植物や果樹に壊滅的な被害をもたらす病原体・ウイロイド。感染した細胞のなかで自己増殖し、時には大きな樹木さえ枯らしてしまうほどやっかいな病原体です。
農学生命科学部の佐野輝男教授は、40年間にわたりウイロイドの研究に取り組んできた第一人者。国内で唯一、ウイロイドを主要テーマに研究を行っている「植物病理学研究室」を訪ね、佐野教授にお話を伺いました。

ウイロイドのメカニズムを解明し、病害防除の方法を開発したいと研究の道へ

― 先生の研究テーマについて教えてください。

「植物病理学研究室」では、植物寄生性、あるいは腐生性の多様な菌類、細菌、ウイルス、ウイロイドの基礎から応用まで幅広い研究に取り組んでいます。
そのなかで私は、植物ウイルス・ウイロイド遺伝子の多様性と病原性の解明、新規診断・防除法の開発の研究を行っています。ウイルスという言葉は聞き慣れていても、ウイロイドっていったいどのような病原体なんだろう?と思われる方も多いかもしれません。ウイロイドは、“ウイルスのようなもの”という意味で、現在地球上で知られている最も小さな病原体です。ウイルスは、遺伝子としての核酸(DNAまたはRNA)がたんぱく質の殻をかぶっていますが、ウイロイドは、たんぱく質の殻をもたないRNAです。ですから、1971年にアメリカで初めて見つかった時は“裸の遺伝子”と呼ばれました。

― 研究の道へ進まれたきっかけは?

かつて、東北地方では、ホップの栽培がさかんに行われていました。ホップは、ビールの苦みと香りのもととなる多年草のつる性植物です。ところが、1940~1950年代に日本で初めて「ホップ矮化病」という奇病が発生。矮化病にかかったホップは徐々につるの伸びが悪くなり、収穫量が減少、品質も低下してしまいます。1960~1980 年代にかけて東北地方の産地で流行し、猛威を振るいました。

1977年、「ホップ矮化病」を引き起こす原因が「ホップ矮化ウイロイド」であることが北海道大学の研究で明らかになりました。当時、私は北海道大学の学生で農業生物学を学んでいました。私が所属していた研究室で発見されたのですが、新しい病原、まだ解明されていない病気ということもあり、とても興味を持ちました。病気のメカニズムを明らかにすることで病害防除の方法を開発できるかもしれない。そのことに魅力を感じ、ウイロイド研究の道へと進みました。
北海道大学大学院修了後は、北海道大学農学部助手として働いていました。1990年から2年間、米国農務省ベルツビル農業研究所へ留学した後、1992年に弘前大学へ着任しました。

農学生命科学部 佐野輝男教授

地方にいながら、世界レベルの研究ができる弘前大学

― 調査・研究のなかで、わかってきたことは?

国内の作物と果樹に発生するウイロイド病を調査するなかで、それまで不明だった病気の原因がウイロイドであることがわかってきました。リンゴやモモ、スモモなどに斑点やまだら模様ができたり形が変形する「リンゴさび果病」、「リンゴゆず果病」、「モモ班入果病」はウイロイドのしわざです。ホップ矮化ウイロイドは、ブドウ、柑橘、モモ、スモモなどに感染していることが判明。特に、ブドウに不顕性感染している変異体がホップに伝染してホップ矮化病を起こすことを15年間の遺伝子変異解析で実証することができました。ブドウはすべてウイロイドに感染していますが、今のところ植物以外からは発見されておらず、ブドウを食べた人間に感染することはありません。

― 先生は、2020年、日本の学術賞としては最も権威のある「日本学士院賞」を受賞されたそうですね。

40年間にわたる研究のなかで、ホップ矮化病の伝染源の特定、国内の作物と果樹のウイロイド病の全容を解明し、診断と防徐に貢献するとともに、抵抗性作物開発に向けた道を拓いたことが評価され、2020年度の「日本学士院賞」を受賞しました。
素晴らしい業績をお持ちの方は弘前大学にもたくさんいらっしゃいますが、私の場合ちょっと変わった病原の研究に取り組んできたことがラッキーだったのかもしれません。評価していただけたことはすごくうれしいですし、地方の大学でも世界レベルの研究ができるということを広く知っていただけたら幸いです。

2021年6月21日、授賞式が実施された。画像は学長報告時の記念写真
2021年6月21日、授賞式が実施された。画像は学長報告時の記念写真

青森県の宝であり、経済を支えるリンゴの研究に取り組んで

― 先生は、長年リンゴの研究にも尽力されてきたと伺っています。

リンゴ生産量日本一の青森県弘前市にある大学ですので、リンゴに関する研究は避けて通れないし、とても重要なことだと思っています。輸入リンゴの検疫措置問題を巡り日米通商紛争が起こっていた2006~2007年、「リンゴ火傷病」の調査のためにアメリカとニュージーランドに行きました。リンゴの火傷病は、日本では未発生の植物細菌病です。しかし、万が一、日本に侵入した場合、青森県のリンゴはもちろん、国内の農産物が大きな被害を受けることが予想されます。なんとか侵入を防ぎたいという思いで、関係機関と一緒に調査を行いました。

リンゴの黒星病は、20~30年サイクルで流行し大きな被害をもたらします。その理由はいまだに明らかになっていません。2019年には県内のリンゴ園で黒星病が発生・拡大し、大問題になりました。こうした現状をふまえ、「青森りんごTS(トレーサビリティー・システム)導入協議会」が、漫画小冊子『みんなで取り組む黒星病対策』を製作することになり、私は学術的な部分において監修を務めました。

また、減農薬栽培園・無化学農薬栽培園などで栽培されているリンゴ樹に生息する病原体や微生物群を調査し、化学農薬が微生物や病害虫に与える影響を分析しました。弘前には、無農薬・無施肥のリンゴ栽培を行い、『奇跡のリンゴ』として知られる木村秋則さんがいらっしゃいます。木村さんともう一軒の農家さんの園地には毎月通い、トータルで10年ほど研究を続けました。
さらに、青森県特産のニンニクや津軽の伝統野菜である在来種トウガラシ「清水森ナンバ」のウイルス病の研究に携わったこともあります。

学生たちとも、園地に調査に出かけます。昨年は、黒星病の調査で学生たちと一緒に園地でサンプリングを行いました。研究室では、温室や実験圃場で実際に作物を栽培して病気の発達の過程を観察したり、生産現場の課題を理解しながらさまざまな技術や最新の情報を学ぶことを目標としています。

学生たちと弘前大学内のりんご見本園で実習を行っている様子。
学生たちと弘前大学内のりんご見本園で実習を行っている様子。

学生が自由に学び、研究に取り組むことができる弘前大学

弘前大学は自然豊かな恵まれた場所にあり、学生の方がやりたいと思うことはどんどんできる環境にあると思います。

学生たちの就職先としては研究機関、食品会社などもありますが、銀行やコンピューター関連の会社などさまざまです。私の研究室に関しては、ここ数年公務員志望が多くなっています。

― 最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。

農業は、青森県の重要な産業です。農作物を栽培するうえで植物を病気から守ることは、マイナスをいかに減らすかということ。何か新しいものを作るという分野ではありませんが、より効率的で安全な病害虫防除法の開発を通じて地域社会に貢献できると感じています。

私は、今年度で大学を定年退職する予定ですが、私自身、弘前大学の教員として過ごした日々を振り返ると、独自の発想で自由に研究・教育に取り組むことができたことが幸いでした。研究室間の垣根も低く、形式ばらずに自由度の高い研究ができる環境が大きな魅力だと感じています。弘前大学には学生生活を送るうえで、学生が自由に利用・活用できるさまざまな設備や制度が整備されています。
大学生時代は、それまで知らなかったさまざまな物事や人間関係を通じて、視野を広げながら、将来の方向性が決まっていく大切な時期です。先入観にとらわれず、いろいろなことに興味を持って取り組んでください。

Questionもっと知りたい!佐野センセイのこと!

― 休日の過ごし方は?

研究用の植物を育てているので、休日も朝晩温室に水やりに来ることが多いのですが、時には産直の店に行ったり、のんびり過ごしています。先週は嶽きみを買いに行きました。この夏に八甲田大岳に登ったら楽しかったですね。いつか、学生の頃歩いた東海自然歩道をまた歩いて自然を満喫したいなと思っています。
また、家の中でできるスポーツをしたいと思い、夫婦で卓球を楽しんでいます。毎日20分、さわやかな汗を流しています。

思い出の写真館

マンドリンサークル 定期演奏会

大学時代は、北海道大学のチルコロ・マンドリニスティコ「アウロラ」に所属し、マンドリンを演奏。同サークルは、100年近い伝統がある大学公認サークルで、イタリア語でチルコロは「サークル」、マンドリニスティコは「マンドリン奏者」、アウロラは「オーロラ」という意味。夏は、演奏旅行で道内のあちこちに出かけたことも大学時代の忘れられない思い出です。

Profile

農学生命科学部食料資源学科 教授
佐野 輝男(さの てるお)

新潟県見附市生まれ 。
専門分野は植物病理学・植物ウイルス病学。
北海道大学で農業生物学を学び、ウイロイド研究の道へと進む。
北海道大学大学院農学研究科修士課程農業生物学専攻を修了した後、北海道大学農学部助手、米国農務省ベルツビル農業研究所への留学を経て、1992年に弘前大学へ助教授として赴任し、2005年に教授就任。
「ウイロイドに関する研究」で2020年度日本学士院賞を受賞した。