科学科の広報でマスコットを作って、SNSで学科の魅力を発信したりしているのもやりがいを感じているので。
―これからやっていきたいことを教えてください。
パーソナリティ障害や、自己に関わることをまた研究していきたいのはもちろんあります。それだけでなく、心理教育にも力を入れていきたいです。パーソナリティ障害やうつ病は支援が遅れて悪化すると、非常に大きな問題につながることもあります。そのような背景もあり、自分が中学校や高校の時こういう情報を得られていたらな、と感じられるような教育活動をしていきたいです
取材した山本さんからひと言!
こんなにも思いやりを持って、人を見つめることができる方がいるのかと驚きました。同時に、医療の中でも人の心に関する研究は、他人を想う人の優しさによって発展してきたのかなと感じました。
また取材の準備をする中で、精神病関連の社会問題が増加していることも知りました。「研究者の優しさ」がこのような問題の解決につながっていると考えると、より広く人に知ってもらいたい研究分野だなと思いました。