弘前大学が位置する青森県津軽地方は世界有数の豪雪地帯であり、世界自然遺産・白神山地を擁する自然豊かな地域です。寒冷地の気象や雪氷の研究が専門の石田祐宣先生は、津軽地方を絶好の研究フィールドととらえ、気象観測や白神山地の環境調査を通じて気象変動の実態解明に取り組んでいます。近年頻発する異常気象についても、これらの調査を通じて解明が進んでいます。

寒冷地の気候変動と雪氷現象を研究

理工学部 地球環境防災学科
石田 祐宣(いしだ さちのぶ)准教授

温暖化による水循環の加速が引き起こす異常気象

気象学では「地面と大気が互いにどのような影響を与えているか」を考えることが重要です。例えば気温を考えると、都市部はヒートアイランド現象により高温化しやすい一方、草木が生い茂っている山の中などの植生地は比較的涼しい状態が保たれます。この差を作り出しているのは「水」です。人間が汗をかいて体温を下げるように、水が蒸発する際に気化熱を奪うことで気温が下がります。植生地は地面に水分が保持されているため蒸発量も多く、都市部の乾燥した地面と比べて高温化しにくいという特性があります。

こうした水の蒸発は地面だけでなく海面でも起こっています。海面から蒸発した水が上昇して雲となり、雨や雪となって地上に降り、再び蒸発するという循環が地球上で行われているのですが、地球温暖化により、このサイクルが加速していることが問題となっています。
世界的に海水温の上昇が観測されており、特に日本近海は世界平均を上回る上昇率を示しています。もともと海に囲まれた日本は降水量が多い傾向にありますが、海水温の上昇が続くことで水の蒸発量と雲の発生量が増え、水循環が加速すると、極端な降雨・降雪が増える可能性は高まっていき、一方で乾燥して長い期間、雨や雪が降らなかったりする状況も引き起こります。各地で頻発する大雨や大雪、水不足といった異常気象はこうした水循環の変化が一因となっていると言えるでしょう。

「ドカ雪」「重い雪」がこれから増える?

今季(2024年度)の弘前は観測史上最大の積雪を記録し、家屋や樹木の倒壊が多発する豪雪災害に見舞われました。今季の特徴として、一度に多くの雪が降る「ドカ雪」が頻発したこと、さらに雪の重量が例年より大きかったことが挙げられます。水循環の加速により大雪の頻度が増加し、同時に気温上昇によって雪に含まれる水分量が増え、湿った重い雪が降るようになったのです。

津軽地方の28地点で1~2月に行った積雪密度の調査では、通常の新雪が1㎥あたり100kg程度であるのに対し、ほぼすべての調査地点で1㎥あたり350~400kgという高い値を記録しました。これは例年の3月並みの重さです。平均気温については同じく積雪量が多かった2012年度に比較して約2度高く、これらの現象に温暖化が関係していると考えています。
海水温は短時間で大きく変化しにくいため、大陸からの寒気に覆われた場合にこのような大雪が降りやすい状況はしばらく続くとみています。気温上昇により、これまでは雪として降っていたものが雨に変わることで年間の降雪量そのものは段階的に減少していきますが、厳冬となるシーズンでは、今季のような「ドカ雪」「重い雪」といった極端な降雪現象が再び現れるかもしれません。

今冬の積雪調査(防災科学技術研究所との共同調査)
今冬の積雪調査(防災科学技術研究所との共同調査)
雪の重みで幹折れしたリンゴの木
雪の重みで幹折れしたリンゴの木

白神山地のブナ林にもおよぶ変化

世界自然遺産の白神山地や豪雪地帯という青森県の持つ自然豊かな環境へのあこがれがあり、1997年に弘前大学へ赴任しました。着任当時の3月中の弘前はまだまだ雪が残っていましたが、今季は例外として近年では3月上旬にもなると雪どけになっており、近年は季節変化が大きく変化していると強く感じるとともに観測データにもその傾向が表れています。

白神山地は世界最大級の原生的なブナ林で知られますが、このブナ林を天然の状態で保っているのが雪氷です。ブナは雪に強い特性を持ち、一方で雪深い白神の環境では他の樹種が生き残れないため、ブナ林が維持されてきました。ただ、温暖化の影響でこの状況も変化していく可能性が高まっています。

里での雪どけが早まっているのと同様に、白神山地内でも以前は5月上旬だった雪どけが、現在は4月上旬~中旬までに早まっています。このまま雪が減少していくと、これまでは雪氷環境に耐えられなかった他の樹種が進入していく可能性が高まり、気温予測ではブナの適域そのものが北海道にまで移ります。樹木は種子によってしか移動できないため、急激な気温上昇に対応できない恐れがあります。雪解けのタイミングの変化は植生にも大きな影響を与えるため、温暖化の速度が速すぎることが新たな環境問題を引き起こしているのです。

一方、炭素循環の観点では良い点もあります。ブナはおおよそ雪解けのタイミングで他の樹種に先んじて芽吹きますので、雪解けが早まるとブナの生長期間が長くなり、温室効果ガスである二酸化炭素を光合成により多く蓄えてくれます。

温暖化の影響を調べる土壌呼吸測定システム(国立環境研究所との共同研究)
温暖化の影響を調べる土壌呼吸測定システム
(国立環境研究所との共同研究)
白神山地フラックスタワー(34m)上からの景色
白神自然観察園の気象観測塔

津軽は研究のしがいがあるフィールド

私の研究領域は雪氷と、身のまわりのスケールの局地的な気象現象や気候変動についてです。気候変動を予測するには「全球気候モデル」を用いますが、これは地球や大気を1マス10km程度四方の格子状に区切ったものであり、細かい予測にはさらに細かい格子(グリッド)でのシミュレーションと現地での観測調査による検証が不可欠です。地道ではありますが、観測データを増やしていくことが最も重要な研究手法となります。モデルで立てた予測を現地での観測で検証し、ずれがあれば修正して、多くのデータを蓄積していきます。

白神山地フラックスタワー(34m)から見た森林樹冠の様子
白神山地フラックスタワー(34m)から見た森林樹冠の様子

全球気候モデルでは地形の微細な起伏までは表現できませんが、津軽地方は八甲田山、岩木山、白神山地があって山間部が入り組んでおり、特に白神山地は標高が高くても1250m程度ですが、日本海に面して山と谷が入り組んでいるため降水量も年間を通して多く、複雑な気候条件を生み出しています。こうした変化に富んだ環境は、研究対象としてかなり興味深く、寒冷地特有の局所的な現象にも面白みを感じています。雪となると住んでいる人にとっては大変なものでしょうが…(笑)

積雪測定用の棒を持つ石田先生

この研究に興味がある方へ、石田先生からメッセージ

私の専門は気象学です。気象学は気象予報に直結するので、それだけでも大変魅力的な学問分野です。雪氷学も気象学をベースとしながら、先述のように奥深い学問分野です。また、雪氷は寒冷地域の防災を考える上で重要な要素ですし、自然環境の変化にも大きな影響を与えます。
弘前大学周辺は自然環境に恵まれており、気象や気候変動を肌で感じながら研究することができます。私の所属する理工学部地球環境防災学科は、気象・気候だけでなく、地球を取り巻く幅広い研究を対象としています。この恵まれた環境で、フィールドに出て一緒に研究をしてみませんか?

■石田先生の研究に関連する新聞記事
今冬の津軽地域における積雪調査結果を取り上げた新聞記事