地域を観察して、真理を探究する

弘前大学ではこの度、弘前大学太宰治記念「津軽賞」地域探究論文高校生コンテスト*を立ち上げました!
2022年夏から募集を開始する予定です。

変化が激しく、何が起こるかわからない現代社会。
答えがただ一つではない複雑な問題に、柔軟に立ち向かい、よりよい未来をつくっていくために、
求められているのが“探究する力”です。

高等学校学習指導要領の改訂により、2022年度から「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変わります。

探究するとはどういうことなのでしょうか?

今回はコンテストにちなみ、弘前大学で地域の課題に着目し、探究に挑み課題を解決するための方法を探ってきた教員にお話を伺いました!

*弘前大学太宰治記念「津軽賞」地域探究論文高校生コンテスト


弘前大学の前身の一つである旧制官立弘前高等学校で学んだ太宰治。
小説『津軽』(1944年)は、地域の地誌、地域論として読むこともできます。

高校生のみなさんが自ら地域を探究することを通じて、自分が本当に学びたいことに気づいてもらうことを目的に、地域論文コンテストを実施します!

■詳細はこちらから

「趣のある建物」から歴史まちづくりを探る
教育学部社会科教育講座 髙瀬雅弘教授

― 先生が取り組んでいる「地域に関する研究」の概要を教えてください。

日本全国各地には、城や神社仏閣、町家や武家屋敷といった街並み、そしてそこでの仕事や生活、祭礼といった人々の営みが相まって、独特の個性をもった「まち」があります。これらを地域の資産として捉え、地域の活性化や歴史・伝統文化の保存・継承を図ろうとするのが「歴史まちづくり」です。
こうした「歴史まちづくり」を行っている都市(歴史的風致維持向上計画の認定都市)は、全国に86あります(2021年3月現在)。弘前大学が立地する弘前市にも、城下町の風情や趣が豊富にあり、東北地方では最初に認定を受けています(2010年2月認定)。私たちは弘前市内にある「趣のある建物」(弘前の風情を醸し出している古い建物)を訪ねて歩き、そこに関わる人々への聞き取りを行いました。
この活動を通して、東北地方で同じく「歴史まちづくり」を進めている、山形県鶴岡市と出会いました。「出会い」といいましたが、正確には「再会」です。今から25年ほど前、大学院生だった私は、この街を毎年訪れて、歴史資料の調査を行っていました。そして15年ぶりくらいに訪れて、当時はただ通り過ぎるだけだった街並みを、足を止めてじっくりと眺めてみました。すると昔と変わらないところ、変わったところがそれぞれ見えてきました。そこで、私にとっては懐かしい街、そしてどこか弘前市とも相通じるような親しみを感じる鶴岡市の「歴史まちづくり」というものを、そこに暮らす人々、なかでも歴史ある建物とともに生きる人々の思いという視点から探ってみることにしました。

髙瀬先生

― 着目した「地域の課題」とはどんなところですか?

歴史的な街並みや景観を大切にしたい、守っていきたいという思いは、多くの人に共有されるものだと思います。でも実際には古い建物を維持していくということは簡単なことではありません。誰が受け継ぐのか、かかる費用はいったい誰が、どこが負担するのか、といった問題が必ずついて回ります。また、建物が維持されたとして、それをどのように活用していくかという課題もあります。
私たちは、それらの前にある問いとして、「古い建物の価値とは何だろうか」について考えることにしました。建物そのものが持っている美しさや技術の粋といったことはもちろん重要です。しかし建物の価値はそれだけに尽きるものでもないと思います。そこで生きてきた人々の思い、私は記憶的価値、と呼んでいますが、これをしっかりと掘り起こして、記録して、世代を超えて広く共有し、受け継いでいくこと。これが私たちにとっての「地域の課題」になります。

弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授

― 先生はその「課題」に対して、どのように探究(調査、研究)を進めていきましたか?

私は学生のころから社会学を勉強してきたのですが、そのなかでもライフヒストリーやオーラルヒストリーという分野を専門にしてきました。ライフヒストリーは人生の歴史、生活の歴史です。人が時代や社会をどのように生きてきたのかということに注目します。オーラルヒストリーは、直訳すると口述の歴史、つまり話を聞いて、その内容を記録するというものです。
フィールドワークでは、訪れた建物がどのようなものであるのか、構造やデザインの特徴についてもお話をうかがうのですが、より大切にしているのは、建物とともに生きてきた人々の記憶にしっかりと耳を傾けることです。その意味では、建物は記憶に触れる入口のようなものともいえます。モノとしての建物を通じて人にアプローチをする。私たちが探究したいのは、あくまでも地域と、建物とともに生きてきた人々の思いであり、姿なのです。
同時に、街を歩く時間も大切にしました。弘前から訪れる私たちは旅人でもあります。「津軽賞」の名称の由来にもなっている小説『津軽』のなかで、行く先々を歩いた太宰治のように、地域が持っている独特の空気感のようなもの、それはかしこまっていえば風情や情緒といったものなのでしょうが、は、普段その外にいる者ほどより敏感に感じ取れるものなのかもしれません。

弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授

― 探究をとおして、どのようなことがわかりましたか?

私たちの探究とは、「出会い」ということに尽きます。調査を通じて出会った人々(それは所有者にとどまらず、商店街の皆さんや、行政の立場から施策に関わる方々まで、多岐にわたります)の建物に対する思いというものは、当初想像していたよりもずっとずっと深く、多彩で、そして豊かなものでした。数々のエピソードや思いに触れるほど、建物の持つ記憶的価値に引き込まれていきました。
その過程では、新たな出会いもあれば、懐かしい人との再会もありました。久しくお目にかかっていなかった方でも、あっという間に昔の記憶が蘇って、思い出話に花を咲かせることもありました。小説『津軽』では、太宰治と子どものころ「子守」をしてくれた越野タケとの再会が、感動的な場面として描かれていますが、どんなに短くても、ひとつの時間をともにした人と再び出会えたことは、鶴岡という「まち」への私自身の思いをより強いものにしました。
聞き取りをとおして、古い建物を維持し続ける人々には、城下町の文化に対する気風や心意気が脈々と受け継がれているように感じられました。しかし同時に建物や街並みというものを、個人の思いだけで維持していくことの難しさも見えてきました。
一方で、そうした思いを受け継ごうとする人々とも出会うことができました。古い建物をリノベーション(用途や機能を変更して性能を向上させたり価値を高めたりすること)して、新たな取り組みを始める人々の思いもうかがいました。
そのうえで、様々な形で存在する思い、記憶的価値というものをつなげる、共有するということの必要性を強く感じることになりました。

弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授
弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授

― どのように課題の解決に結び付きましたか?

歴史的な景観や古い建物を維持し、活用していくという課題は、短期間のうちに解決できるものではないと思います。そのなかで、私たちにできることとして、探究の成果を2冊の書籍(『人と建物がつむぐ街の記憶―山形県鶴岡市を訪ねて(1)―』『人と建物がひらく街の記憶―山形県鶴岡市を訪ねて(2)―』いずれも弘前大学出版会刊)にまとめました。本を作ることで、建物の記憶的価値を記録して、共有して、受け継いでいくことができるのではないか、と考えました。
本を読んでくださった方からいただいた感想のなかで、一番うれしかったのは、「長年この街で暮らしてきたけれど、こんなにも素晴らしい建物があることを初めて知りました」というものでした。いくらかでも、価値を掘り起こして、共有することに貢献できたかな、と思っています。
探究は、私たち自身にも新たな視点を与えてくれました。それは、「鶴岡を知り、弘前を考える」というものです。東北の歴史ある城下町を訪ねることで、私たちにとっての「地元」である弘前のよさというものもより実感できるようになりました。そうして弘前という街についても、もっと探究したいという気持ちになります。そして今度は「弘前を知り、別の街を考える」ということもできるようになるのかもしれません。さらにいえば、街並みや建物の価値や課題を共有することで、それぞれの「まち」が切磋琢磨して、お互いを高め合うこともできるのではないかと考えています。そのための探究は、今も続いています。

弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授

― これから探究に挑む高校生に対してメッセージをお願いします。

先ほども述べましたが、私たちにとっての探究とは、人と出会うことです。私が『津軽』という作品に魅了されるのは、それが様々な出会いと再会の物語であるからなのかもしれません。地域とは、様々な人々が形作るものに他なりませんから、地域を探究することは、人々の探究だと思うのです。そして、人にはそれぞれの個性があります。100人いれば、100通りの人生があります。それゆえに、真理というものにたどり着くことは容易ではありません。しかしだからこそ、簡単に答えが見つからないもの、わからないものを探究することの面白さがあり、少しだけわかった(ような気がした)ときの喜びがあるのだと思います。答えを見つけることに探究のゴールがあるのではなくて、わからないことと真摯に、粘り強く向き合い続けることにこそ探究することの意味があると私は考えています。
地域の探究は、人との出会いに満ちています。初めて出会う人の話を聞くのは難しそうだなあ、コミュニケーションに自信がないなあ、という人もいるかもしれません。でも心配はいりません。『津軽』のなかの太宰治だって、ずいぶんと不器用な感じで旅先の人々と交わっています。それでも歩を進め、出会いを重ねていくことで、地域への洞察を深めていきました。そして自分にとっての地域、すなわち故郷としての津軽を見つめ直していきます。それが小説という形を取って、彼が「大切にしたい」と思ったものを現代の私たちに伝えています。
私たちが暮らす地域には、日常の生活のなかでは気づかない、けれども「大切にしたい」と思えるものがたくさんひそんでいます。それは必ずしも堅苦しい文化的価値をともなわなくてもいいのだと思います。人の思い出や記憶を手がかりに、今暮らしている「まち」、あるいは訪れた「まち」のなかで、みんなと一緒にこれからも大切にしていきたい風景や建物を探してみましょう。そしてそれらを受け継いでいくためにはどんなものが必要か、どんなことをすればよいのか、考えてみませんか。

弘前大学教育学部髙瀬雅弘教授