message人文社会科学部
社会経営課程地域行動コース
羽渕 一代 教授Habuchi Ichiyo
“現代日本の若者の親密性の特徴を明らかに”
わたしは社会学を専門としています。社会学は社会がどのように成立しているかを問う学問です。人間がおこなう行為とその結果からなる現象であれば何でも社会学の対象となります。わたしは、とくに親密性について調査・研究をおこなっています。
インタビュー動画
Question研究について
― 研究テーマの概要について
親密性といえば家族関係を思い浮かべる人も多いと思いますが、それだけではありませんし、家族が必ず親密なものとも限りません。たとえば、社会が近代化することによって親密性が家族のなかに囲い込まれるようになったという変化は、社会学ではよく指摘されることです。親密性は時代や文化によって異なる様相をみせます。
わたしが研究している恋愛についても同様です。現在、日本人がイメージ・経験する恋愛は、明治期以降に西洋キリスト教とともに輸入されたものであり、日本古来のものなどではありません。また古今東西、だれでも恋愛という行為をおこなうわけではありません。最近の現象を例に挙げるならば、1970年代以降90年代まで、日本の多くの若者たちのあこがれであった恋愛も今では関心を持つ若者が減っていることが報告されています。「草食化」という用語も定着しました。これは現代社会で問題となっている日本の人口減少と直接的にかかわっています。
親密性は社会によって異なるし変化するものでもあります。当該社会のジェンダー規範やセクシュアリティ規範、文化や宗教によっても様相を異にします。現代日本の若者の親密性の特徴を明らかにすることがわたしの研究テーマです。
― 先生がその研究を志した理由、きっかけ。
「個人的なことは政治的なことである」というスローガンを掲げて第2波フェミニズムは社会運動を展開しました。このスローガンを大学1年の頃に入ったフェミニズム理論研究ゼミで勉強しました。
仲間の社会学者のなかでも有名なほど、わたしは「自分の恋愛が苦手」です(でした)。人間関係の構築やコミュニケーションが下手で上手な人がうらやましくて仕方がありません。そのようなこともあってなのか、学生の頃のわたしは自分についてばかり関心があり不幸でした。近代社会で多くの人々がかかる自己の病に罹患していたのでしょう。そして、これはわたしの個人的な問題だと高校生まではそのように考えていました。
しかし大学で社会学に出会い、個人の行動や意識、価値観や考え方などは社会に規定されているということを習いました。さらにジェンダー論やフェミニズムなどの社会運動の歴史に触れ、「個人的なことは政治的なこと」そして「個人的なことは社会的なこと」だと考えることで人生が救われた気がしました。自身の問題が社会とつながっていると感じられることは、自己の病からの解放の契機となりました。自身を知ろうとすることよりも社会や他者を知ろうとすることが幸福をもたらしたのです。これが社会学を志した理由ではないかと最近は考えています。
― 先生の研究への情熱や、哲学、今後の展望など
「一流の社会科学は社会を変革する力がある」と考えています。残念ながら、わたしはそのような社会理論を生み出せる社会学者ではありません。そのような社会科学にあこがれるわたしは、できれば社会科学に役立つ材料を提供する人になりたいと思っています。社会科学的データを地道に収集し分析することで、社会学に貢献することができるだろうと思っていますし、そうありたいと願っています。少しでも科学的で客観的な社会理解を促し、自由で平等で平和な社会を構築するための基礎的なデータを収集したいと思っています。
Question教育について
― 学部(学科、課程、専攻等)の特徴(力をいれている教育・研究、雰囲気など)
人文社会科学部の特徴は、人文科学系の学問(文化創生課程)と社会科学系の学問(社会経営課程)と両方を学ぶことができるところにあります。わたしは社会学を専門としていますが、周辺領域の研究を知らずして社会学のみを追いかけることはできません。そもそも社会学は哲学から100年くらい前に枝分かれして成立した学問です。哲学、歴史学、文学、言語学などの成果を基礎として、社会学も発展してきました。これらの学問を文化創生課程で学ぶことができます。また社会経営課程では、法学、経済学、経営学、会計学も学ぶことができます。これらの学問も社会学とは切っても切り離せません。
わたしの所属する社会経営課程地域行動コースは、社会学のほかに人類学、社会心理学、地理情報科学などが学べます。どの分野も社会を対象とした学問です。社会がどのように成り立っているのかそれぞれの手法を用いて理解することを目的としています。
社会を対象とした調査・研究は、よく訓練された調査者によってのみ可能となります。とくに社会調査の手法を専門的に学ぶことが重要です。フィールドワークを基礎として調査の手法を学び、リサーチリテラシーを身につけることに本コースの特徴があります。
現代社会は、問題(害)のある調査にあふれています。恐ろしいことに、調査を専門的に勉強したことのない別分野の研究者がそのような調査をおこなうことも多々あります。このような調査が学問的にも社会的にも重要な調査の実施を妨げることになり、結果的に当該社会の個人に跳ね返ってきます。社会を理解するための良いデータを得られなくなってしまえば、より良い社会を構築することも難しいでしょう。調査の良し悪しを見分ける力や専門的な調査技術を本コースでは身につけることができます。これは、どのような社会人にとっても応用可能な技能であるともいえます。
― 先生の講義の特徴
社会学の概念や理論を現代社会の事例を用いて説明するようにしています。
― ゼミの活動のこと
社会学は社会的な現象であればなんでも研究可能です。したがって、社会現象(人間の行為が起こす現象)であれば、ゼミ生の関心にしたがって研究することができます。たとえば、スポーツ、音楽、教育、農業・漁業、宗教、ジェンダー、セクシュアリティ、家族、友人関係、医療、メディア利用などなど。100人の社会学者がいれば100通りの対象があります。それを大事に取り組んでいきます。
ゼミ活動では、入門書から専門書まで段階を追って読んでいきます。多くの卒業生が、最初は「自分は本当に日本語が読めるのかな?」と疑うほど難しくて読めなかった本が、「4年生になったら簡単に読めるようになってびっくりした」といいます。背伸びをして難解な書籍に挑戦する力を養うことは、社会人になった際にも役立つスキルだと思います。高度な読み書き能力こそ、現代社会のコミュニケーション能力の基礎であると考えて日々取り組んでいます。
― 大学で学ぶことで将来どのようになれるか、何に役立てられるか
高等教育(大学で学ぶこと)の個人への効果は、他者と関わり、社会全体を見渡しながら人生を選択する能力が養われることだと思います。社会学では、他者がいなければ自己も存立しえないことを実証的に理解していきます。他者に貢献すること、社会のために尽くすことで、人間は幸福を得られるということを理論的に理解することが可能です。社会のために尽くす仕事は多々ありますが、身近なところでは公務員が思い浮かぶでしょう。災害やパンデミック、紛争や貧困問題の際にも、自身や自身の家族の生活よりも他者や社会のために尽くすことが求められる職業です。人文社会科学部の卒業生の4人に1人は公務員となります。
それ以外には金融機関やマスメディアなどで活躍する卒業生が多くいます。地域行動コースで身につけた社会調査の技術は、どのような組織で働く場合にも役立ちます。企業であればマーケティングに、マスメディアであれば取材に、公務員であれば市民調査に使えます。政策の企画やモノやサービスのクリエイティブな開発などにも調査技術は役立ちます。人文社会科学部では、専門的な技術をもっていることを証明する専門社会調査士の資格を得ることもできます。
― 高校生のうちからどのような経験をしてきてほしいか
特別に必要な技能や学習はありません。高校生にわかりやすい教科で、あえて示すならば、外国語や数学が得意だと社会学を勉強するのには役立ちます。もちろん、これらの科目が得意でなくても社会学の勉強に支障はありません。
個人的には、高校生のうちから書物をたくさん読んでほしいと思います。入学したい大学が決まったら、その大学に在籍する研究者の執筆した書籍を手に入れて読んでみましょう。難しくても、とりあえず目を通すだけでも違います。
人文社会科学部に関連する書籍として、わたしが編集した『大学的青森ガイド』(昭和堂)を出版しています。平易な文章で編纂しましたので、高校生のみなさんにも読めると思います。社会学以外にも、考古学や民俗学、文学や人類学などを専門とする多くの先生が執筆していますのできっと役に立つと思います。