国際化が進むなか、食と農業をめぐる課題はさまざま。弘前大学農学生命科学部は5つの学科から構成されており、基礎科学の生物学や分子生物学から、応用科学の農学、経済、工学まで学べる日本で唯一の学部です。
2016年には「食」と「グローバル化」をキーワードに、国際化に関する科学的な視点を養う教育プログラムを大幅に強化。国際園芸農学科では、2年次の必修科目として「海外研修入門」をスタートさせ、世界の食料生産や流通について学ぶことができます。その中でも「家畜飼養学」を研究している松﨑正敏教授にお話を伺いました。

バラエティに富んで面白い人が多かった畜産の研究室

― 先生は、弘前大学農学部(現:農学生命科学部)ご出身だそうですね?畜産の研究を選んだ理由を教えてください。

農学部を選んだのは、千葉県の実家が農業を営んでいたので、なんとなく馴染み深かったこと。
もうひとつには、小麦の品種改良によってアフリカや中国で飢餓に苦しむ数億人の人々を救い、ノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグに影響を受けたからです。
入学当時は、作物の品種改良について学びたいと思っていました。3年生になる前に研究室を決めるのですが、作物育種・作物栽培などに比べて、畜産に進む人はバラエティに富んでいてユニークな人が多かったんです。

弘前大学農学部(現:農学生命科学部)の研究室にて、大学1年生の頃の松﨑教授
弘前大学農学部(現:農学生命科学部)の研究室にて。大学4年生の頃の松﨑教授(写真上段左から4番目)

また、祖父や父がレジャーハンターで、子どもの頃よくハトやキジ、カモ、ウサギなどの肉を食べていたことも関係があるかも知れません。今でいうジビエですね。
弘前に来て、初めてお店で鶏の唐揚げを食べた時は、衝撃を受けました。明らかに、これまで自分が食べてきた肉とは違う。「何だこれは?!こんなに柔らかくて、クセのない肉が世の中にあるのか!」と。カルチャーショックでした。

そんな体験もあり、なんとなく畜産に興味が湧いたのでしょうね。
正直、畜産の分野でこの研究をしてみたいという明確な目的があったわけではなく、たまたま畜産を選んだという感じでした。

弘前大学大学院農学研究科修士課程(現:大学院農学生命科学研究科修士課程)を修了し、農林水産省に入省しました。国の農業試験場で、栄養によって牛のホルモンの分泌がどう変化するか、肉質にどういう影響を及ぼすのか等の研究を長年行い、2006年、弘前大学に赴任しました。

生まれてすぐの栄養状態が、動物の一生を左右する

― 先生の研究テーマについて教えてください。

専門分野は「家畜飼養学」です。
どんなえさを与えると、おいしい肉やミルクが生産されるのかなど、動物の栄養や生理、飼料の研究をしています。

近年、胎子期や生後の初期成長期の栄養によって、その後の体質、代謝システムに、取り返しのつかない影響を及ぼす“プログラミング現象”の存在が明らかになってきました。これにより、生活習慣病にかかりやすい体質との関係性も少しずつわかってきました。プログラミング現象の発現メカニズムを解明するために、動物の個体レベルから分子レベルにわたって研究を進めています。将来的には、家畜の潜在的な生産能力を引き出すような、初期成長期の栄養管理法開発などへの応用を目指しています。

農学生命科学部 国際園芸農学科 園芸農学コース 松﨑 正敏(まつざき まさとし)教授

全国一の生産量を誇る青森県のりんごを活用した
A5ランクの「弘大アップルビーフ」

― 弘大から生まれたブランド牛肉があるそうですね?

青森県は日本最大のりんご産地であり、それに伴い、りんごジュースの製造過程で出るりんごかすも全国一の産出量です。
弘大では、こうした地域特産資源を飼料として活用し、県産牛肉のブランド化を推進する取組みを行っています。「弘大アップルビーフ」は、黒毛和牛にりんごかす発酵飼料を与えて生産した高級牛肉です。りんごかす発酵飼料を与えることで、一日に日本酒一升瓶2本に相当するアルコールを摂取することになります。これが牛のストレス緩和や、肉質改善につながっているのでは、と考えて研究を進めています。地域の資源を利用した持続可能な牛肉生産のモデルを提案したいと思っています。2018年の農場祭では5年連続してA5ランクを獲得した弘大アップルビーフの販売を行いました。まだ市場には流通していませんが、青森県内のスーパーや弘大のイベントなどで試食販売などをしています。

りんごかすを利用した発酵飼料
りんごかすを利用した発酵飼料。家畜の嗜好にも合っているという
弘大アップルビーフ
試験生産した「弘大アップルビーフ」

また、弘大の敷地内にある施設では、サフォークという種類の羊を飼育しています。
生まれたての羊は、本当にか弱くて生き延びるのに必死です。お母さんのミルクが飲めないと、たちまち命の危険にさらされてしまう。学生たちは、交替でミルクやえさやりをしながら体調を管理し、一生懸命お世話をしています。
現在、弘大アップルビーフの研究をベースに、りんごかすの配合割合を変えて羊に応用する「アップルラム」の研究も進めています。

弘大の敷地内にある施設でサフォークという種類の羊を飼育
毎日欠かすことなく、学生が交代で羊のお世話をする
弘前大学農学生命科学部の学生が記録している「羊の飼育日誌」
学生は「飼育日誌」を記録し、羊の体調管理を徹底している

アップルラムの加工試作品

弘前大学のアップルラムのウィンナー・ソーセージ・ベーコン
無添加で加工したアップルラムのウィンナー・ソーセージ・ベーコン

弘大だから実現できる
全国でも珍しい畜産農家での住み込み実習

― 研究室の学びにおいて、特徴的なことは何ですか?

私の研究室の学生は、3年生の夏休みに1週~10日間、北海道の畜産農家で実習を行っています。
そこは、弘大の研究室の卒業生が経営している畜産農家で、毎年、後輩たちを受け入れてくれています。畜産を学ぶ学生が、実際に畜産農家に住み込みで実習できるケースは全国的にも珍しくなってしまっています。弘大OBの協力があって実現できている学びです。

この実習は学生たちにとって、畜産農家の現状にふれ、自分と向き合い、将来自分がやりたい仕事を考えるきっかけになるようです。こうした貴重な体験ができるのは、弘大の強みです。

国際園芸農学科の必修科目「海外研修入門」は、
協定校などとタッグを組み、海外の農業の現状を視察

― 国際園芸農学科の学びにおいて、特徴的なことは何ですか?

国際園芸農学科では、海外研修入門を必修科目としています。研修を通して、世界の食料生産や流通について学び、食と農業をめぐる課題や解決法を学ぶためのカリキュラムです。
2年次の全学生がいくつかのチームに分かれ、研修期間は7~10日間程度で海外を訪問し、視察・調査を行います。私が引率したアメリカでの研修には、昨年は8人、今年は9人の学生が参加しました。海外研修入門は、国際園芸農学科の学生は必修ですが、他の学科でも希望する学生は成績や学習意欲等に基づき各学科5名を上限として履修することができます。

弘大は海外に多くの協定校を持っているのも強みです。
私が引率する海外研修では、協定校のひとつである、アメリカのテネシー大学マーチン校を訪問しました。テネシー大学マーチン校は弘大の最初の協定校で、40年近くにわたる交流があります。
アーカンソー州では、ミシシッピー川沿いの巨大な水田地帯を視察しました。その規模は圧巻で、学生たちも目の前に広がる光景や、日本とはスケールの違う農業経営に目を見張っていました。

また、世界大手のハンバーガーチェーンのチキンナゲットを製造している工場も見学しました。さまざまな最先端の施設を見学できるのは、やはり協定校の協力体制と、弘大の人的ネットワークの力が大きいと思います。

以前、テネシー大学マーチン校の農学部長が弘大にいらっしゃったことがあり、逆に私も行かせていただいたことがあります。双方向での人の行き来があり、学生が海外で学びやすい環境が整っていると感じています。

海外研修入門の様子
海外研修入門の様子

地方にある弘前大学は、“国際標準”の立地条件

― 高校生へメッセージをお願いします。

弘前大学農学生命科学部 家畜飼養学 松﨑教授

弘大の農学生命科学部は、農業の広い範囲をカバーしているのでバランス良く学ぶことができ、そのうえで自分の好きな分野を選ぶことができるのが魅力です。畜産にしても、単科大学で学ぶのと比べて農業全体のなかの畜産という視点で考えることができるわけです。このように、多様な学びが共存しているところが強みだと思います。また、総合大学なので他学部との交流もさかんです。

日本の場合、大学は都市部に集中していますが、世界的に見ると、弘前のような比較的小さな規模の街に大学があるのが一般的で、弘大は国際標準の立地条件にあるといえます。
弘前は歴史が豊かでとても環境がいいし、余計な雑音がない分、集中して勉強ができると思います。

大学入学はゴールではなく、ここからがスタート!未来の夢に向かって、ぜひ一緒に学びましょう。

Questionもっと知りたい!松﨑センセイのこと!

― 先生は、現在、弘大で馬術部の監督もされているそうですね?研究、部活と動物とふれあう機会が多いですね。

弘大に入学して馬術部で乗馬を始めました。就職してからも馬術を続けられる環境に恵まれ、今も現役選手として東北大会や国体を目指しています。

動物が好きで、自宅でも犬(はなこ)と、猫(レイモンド)を飼っています。猫は5年ほど前に金木農場に捨てられていたのを拾ってきました。左右の眼の色が異なるオッドアイです。犬のはなこは学生の実習先の農家からゆずってもらってもう10年、だいぶ老犬になりましたが、彼女たちと一緒にのんびり過ごす時間が好きです。

*弘前大学馬術部を紹介している記事はこちら 『弘大のサークル・部活紹介vol.2 真剣勝負!体育会系部活』(水泳部・馬術部)

馬術の障害競技に出場する松﨑教授
馬術の障害競技に出場する、松﨑教授

― ご趣味は?

趣味は研究です(笑)。研究以外ですと、歩くことかもしれません。

2003年から1年間、前の職場の留学制度を利用しスコットランドで暮らしたのですが、スコットランドの方は、平気で2~3時間歩きます。
それがきっかけで自分も毎日、4~5㎞の通勤距離を歩いていました。

今も歩くのは好きで、年に何度か長距離を歩いています。
昨年、三男(中3)と一緒に弘前市街から嶽温泉まで歩き、そこに一泊して、さらに翌日は鰺ヶ沢まで歩きました。
今年は電車で今別駅まで向かい、1日目は今別駅から龍飛まで歩いて、そこでやめれば良かったのですが、2日目は小泊まで行きました。息子はもう一緒に行くのはこりごり、という感じです(笑)。
(今別駅⇒龍飛まで徒歩約4時間、龍飛岬⇒五所川原市小泊まで徒歩約6時間)

スコットランドにて
スコットランドにて
今別駅から龍飛まで長距離ウォーキングをした際、記念に撮影
今別駅から龍飛まで長距離ウォーキングをした際、記念に撮影

弘大アップルビーフ・アップルラムの詳細はこちら

Profile

農学生命科学部 国際園芸農学科 園芸農学コース 教授
松﨑 正敏(まつざき まさとし)

千葉県生まれ 。
専門分野は反芻家畜栄養生理学、飼料資源開発、産肉生理。
1987年弘前大学農学部農学科を卒業し、1989年には弘前大学大学院農学研究科修士課程修了。
その後、農林水産省に入省し、畜産試験場や九州の農業試験場で家畜生理を中心に研究を行う。2003年から1年間、スコットランド アバディーンにあるRowett研究所で客員研究員(農研機構在外研究員)として在籍。
2006年、弘前大学農学生命科学部へ助教授として赴任し、2011年に教授就任。
本学が推進する事業のひとつである「アグリ・ライフ・グリーン分野における地域の特性・資源を活かしたイノベーション創出・人材育成」生産部会リーダーや、農学生命科学部における学生の海外研修導入に初期の段階から携わるなど、人材育成にも尽力する。
学外では、青森県農政審議会会長、日本産肉研究会会長などの役職も務める(2018年12月現在)。