全国の国立大学86校のなかで、理学療法士を養成する課程があるのは14校だけ。理学療法士の役割とは?仕事のやりがいとは? 医学部保健学科理学療法学専攻の石川玲教授にお話を伺いました。

「Quality of Life」(QOL)の向上に貢献する理学療法士の仕事

― そもそも理学療法とはどんな治療法ですか? また、理学療法士は、医療現場でどんな仕事をするのでしょうか?

理学療法は、作業療法や言語療法と並ぶ医学的なリハビリテーションにおける治療法のひとつです。国家資格である理学療法士の仕事は、病気、けが、高齢、障害などによって運動機能が低下した人々に対し、身体を動かしたり、あるいは温熱・電気などの物理的刺激を用いて運動機能や動作能力を高めることです。それによって、「生活の質・人生の質・命の輝き(子どもの場合)」と訳されている「Quality of Life」(QOL)の向上をお手伝いすることを目的としています。

― 弘前大学医学部保健学科と、理学療法学専攻の特徴は?

全国の国立大学86校のなかで、理学療法士を養成する課程があるのは14校です。そのうち、5専攻(看護学・放射線技術科学・検査技術科学・理学療法学・作業療法学)がそろっているのは、弘前大学を含めて4大学だけ。講義や学生間の交流を通して、多職種との連携について幅広く学べることから、弘前大学は大変有利な環境にあると思います。

また、本学の理学療法学専攻には現在10人の教員がおりますが、全員が理学療法士の国家資格を取得しており、さらに現場経験ももっています。全国の国立大学の理学療法士養成課程をみても、理学療法士のみの教員で構成されているケースは珍しく、それぞれの臨床経験も交えながら、より現場に即した授業ができるのが強みだと思います。

インタビューの様子

父の脳卒中がきっかけで理学療法士を目指す

― 先生のご出身は? 現在の分野に進んだきっかけについて教えてください。

私は、生まれも育ちも弘前市です。弘前大学教育学部で学び、もともとは学校の教員を目指していたのですが、教員採用試験に落ちてしまって…。翌年の採用試験に向けて勉強していた時に、看護師をしていた母から、「弘前大学医療技術短期大学部に、あらたに理学療法学科と作業療法学科が増設される」という話を聞きました。弘前大学医療技術短期大学部は、2004年3月で廃止になりましたが、現在の弘前大学医学部保健学科の前身にあたります。

母からその話を聞いて、とても興味が湧いてきました。というのも、私が大学1年の時に父が脳卒中になり、リハビリを行いながら療養生活を送っていたからです。そうした経験と母が医療従事者だったこともあり、理学療法士を目指そうと決意。弘前大学医療技術短期大学部理学療法学科に入学しました。

国立療養所で難病指定患者と向き合った4年間

― 先生は臨床経験もおありだと伺いましたが?

医療短大で3年間学んだ後、助手として弘前大学医療技術短期大学部に4年間勤務しました。しかし、理学療法の仕事は患者さんと接しながら学んでいく部分が多いため、臨床経験の少ない自分自身に限界を感じ始めました。そこで、現場で経験を積みたいと思い、青森市浪岡にある「国立療養所岩木病院」(現 独立行政法人国立病院機構 青森病院)で理学療法士として働かせていただくことにしました。

「国立療養所岩木病院」には、筋ジストロフィーや神経難病の患者さん、小児慢性特定疾患の子ども達、重症心身障害児者がたくさん入院していました。一般的にリハビリと聞くと、リハビリを受けることによって病気やけがが回復し快方に向かうというイメージがあると思いますが、難病を抱えた方たちは必ずしもそうではありません。そこでは、生と死が常に隣り合わせ…。10代で亡くなる方も珍しくありませんでした。悲しいお別れの場面もたくさんあり、主治医はそのたびに涙を流しながら患者さんに寄り添っていました。素晴らしいスタッフにも恵まれ、患者さん方との信頼関係も厚く、若かった私は本当にたくさんのことを学ばせていただきました。その病院には4年間勤務し、再び弘前大学に戻りました。

“ヒューマンな理学療法士としての後ろ姿“を見せる

― 学生を指導するうえで、大切にされていることは何ですか?

まず、1つ目は、「患者さんを愛すること」です。これは、私が医療短大時代の恩師からひんぱんに言われた言葉です。当時の私は、自分では精いっぱいやっているつもりでも、患者さんに対しての気遣いや思いやりに欠けていたのでしょう。そのたびに、「石川、お前、患者さんを愛していないね」と。自分の愛する人や家族を大切にするように、患者さんに尊敬の念と思いやりを持って一生懸命に対応すること。この時の恩師の教えは、ずっと私のなかに生きていて、現在、講義や臨床実習でも学生によく話しています。

2つ目は、臨床経験のあるヒューマンな理学療法士としての後ろ姿を学生たちに見せること。3年生になると、学生たちは毎週金曜日に近隣の病院を回り、臨床実習を行います。そうした現場においては、私は教員というよりも、患者さんのQOLを見据えた一人の理学療法士の立場で、知識や考え方、技術を指導しています。目の前の患者さんが、自宅に戻った時にどうしたら困らないで生活できるか、そのために何が必要かを学生たちと一緒に考えるんです。臨床経験が極めて少ない学生が、理学療法士としてのアイデンティティを育む一助になればと思っています。

3つ目は、授業内容の工夫です。学生が、できるだけ自分の考えや知識を声に出して表現できるような授業を行っています。たとえば、学生に質問を投げかけ、座席周囲の学生同士で数分間話し合わせることで、時折重要なキーワードが出てきます。そのキーワードをピックアップし、そこから展開する形で学生たちに理解を深めてもらいます。声に出して表現することで、実はよく理解できていなかった点が明確になることもあります。また、授業においては難解な言葉を使わず、いかに学生にわかりやすく伝えるかということも心がけています。

学生たちと

卒業後は、病院や介護老人保健施設などで活躍!
地域貢献度の高さも魅力

― 卒業後の就職先について教えてください。

理学療法学専攻の志望動機として多いのは、中高生時代に運動部でけがをした時にリハビリの先生にお世話になり、自分も将来、理学療法士になりたいと思ったというケース。特に、スポーツ系の理学療法士やトレーナーは学生に人気です。

弘前大学の理学療法学専攻は定員20人なので、教員の目も行き届きやすく、学生同士のコミュニケーションも図りやすいというメリットがあります。スポーツ大会などの行事も全学年で開催するため、縦のつながりもでき幅広い視野が身に付きます。

また、地方の大学ということで、都会の大学に比べて地域貢献できる可能性が高いのではないでしょうか。卒業後は、病院に勤務するケースが多く、そのほかの就職先は介護老人保健施設やリハビリテーションセンター、小児療育施設、身体障害者福祉関連施設などです。

学生の悩みや困りごとをサポートする「弘前大学学生特別支援室」

― 先生は、「弘前大学学生特別支援室」の室長を務めているそうですが、支援室の役割と取り組みについて教えてください。

2016年4月から障害者差別解消法が施行され、国立大学では、不当な差別的取扱いの禁止、合理的配慮の提供、対応要領の作成が義務化されました。それに伴い、2016年に発足したのが「弘前大学学生特別支援室」です。弘前大学に在学する学生で、障害もしくは特性に伴う修学・生活上の困難を抱えている人が、障害のない学生と同等に学生生活を送れるように支援しています。

私は、2015年の支援室設立準備段階から関わっており、開設以来、室長を務めています。現在、支援室のスタッフは、コーディネーター、カウンセラー、理学療法や作業療法あるいは特別支援教育が専門の教員、学生課職員で構成されています。カウンセラーは臨床心理士の資格を、コーディネーターの一人は公認心理師の資格を持っており、スタッフそれぞれが専門性を活かしながら、学生からのさまざまな相談に対応しています。支援室では学生本人だけでなく、保護者や教員からの相談も受け付けています。また、これから弘前大学を目指す高校生にはオープンキャンパスで相談の機会を設けています。支援室では、専門スタッフ、教員、職員が連携しながら一丸となって学生をサポートしていますので、困ったことがあればいつでも相談してください。

― 先生は、2020年、弘前大学の「教育に関して優れた業績を上げた教員」7名のうちの1名に選ばれたそうですね?

弘前大学学生特別支援室」室長としての、これまでの取り組みを評価していただき表彰につながったのだと思います。設立準備から最初の2年間は体制づくりに追われ、悩んだ日々もありましたが、今では、弘前大学の支援室を中心に、県内の公立・私立の大学・短大も一緒に情報交換会を行うなどその輪が広がっており、一人でも多くの学生の力になれることがうれしいです。

以前、私が感銘を受けたのは、“奇跡の公立小学校”と呼ばれた、大阪市立大空小学校の取り組みです。他の小学校で厄介者扱いされてきた子どもも、この学校の学びのなかで自分の居場所をみつけていきいきと成長していきます。その取り組みは、2015年にドキュメンタリー映画『みんなの学校』として全国で公開されました。「すべての子どもの学習権を保証する学校をつくる」という理念のもと、一人も取りこぼさない教育のあり方に学ぶべきものが多いと感じました。

「見えない学力」を高めてほしい

― 最後に、高校生や在学生へのメッセージをお願いします。

高校や大学では学問と関係する学力に加え、「見えない学力」をしっかり高めてほしいと思います。見えない学力とは、大空小学校の初代校長を務められた木村泰子先生が述べている生き抜くために必要な4つの学力のことで「人を大切にする力」、「自分の考えを持つ力」、「自分を表現する力」、「チャレンジする力」です。これらは試験で点数化できない学力であり、コロナ禍であっても大学での友人、指導教員、サークルの仲間との対話を通して、あるいは自分のなかの見えない学力を見つめ直すことで高めることができると思います。

理学療法士という仕事の魅力は、理学療法という武器を駆使して現代の医学では治せない身体障害の軽減を図ることで、患者さんや身体に障害のある方、そしてその家族の方々が再び笑顔を取り戻した姿を見られることだと思います。自分が一生懸命勉強して技術を身につけることで、患者さんにも喜ばれるし自分も満足できる。 win-win なのでとてもやりがいを感じられる仕事です。高校生の皆さん!ぜひ、私たちと一緒に学んでみませんか。

Questionもっと知りたい!石川センセイのこと!

― 休日の過ごし方は?

最近ハマっているのがネットの海外ドラマ。ジャンルはサスペンス系です。FBIが活躍するドラマとか好きですね。冬は雪かきが趣味。筋トレだと思って朝早くから頑張ってます!

以前は、早朝でも夜でも釣りに行っていました。防波堤で何も考えずにボーッとしている時間が好きなんです。釣った魚は自分でさばきますが、そもそもさばくほど釣れないです(笑)。

岩木山の写真岩木山の写真
大学の校舎の屋上とかで、よく岩木山の写真を撮っています。岩木山だけではなくて、空や雲と合わせた風景を撮るのが好きです。

Profile

医学部保健学科 理学療法学専攻 教授
学生特別支援室室長
石川 玲(いしかわ あきら)

青森県弘前市生まれ 。
弘前大学教育学部卒業後、現在の弘前大学医学部保健学科の前身にあたる弘前大学医療技術短期大学部の理学療法学科で学ぶ。理学療法を専門としている。
弘前大学学生特別支援室には準備段階から関わっており、現在は室長を勤めている。
2020年、弘前大学の「教育に関して優れた業績を上げた教員」7名のうちの1名に選ばれた。