青森県弘前市は「お城とさくらとりんごのまち」
今年も弘前の誇るさくら、そしてりんごの花が、津軽の春を彩りました。
美しい花が咲くように、美味しい実がなるように、行われているのが枝の剪定(せんてい)作業。
樹木のバランス、健康を保ち、高品質のさくら、りんごを育てるための大事な作業です。
ここで発生する大量の剪定枝。その後どこへ行くのでしょうか?
一部は配付されたり、炭として活用されたりしています。
しかし、実は多くが捨てられているのが現状です。
今回は、そんな廃棄せざるを得なかったりんご・さくらの剪定枝に活用の道を!
青森県産「和紙」づくりで新たな観光資源を生み出す、「りんご/さくら和紙研究会」の取り組みを伺いました。
りんご・さくら和紙のプロジェクトがスタート!
お話をしてくれたのは「りんご/さくら和紙研究会」の立ち上げを主導した、教育学部技術教育講座の廣瀬孝(ひろせたかし)准教授、研究・イノベーション推進機構URAの山科則之(やましなのりゆき)特任助教、廣瀬先生の木材加工研究室に所属している教育学部3年の八島光勇(やしまみつとし)さんです。
―和紙づくりはどういった経緯で始まったのですか?
山科URA:もともとは新型コロナの関連で何かできないかと調べていました。そのときにたまたま「和紙を使ったマスク」の記事を見かけ、本学でも地元の和紙を活用して何かできないかと思ったんですね。でも調べていると実は青森県には和紙の産地が無い!ということがわかりました。私は県外出身なのですが、青森はねぶた、ねぷたをはじめ、和紙を使ったお祭りや工芸品がたくさんあるので、てっきりあるものだと思っていて…。
それならば県産の和紙作りができないかと。調べるうちに、剪定枝を使って和紙を作っている先行事例を見つけました。
廣瀬先生:福島県で「桃」の剪定枝を使った和紙づくりに取り組んでいる会社があります。
山科URA:青森であれば「りんご」や「さくら」の剪定枝でできるんじゃないかと思って。りんご剪定枝を原料にした活性炭について研究されていた廣瀬先生のことが頭に浮かび、相談しました。
廣瀬先生:りんご、さくらの枝から和紙をというのは今まで無いじゃないですか!弘前、青森県に絶対マッチすると思って、ぜひ取り組ませてもらいたいとお返事しました。
弘前の和紙の歴史。津軽信政公の夢
―青森では今までまったく和紙づくりの動きがなかったのでしょうか?
山科URA:そういうわけではないんです。江戸時代、弘前藩4代藩主の津軽信政公が職人を招聘して製紙業の振興を図りました。和紙の原料となる楮(こうぞ)の栽培にも取り組みました。弘前に「楮町(こうじまち)」という地名がありますが、そこで栽培していたんです。でも、当時は今よりも寒冷な気候で、楮はうまく育たなかったんですね。さらに飢饉によって、食べ物や換金性の高い作物の栽培が急務になるなど、状況の変化がありました。
最後の藩主である12代承昭公のときにも直営の紙漉座を設けたり、楮の植林に努めたり、製紙業の振興を図る動きがみられましたが、とうとう青森には根付きませんでした。
それとは別に、弘前の相馬地区の紙漉沢(かみすきさわ)に「長慶天皇の潜幸伝説」という伝承があります。みちのくに逃れてきた第98代長慶天皇が、紙漉沢で崩御され、その際に帯同していた高野山の僧が紙漉きの製法を伝えたという伝承です。しかし、こちらも根付くことはなく、当時の設備はまったく残っていません。
ただ、現在は紙漉沢に紙漉き体験ができる施設「紙漉の里」が設置されていて、地域の魅力の掘り起こしが図られています。
産学官連携で取り組む「りんご/さくら和紙研究会」
―今回の和紙づくりには多くの人が関わっていると聞いています。連携はどのように進めていったのですか?
廣瀬先生:まず「紙漉の里」へは弘前大学の社会連携部を通して担当の方を紹介してもらいました。「紙漉隊」はもともと農家のおかあさま方がやられているので、農作業の合間にという条件で、引き受けていただけました。
一回目の紙漉きのときから相馬地区の地域おこし協力隊の方にも参加してもらっていて、今も協力しながら進めています。
また、研究費の獲得に繋がりますので、「ひろさき産学官連携フォーラム*」の中に研究会を新設したらどうかと提案しました。
*ひろさき産学官連携フォーラム…産学官連携による共同研究を推進するための企業・大学・公的研究機関・行政・金融機関等による連携・交流組織。【参考】ひろさき産学官連携フォーラムホームページ
山科URA:フォーラムの研究会は「産」「学」「官」のメンバーを集めて立ち上げる必要があります。そこで、「産」は有限会社アサヒ印刷さんに、「官」は青森産業技術センター弘前工業研究所さんに、取り組みの説明をしてご賛同いただき、メンバーになっていただきました。さらに有限会社アサヒ印刷さんからの紹介で、津軽印刷株式会社さん、常盤洋紙株式会社(盛岡営業所)にも参画いただきました。ひろさき産学官連携フォーラムは弘前市も事務局として参加しているので、その関係で弘前公園の協力も得ることができました。
また、青森の製紙会社さんというと八戸の三菱製紙さんですので、弘前大学八戸サテライトのコーディネーターに紹介してもらい、ご協力いただけることになりました。
廣瀬先生:県産の和紙づくりは、やってみたかったんだよという方は結構いらっしゃる。数年前に発案はしたけれどもできなかったというお話も聞いたことがあって。単純にできるものではないですが、今、いろいろなネットワークがあって、進められています。
よりよい和紙に!試作品からわかってきたこと
―和紙はどのように作るのですか?
廣瀬先生:りんごの枝は私がもともとの研究で剪定枝をご提供いただいていた「津軽ゆめりんごファーム」さん、さくらの剪定枝は弘前公園からいただきました。
手漉き和紙を作る工程としては、まずりんご・さくら剪定枝のチップを三菱製紙株式会社八戸工場さんの協力のもと、パルプ化しました。水槽の中で楮とそれぞれの剪定枝の繊維を掬い取り、紙漉きをします。それを絞って乾かして、和紙のできあがりです。
山科URA:楮の繊維って長いんです。それに剪定枝の短い繊維を混ぜてつくると紙の質感が変わってきます。
廣瀬先生:八島くんは紙の性質を調べるのが役割です。できた紙をひっぱって、どの程度の強さなのか試験したり、和紙を顕微鏡で見て、繊維の長さや絡み合いがどうなっているかを見たりしてもらっています。
八島さん:剪定枝を100%にすると少し弱いです。今のところ楮を混ぜたほうが強くなる傾向は出ています。
廣瀬先生:りんごの搾りかすを混ぜた紙はありますが、搾りかす100%の紙にはできないんですよね。繊維が短すぎて。枝からなら紙にできます。りんごの紙と言いながら少ししか入っていないのはさびしいので、できればりんごに特化して100%で作りたいというのはありますね。
山科URA:さくらやりんごの枝は、紙にするだけでなく染料としても使えます。煮ると不思議なことにピンク色になるんですよね。枝を草木染にも使っていって、よりさくららしさ、りんごらしさの出る和紙を作っていきたいですね。
気になるりんご・さくら和紙の評価
―紙の質としてはどうなんですか?
山科URA:ねぷた村の職人さんに凧絵と金魚ねぷたを描いていただいたんですが、ロウ付けとか絵付けのノリがよかったっていうのは言っていました。楮の長い繊維と剪定枝の短い繊維がからみあっているので、にじみ具合がちょうどよくていい模様が描けたとか。
廣瀬先生:作ってみただけだと特徴っていうのはあんまりよくわからなかったんですけど、実際に使ってもらって初めてそういう特徴を教えてもらった感じですね。
八島さん:りんごの紙については試験して、桜はこれからなんですが、ねぷた村では桜のほうがちょっと描きづらかったということを伺ったので、実際にいろんな試験をしていってデータとして見れればと思ってます。
山科URA:手漉き和紙だと一枚一枚に違いが出るので、作るものによってどれがいいか選んだり、和紙の良さが出るように、少し薄くなっている部分を顔の部分に持ってきたり、デザインを工夫しながら使ってもらえています。均一な和紙よりも趣のあるものができています。
りんご・さくら和紙研究、今後の展望
―研究の今後の展望を教えてください。
廣瀬先生:やっぱりオール弘前の素材で作るってことを目指したいですね。弘前の方たちにとって、りんごやさくらは大事な資源になっている。今まで汎用的な和紙を使っていたものが地元産の和紙でできるとなるとさらに付加価値が高まるんじゃないかと思います。実際に津軽藩ねぷた村の職人さんは「この和紙は県内産なんですか?」と聞かれる場面もあるそうですしね。
山科URA:和紙を作るときに練り材としてトロロアオイというオクラ科の植物の根っこを使うんですけども、生産者が減ってきていると。これも青森で栽培できないか、ということで、教育学部技術教育講座の勝川健三准教授が、今年から栽培に関する研究を始めています。うまくいけばいろんな原料を含めて青森県産でできます。
廣瀬先生:研究会は経営戦略がご専門の森樹男教授(人文社会科学部)もメンバーです。今後、観光資源化・製品開発というところでは、森先生の講義の中で、学生にも入ってもらいながら進めていく予定です。青森市で和紙や商品パッケージの制作を手がけているデザイナーさんにも研究会に入ってもらっています。
―今年度新たにむつ小川原地域・産業振興財団の助成金を獲得したそうですね?
山科URA:手漉き和紙は1枚1枚厚さが違い、そこが味わい深いのですが印刷には向いていません。機械漉きの和紙だと厚さが均一のものを大量に作ることができるので、使い道が広がります。今回資金を獲得できたので、機械漉きの和紙の制作にも取り組んでいく予定です。
りんご・さくら和紙で青森のアピールを!
―最後に、今後の抱負、りんご・さくらの和紙がどのように使われていってほしいか、期待を教えてください。
ねぷた村で絵付け体験を実施されていますが、自分で漉いた紙で絵付けをするというのもおもしろいと思います。
僕は紙の物性の評価をいろいろな試験方法を当てはめながら進めたいと思っています。より多くの場面で使っていただける和紙になってほしいと思っているので、こういう製品に向いているとかを説明できるように、正確に評価していきたいと思っています。
おじさんたちがイメージ先行でいってしまうものですから(笑)八島くんにしっかり地に足がつくようにしてもらってます。
りんごもさくらも身近で当たり前なものという感覚で、地元の方にはそれが青森の強いアピールになるということが、意外と認識されていないと聞きます。
紙はいろいろな用途があるので、青森のアピールにどんどん使っていただければと思いますね。
= Pick Up! =
URA(ユーアールエー)って??
URAとはUniversity Research Administrator(ユニバーシティ リサーチ・アドミニストレーター)の略です。大学等において、研究者とともに研究活動の企画・マネジメント、研究成果活用促進を行うことにより、研究者の研究活動の活性化や研究開発マネジメントの強化等を支える業務に従事する人材を指します。
弘前大学では研究・イノベーション推進機構にURA室を設置していて、令和3年5月現在4名のURAが活躍しています。
【参考】URA室(弘前大学研究・イノベーション推進機構ホームページ)
教育学部 技術教育講座 木材加工研究室とは?
教育学部技術教育講座は中学校の技術科教員の養成を目指す講座です。
木材加工研究室では、データをインプットすることで木材などを加工する「NCルーター」などの設備があり、最新のものづくりを学べる環境が整っています。
ものづくりに興味のある人、技術教育を通して子どもの創造力を伸ばしたい人の入学をお待ちしています!
【参考】技術教育のサブコース(弘前大学教育学部ホームページ)
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