弘前大学で取り組まれているたくさんの研究の中から、特にイノベーティブ(革新的)な研究を取り上げる全4回シリーズ。第4回目のテーマは「食」です。
健康志向の高まりを背景に、日本食が世界的ブームとなっています。寿司や刺身といった魚の生食文化も海外で急速に受け入れられてきており、中でも圧倒的に人気があるのが、色あざやかでクセがなく甘みと旨みを味わえるサーモン。その需要は今後も右肩上がりで高まることが予想されていますが、現状ノルウェーやチリでは大規模に養殖されているのに対し、日本では大規模養殖の例はほとんどありません。そこでいま期待と注目を集めているのが「青森サーモン(青森県産トラウトサーモン)」の養殖。今回はその大規模養殖の実現を目指す、産学官連携の取り組みをご紹介します。
青森サーモン中間育成魚の育成に関する研究
地域戦略研究所 食料科学研究部門 水産研究室(地域食料研究室兼任)
福田覚(ふくださとる)准教授
漁業の世界的課題と、サーモン養殖の将来性。
養殖について考えるとき、まず、漁業・養殖業全体の状況を知ることが大切です。実はすでに世界では、海洋での漁による漁業生産量は頭打ちとなっています。一方、養殖業生産量は近年伸び続けており、養殖業が全体生産量の増加を牽引しています。
日本の漁業生産量は減少傾向が続いており、適切に資源管理するための資源評価の精度向上が図られていますが、いま以上に漁業生産量が回復する見通しは不透明。つまり、養殖業は増え続ける魚の需要に対応できる伸びしろがあるといえるでしょう。
とはいえ日本での養殖業は、世界に比べるとまだまだ生産量は少なく、小規模なのが現状です。そんな中、養殖の重要さを認識し、さらには売れる商品づくりとしてのサーモン養殖に着目して動いてきたのが、青森市にあるオカムラ食品工業です。元々は主力商品である筋子の原材料=サーモンの魚卵を求めて北米や北欧に赴き、ビジネスを始めたのがきっかけでした。そこからサーモンの養殖業界やマーケットへの理解が深まるにつれ、サーモン養殖市場に大きな将来性があることを確信。ついに2005年にデンマークでのサーモン養殖を始めました。そこで実績を重ねながら、冷涼な気候という点では青森県での養殖も可能ではないかとの考えに至ります。特に近年はアジア(中国や東南アジア)での需要の伸びが大きいので、日本で大規模なサーモン養殖ができれば、輸出も可能な一大産業が誕生することになるのです。
日本初の大規模トラウトサーモン養殖へのチャレンジが始まった。
大規模なトラウトサーモン養殖は日本では初めての挑戦でありましたが、新たな水産業創出という共通の志を持つ産学官が連携して取り組もうと、2014年、弘前大学地域戦略研究所(旧食料科学研究所)、オカムラ食品工業ならびに深浦町の間でサーモン養殖実証事業の三者連携協定が結ばれました。
三者のひとつ、同研究所の食料科学研究部門は、国の成長戦略の一つである「攻めの農林水産業」に応じた「北日本 食の成長戦略」を掲げ、津軽海峡圏内での高等教育機関、公設試験研究機関、民間企業や自治体等を含めた連携強化を促す、研究開発や地域振興コーディネートの役割を果たしています。また、農林水産物の基礎研究を行いつつも、その先の産業化までたどり着くことを目標としているため、今回のサーモン養殖のように、地域への貢献が期待される民間企業の活動を支援するのも大きな使命といえます。
実証事業でメインとなったのは、中間育成場での育成。サーモンの養殖過程は(1)卵のふ化(2)中間育成場での中間育成(3)海面生産での成魚育成、と三段階ありますが、(2)の成功が最初のカギでした。そして2017年、白神山地水系である深浦町大峰川の下流域に、掛け流し式の大規模中間育成場が完成しました。さらに2016年~2018年にかけて農林水産省の研究補助金「革新的技術開発・緊急展開事業(地域戦略プロジェクト)」を地域戦略研究所が研究開発コーディネートし、中間育成魚の高密度生産技術を実証しました。
その結果、従来、約60tまでが限界である中間育成場の生産量が、2018年には中間育成魚を約150t、2019年には約200tへと生産量の拡大に成功しました。この中間育成魚200tは成魚が1,000t生産できる量です。ちなみに成魚1,000tは例えば1皿2貫のサーモンにぎりだと2,000万食に相当します。
また、中間育成と平行して成魚育成のための海面生産場を深浦町と今別町に設置。ここで中間育成場から運んだ魚を育て、3kgになったら成魚として出荷します。
2019年から本格出荷が開始され、2020年時点では深浦町と今別町合わせて約800tの成魚生産量に到達(2021年は1,000tを超える計画)。トラウトサーモンの生産量としては、日本一となりました。
その上で新たな課題も見えてきました。順調な生産ができている分、今後は中間育成場の不足が見込まれ、川の用地確保が重要になってきます。しかし、水量豊富な川はすでに農業用水などに使われていたりして、現実的にはかなり難しいのです。そこで川に限らず立地できる生産モデルを確立しようと、新たな陸上循環養殖場の研究開発を始めることにしました。
この新たな陸上循環養殖場づくりの大きな試みは、日本初の屋外式であること。通常、冷涼な気候で育つサーモンのような魚の陸上循環養殖は、空調設備のある屋内施設で行われますが、大規模化を目指すにあたってはコスト面で見合わなくなります。「屋外循環式の大規模中間育成魚高密度生産システム」と名付けられたこの仕組みは、屋外の生け簀の中で井戸水を循環させ、水を浄化しながら、さらに酸素を供給することで高密度な養殖を目指したもの。これが成功すれば、川がなくても少量の水でよりたくさんの魚を養殖できるようになります。また、掛け流し式と組み合わせることで中間育成場の増設方法が幅広くなり、成魚を育てる海面生産地の近くに設置すれば、運搬による魚の損傷リスクも下げられます。この取り組みは国産サーモンの大規模養殖実現へのさらなる一歩となることから、初めから事業に携わっている福田先生が、2019年に経済産業省の研究補助金「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」を研究開発コーディネートし、その総括研究代表を務めています。
世界で売れる青森サーモンへ。地域産業としての期待、高まる。
産学官連携の取り組みで生産された青森サーモンは、2020年には回転寿しの全国チェーン店に採用されたり大手スーパーで販売されるまでになりました。また身近なところでは、弘前大学の生協の食堂で生食のユッケ丼や焼き魚の西京焼きなどのメニューでモニター調査が行われ、生でも焼いてもどちらも美味しいと好評を得ています。この時のメニュー開発とモニター調査は、地域戦略研究所が地域振興コーディネートの一環として、函館短期大学付設調理製菓専門学校の協力のもと、行いました。
また、サーモン養殖実証事業の取り組みをもとに、サーモン類養殖の新興企業「日本サーモンファーム(JSF)」をオカムラ食品工業が設立。JSFは地元の若者を中心とした採用と若手のUターン雇用に成功しており、雇用創出も生まれています。
さらに、JSFが国産サーモンでは初めてとなるASC認証(持続可能で環境および地域社会に負担をかけない水産養殖物への国際認証)を取得したことから、美味しさと生産管理品質を兼ね備えたサーモンとして、国内はもちろん、世界で売れるブランドに成長していくことが期待されています。今後、順調に生産量が伸びていけば、スーパーや飲食店でも目にする機会が増えていくと思われます。見かけたらぜひ、その美味しさを味わってみて下さい。
この研究に興味がある方へ、福田先生からのメッセージ
私の専門分野は水産ですが、実はサーモンだけではなく、スサビノリという海苔の研究をしています。形質転換技術というもので遺伝子の働きを調べることで、海苔ひいては広く海藻の性質やライフサイクルの仕組みを解明しようとしています。養殖はライフサイクルを知り人の手でつくり育てるものと考えれば、サーモン同様、いつか需要が増えたときに効率のよい形で養殖できるかもしれません。研究対象が何であっても、持続可能な水産業というゴールを意識すれば、そこから逆算していま何をしなければならないかが見えてくるし、ゴールを見据え一歩進んだらまたそれをフィードバックして現場のやり方を改善していく。そのような手法を「バックキャスティング」といいます。地域戦略研究所ではいろんな専門分野を横断しつつ、この手法を使って様々な研究開発や産業化のコーディネートをしています。研究から産業化までの道のりは平坦ではなく、山あり谷あり。しかし、険しい道のりの攻略ポイントを見極め、一点突破したときの醍醐味はクセになるかもしれませんよ。
福田先生の研究についてわかりやすく紹介した動画は、こちら!
(青森サーモン養殖の様子が動画で視聴できます)