2010年、FIFAワールドカップの開催を機に、世界中から注目を集め、多くの人が訪れている南アフリカ。弘前大学は、1980年以降、アフリカ研究がさかんに行なわれてきました。地方の大学としては珍しく、現在も5人のアフリカ研究者が在籍。ザンビア、ケニア、ウガンダ、タンザニア、エチオピア…いろいろな地域で活動しています。
アフリカ研究と、地方の課題解決法の共通点とは?
人文社会科学部の杉山祐子教授に、アフリカ研究と、県内各地で学生たちと行なっているフィールドワークを通した学びについてお話を伺いました。

大学時代、オーストラリアで文化人類学の研究者に出会って・・・。

― 学生時代の専攻は何ですか?

学部時代は、文化人類学、先史学を学びました。オーストラリアに住む友人を訪ねた時に、たまたま、アボリジニの文化を調査している文化人類学の研究者に出会ったんです。「こんな学問があるんだ!」と、驚いたと同時に、「異なる文化や社会を研究するのは面白そう!」と、興味を持ちました。帰国後、大学で文化人類学を専門に学べるコースを選び、そこで学びました。

筑波大学大学院では、生態人類学を専攻しました。生態人類学は、人と環境との関わり方に着目し、地域の文化・社会が形づくられる仕組みを学ぶ学問です。文化人類学や社会人類学が、人間中心の研究を行なうのに対して、自然環境と人々の営みの関係性から探っていくのが特徴です。学部時代に、アメリカの先住民の暮らしと自然環境との関わりについて学び、もっと深く知りたいと思い研究を始めました。大学院時代、教授たちと初めてアフリカに調査に行きました。1983年のことです。そこから、今日へのアフリカ研究へとつながっています。大学院修了後は、筑波大学で助手として働き、その後、92年に弘前大学に赴任しました。

2014年 タンザニアのドドマ村落でのワークショップ
タンザニアのドドマ村落でのワークショップ(2014年)

アフリカ研究と、県内各地域でのフィールドワーク。

― 弘前大学では、どんな調査・研究を行なっていますか?

まず、ひとつはアフリカ研究です。中南部アフリカの乾燥疎開林帯に住む焼畑農耕民や、半乾燥地帯の農牧民を対象として、開発や近代化政策によって生活がどのように変化したのか、ジェンダーの視点から研究しています。毎年、学生の夏期休業中に、約2週間、タンザニアやザンビアに調査に出かけています。現地では、農学・作物学・土壌学など、理系の研究者と一緒に調査を行なうこともあります。村の人たちの暮らしに密着しながら、一緒に聞き取りをしたり、理系の研究者がその話をもとに実験を行ったりします。その結果について村の人たちと話し合ったりもします。それによってわかってきたのは、彼らは常に新しいものを採り入れ、アップデートしてきたこと。地域の自然環境や社会の変化に合わせ、科学的にも合理性を持った農業へと変化を遂げてきたという歴史です。在来農法は遅れていると考えられがちですが、実はイノベーションの積み重ねにより、絶え間なく進化していることに気づかされます。

もうひとつは、青森県内でのフィールドワーク。弘前市相馬地区、三沢市、下北半島の佐井村など、各地域を対象に学生たちと一緒にフィールドワークを行なっています。アフリカ研究と、日本の農村や集落調査は関係がないように思われるかも知れませんが、実はすごく共通点があるんです。たとえば、今、学生がお世話になっている弘前市相馬地区のりんご農家の方たちは、新しい技術を採り入れることに非常に熱心ですが、単に新しいものをそのまま使うわけではなく自分たちの経験知と合わせて検証しながら先を見てそれを深めています。また、郷土で継承されてきた漬物を例にとっても、昔に比べて塩分を控えめにするなど、時代の変化に対応しながら味付けも変化しています。そうした人々の営みを、“長いスパン”と“広い面”で観ることで、社会のありようや地域の可能性が見えてくることもあります。近代化vs伝統とか、地域vs世界など、対立構造ではない視点でとらえることで、ものの見え方が違ってきます。グローバル化や近代化による社会の変化と、変化のなかに見える人々の営みや工夫に焦点をあてながら、それを生かした社会の将来像を描くことができたらと考えています。

タンザニア ドドマ州の農村調査共有林調査
タンザニアのドドマ州での農村調査 イノベーターの女性と

アフリカ研究とフィールドワークのエキスパートが集まった弘前大学。

― 人文社会科学部には、現在、アフリカの研究者が5人もいるそうですね?地方の大学に、なぜこれほど研究者が集まったのでしょうか?

1980年、弘前大学人文学部は、文学科を人文学科に改称し、5つのコースに改組しました。そのなかの「人間行動コース」の頭として弘前大学に赴任されたのが、生態人類学のパイオニアである田中二郎教授です。田中教授は、アフリカのボツワナに住む狩猟採集民ブッシュマンに密着し、生活の実態を明らかにしました。それまで狩猟採集民は、毎日食べ物を探し回る厳しい生活をしていると考えられていましたが、実は食べ物を得るための活動は1日1~2時間程度で十分。とった食物がキャンプの全員に行き渡る分かち合いのしくみがあり、多くの時間をおしゃべりや歌や踊りなど社会的な活動に使っているという、それまで想像もできなかった新しい狩猟採集像を明らかにして世界を驚かせました。そんな田中二郎教授を中心に、丹野正教授、北村光二教授、今井一郎教授など、アフリカ研究のエキスパートが集まりました。1987~1990年に人文学部に在籍していた掛谷誠教授は、私の大学院時代の恩師です。弘前大学在任中には、他学部や他大学との共同で白神山地の総合的研究を先導しました。これら教授陣は日本でのフィールドワークにも精通していたのが特長です。
弘前大学は、「人間行動コース」の新設にあたり、実際にフィールドワークをしながら学生を育てたいという想いがあったようです。人類学、社会学、社会心理学、宗教学など幅広い専門分野から、お仕着せでないフィールドワークをしている人たちということで、全国から選ばれたのだと思います。

京都大学に、「人類進化論研究室」があります。かつて、この研究室を主宰した伊谷純一郎教授は、今西錦司教授と共に日本の霊長類学を創り、人類学やアフリカ地域研究に大きく貢献した方です。1984年、人類学のノーベル賞といわれる「ハクスリー賞」を日本人として初めて受賞しました。前出の教授たちは伊谷純一郎教授の教えを受け、「現場から考える」を実践してきたそうです。この方々はすでに弘前大学を去られましたが、弘前大学におけるアフリカ研究の歴史は脈々と受け継がれ、現在、私を含め5人のアフリカ研究者が在籍しています。地方の大学で、これほど多くのアフリカ研究者がいるのは大変珍しいこと。アフリカについて学びたい方にとっても、大変恵まれた環境にあると思います。

アートとお洒落。変化の最前線にあるアフリカを体感してほしい。

― 「企画展 “装う”アフリカ ―世界との交錯のなかで―」を開催された理由は?

今、アフリカは変化の最前線にあります。しかし、日本から見たアフリカのイメージはどうでしょうか。依然として、食べ物がない、紛争が多い、遅れている・・・という悲惨な面だけがクローズアップされがちです。しかし、実際に現地に足を運ぶと、それだけではないアフリカがあるんですね。アフリカの人たちは、古代から交易や交流を通して、他地域のモノや流行を取り込みながら、創造的にお洒落やアートを楽しんできました。それは、私たち日本人が思い描く「閉じている」、「伝統に固執している」イメージとはかけ離れたものです。弘前大学には、せっかく5人もアフリカの研究者がいるので、そんなアフリカの生活や文化の魅力を広く知ってもらおうと、2019年6月1日~7月20日、弘前大学資料館において、「企画展 “装う”アフリカ ―世界との交錯のなかで―」(主催:弘前大学人文社会科学部、日本アフリカ学会東北支部会)を開催しました。関連イベントとして、アフリカの美しい布を使ったワークショップや、民俗楽器「親指ピアノ」のライブなども行ないました。多くの方に、アフリカの生活や文化を理解していただく機会になったと思っています。
弘前大学資料館「“装う”アフリカ ―世界との交錯のなかで―」

フィールドワークを通じて、地域の課題を解決する力を養う。

― 「地域行動コース」の魅力は何ですか?

社会学、人類学、社会心理学、地理情報科学、統計学など、幅広い分野の学びができること。そして、県内を中心に各地域の現場を知ることができることです。現場で幅広い世代の人と直接ふれあって、地域のもつ可能性や課題を見つけたり、それを解決するプロセスを探る経験は貴重なものです。フィールドワークを通して、実態に即して正確にものごとをとらえる力。さらに、それを人にわかるように伝える力。こうしたスキルは、人生を豊かにしてくれるだけでなく、将来、行政職に就くにしても、民間企業で企画や調査を行なう場合も必ず役に立つはずです。

2018年のオープンキャンパスの様子
ゼミの学外活動では弘前市内を歩き回って調査することも

「地域行動コース」では、実習で経験したことを報告する中間発表会と最終発表会があります。ほかの班の発表を聞き議論を重ねることで、今まで自分たちが取り組んでいなかった手法や考え方を知り、さらに学びが深まっていきます。
さらに、「地域行動コース」は、教員同士、非常に仲が良いのも特徴です。毎日、5、6人の教員が、学食で一緒にランチをするのは80年代からの伝統です。ランチに続けて、お茶を飲みながらミーティングが始まることもあります。プライベートでも、おいしいものを食べに行ったり、飲みに行ったり。昨年は、地域行動コースの教員でお誕生日会も開催していました(笑)。教員のコミュニケーションが図られているため、学生からの相談ごとにも連携してサポートすることができるのが強みです。

現場で学んだスキルを生かし、卒業後は4人に1人が公務員として活躍!

― 「地域行動コース」の卒業生の進路は?

卒業生の4人に1人が官公庁に勤務しています。民間では、金融、マスメディア、流通関係など地域の優良企業に就職しています。大学院進学者が毎年数名、大学や高校の教員になった人もいます。そのほか、集落でのフィールドワークでインスピレーションを得て、大学院修了後、県内で起業をした卒業生もいます。

消極的な性格でも大丈夫!必要なのは、知りたい!会いたい!という気持ちと相手への敬意。

― 最後に高校生に向けてメッセージをお願いします。

フィールドワークと聞くと、人づきあいが上手で積極的な性格の人じゃないと無理なのでは・・・と思う人もいるかも知れません。でも、決してそんなことはありません。おしゃべりが苦手で引っ込み思案な人でも大丈夫!それよりも大事なのは、その場所のことが知りたい、こういう人に会ってみたいという気持ちと、相手に対する敬意です。それさえあれば、たくさんおしゃべりする人よりずっといい調査ができることもあります。外の人間と地元の方たちとの交錯のなかで生まれてくる“ナチュラルケミストリー”。そして、そこから得られるさまざまな発見は代えがたいもの。きっと、今後の人生を豊かにしてくれるはずです。それぞれの個性に合ったフィールドワークがあります。そして、日本の地域を考える研究とアフリカ研究はつながっています。ぜひ、一緒に学びましょう!

弘前大学人文社会科学部 杉山祐子教授

Questionもっと知りたい!杉山センセイのこと!

― 大学時代はどんな学生でしたか?

引っ込み思案なところもあり、自分の殻を破れない学生でしたね。だから、フィールドワークするときも、つい自分をつくっちゃう。優等生的な嫌み~な感じ(笑)。大学院時代の恩師・掛谷教授には、「もっと野蛮になれ!」とよく言われていました。

― お休みの日は何をして過ごしていますか?

たまった家事を片付けて、お茶や珈琲をゆっくり淹れていただく時間が好きです。タンザニアで買ってきた珈琲豆もおいしいですよ。
時間があるときは映画を観に行きます。好きなジャンルはコメディ。アメリカのしょうもないコメディにはまっています(笑)。
落語を聴くのも好きです。昔は月1回、東京に聴きに行っていましたが、最近はもっぱらDVDで楽しんでいます。

― 特技は?

水の入ったバケツを頭にのせて、こぼさずに歩けます(笑)。アフリカの村人たちは、水場から20リットルの水を頭にのせて運びます。私も5リットルならOKです!

思い出の写真館

1984年頃 ザンビアの村でシコクビエ搗きを体験
1984年頃 ザンビアの村でシコクビエ酒を飲む

1984年頃にザンビアを訪れた時の様子。シコクビエという穀物を搗いたり、シコクビエから作られたお酒を実際に飲んだりして、現地の生活を体験しました。

Profile

人文社会科学部 社会経営課程 地域行動コース 教授
杉山 祐子(すぎやま ゆうこ)

東京都生まれ 。
大学では社会人類学、文化人類学、先史学を学び、筑波大学大学院では生態人類学を専攻。筑波大学で助手として働いた後、1992年に弘前大学に着任。
津軽地域を中心とした共同研究を進め、地方都市や農村地域の生業とその変化、農産物直売所の展開などについて研究成果をあげている。弘前大学男女共同参画推進室の初代室長として、その立ち上げと運営に力を尽くす。日本アフリカ学会副会長、同東北支部会長。