世界中で問題となっている地球温暖化。地球の平均気温が変化することにより、自然環境や人の暮らしにもさまざまな影響が及ぶことが懸念されます。
2015年に弘前大学に着任した野尻幸宏教授は、国立研究開発法人 国立環境研究所時代から、世界各国の研究機関と共同で、気候変動と海洋に関する研究に取り組んできました。また、そうした経歴が評価され、2007年にノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書の執筆にも関わっています。野尻教授に、これまでの研究や弘前大学での学びについてお話を伺いました。

「地球のことをもっと知りたい!」

― 先生が研究の道に進んだきっかけを教えてください。

私は福井県出身ですが、地元出身の有名な地球物理学者に竹内均(1920-2004)という方がおりました。彼は、東京大学教授で地震学の権威でもあり、小松左京のベストセラー小説『日本沈没』の監修にも関わった方です。1973年に映画化された際には、本人役として映画に登場しています。彼の影響もあり、「地球のことをもっと知りたい」と、思ったのが研究の道に進んだきっかけです。

東京大学理学部化学科に進学し、そこで初めて「地球化学」という分野があることを知りました。これは面白そうだと思い、そこから興味が湧き始めました。
4年生の時に公務員試験に合格しましたが、同大大学院に進み、無機分析化学を専攻しました。大学時代の指導教官が、「国立公害研究所」(現・国立研究開発法人 国立環境研究所)の部長を兼任しており、「君、卒業後はそこで働いてみないか」と、勧めてくれました。
1970年代、日本は公害の時代でした。高度経済成長期に重化学工業化による産業公害が拡大し、水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどが発生し、多くの患者さんが苦しんでいました。少しでも環境汚染問題の解決につながれば、という社会的な正義感や使命感もあり、1981年、研究所に入りました。

国立環境研究所の研究室で
国立環境研究所の研究室で

公害問題から地球温暖化問題まで。世界の火山、海、湖をフィールドに研究に取り組んだ34年間。

― 研究所では、どんな研究に取り組んでいたのですか?

この研究所は、単に公害問題への取組みだけでなく学術研究も重視しておりました。そのため私は、最初の10年間は、国内外の火山を対象に天然水試料の化学分析に最新の分析化学技術を応用する研究を行ないました。北海道の摩周湖の湖沼調査から明らかになった湖底湧水の研究をはじめ、日仏共同研究でフランスと日本の深海潜航艇に乗船し、海底熱水の現場を発見したこともあります。アフリカの火山湖ニオス湖で災害調査を行なったこともありました。このように、80年代の私の研究は、まさに地球現象の不思議さを肌で感じた日々でした。

1980年代後半になると、地球温暖化など、広域的な環境問題解決の必要性が高まってきました。そこで、研究所は改組を行い、1990年、「国立研究開発法人国立環境研究所」という名称に改称。私は、地球温暖化の研究チームに加わりました。
1995年からは、気候変動と海洋の関係を研究テーマとして重要なプロジェクトに関わったり、あるいはそのプロジェクトの代表として研究を進めてきました。1997年から2000年にかけては、亜寒帯海洋の定点で季節変動を含む海洋の生物地球化学過程を観測するプロジェクトの代表として研究を行ないました。2001年から2004年には、北西太平洋の生物生産(植物プランクトンの増殖)における海水中の鉄の役割を明らかにする現場海洋鉄散布実験に加わり、日本、カナダ、米国などの研究機関と共同研究に取り組み、成果を上げました。

海底調査について説明する野尻教授

時代が直面する環境課題に向き合い、「IPCC」から感謝状も。

― 2007年にノーベル平和賞を受賞した「IPCC」(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書の執筆者として活躍されたそうですね?

こうした研究の経歴のおかげで、2004年から編纂が行なわれたIPCC第4次評価報告書(AR4)の執筆にも関わることができました。IPCCとは、世界中の気候変動の専門家や研究者で構成されている国連の組織で、日本では「気候変動に関する政府間パネル」と訳されています。各国の政府から推薦された研究者の研究やデータから気候変動を評価する報告書を作り、気候変動やそれに関係する政策の判断の科学的な根拠を提供している組織です。

IPCCは2007年、人間の活動によって引き起こされる気候変動の問題を知らしめ、対応策の土台を築いたことが高く評価され、ノーベル平和賞を受賞しました。私も編纂に関わったことから、IPCCよりノーベル賞のレプリカが記された感謝状をいただきました。

このように、私は研究所で34年間にわたり、公害の問題から地球温暖化問題まで、その時代が抱えるさまざまな環境課題に取り組んできました。

IPCCからの感謝状を持った野尻教授
IPCCからいただいた感謝状

全国から学生が集まる「地球環境防災学科」。卒業生は、専門知識を生かし、官公庁や気象関連会社をはじめ、さまざまな業界で活躍!

― 弘前大学では、どんな講義を行なっていますか?また、卒業生の進路について教えてください。

2015年、弘前大学に着任し、今度は学生たちの教育に携わることになりました。気候のことを本格的に学べる学部・学科が整備されている大学は、全国で10ヶ所ほどしかありません。本学の地球環境防災学科は、天文・宇宙、気象・気候、海洋、地震、地質など幅広く学べるのが特徴です。そのため、北海道や関東、近畿、中部など全国から学生が集まっており、県内出身の学生比率は1~2割程度です。

私は、地球環境防災学科で海洋を理解するための講義を行なっています。21世紀、最も深刻な環境問題である気候変動の問題が今後どうなっていくのかを考えた時に、海洋の役割はとても重要です。人間活動によって放出された二酸化炭素が海水に溶け込むことで起こる海洋酸性化により、海洋生態系に深刻な影響を及ぼすという新たな問題も生じています。私たちは、海洋の観測とデータ解析から、地球温暖化と海洋の関わりを解明する研究を行なっています。

また、私は常々、専門教育だけでなく、教養教育科目においても、多くの学生にこうした問題について考える力を養ってほしいと考えていました。ある時、IPCC評価報告書の和訳を教養教育の教科書に使ってはどうかと思いつきました。そこで、2016年からは、「気候変動と現代社会」というタイトルで教養教育の講義を行なっています。学生たちは、15回の講義で120ページの冊子のほぼ全文を読むことになります。IPCC評価報告書では、世界のさまざまな分野の研究者が、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行っています。冊子を読むことで、学生たちは気候変動が、自然科学・現代社会・国際関係と深く関連していることを学ぶわけです。

学科の卒業生は、理工学部の中で、地方公務員になる率が一番高いことが特徴です。気象、環境、防災、地質など専門性の高い知識は、各自治体が求めているものです。企業就職では、専門知識が生かせる建設関連(建設会社、建設コンサルタントなど)、環境関連(環境コンサルタント、資源再生など)、社会インフラ関連(鉄道、道路など)などが、製造業より多くなります。

気候科学の学びを通じて、地球の未来を見つめ、行動できる人を育てる。

2018年のオープンキャンパスの様子
2018年のオープンキャンパスの様子

― 講義を通じて、学生たちに伝えたいことは?また、高校生へのメッセージをお願いします。

温暖化をはじめとした気候変動の影響は、農林水産業に大きく現れます。そのため、将来の気候・環境に適した作物の選択や水管理、施肥などの育成方法を適切に変えていく必要があります。そのため、私たちは、現在、青森県産業技術センターりんご研究所など各自治体に対し、気候変動適応策の支援を行なっています。21世紀の中ごろや終わり頃に、気温が2度から4度ほど上がるとすると、霜の害が減ると思われるかもしれませんが、りんごの生育も早くなるので、霜が降りるタイミングとの関係が問題になります。また、気温が上昇しすぎると、りんごの栽培には適さなくなります。北東北の農業研究所の関係者と協議しながら、情報を提供しています。

22世紀以降に重大な気候変動が起きないようにするためには、今世紀末の気温上昇を2度で抑える「2度目標」を達成することが必要です。そのためには、豊かさ、快適さ、便利さを求める技術開発より、持続可能な再生可能エネルギーとエネルギー利用効率向上に向けた技術開発が大切であると考えます。
気候の問題は、「不都合な真実」として正しく伝えられていない面もあります。
私は、2016年1月に放送されたNHKの科学番組「サイエンスZERO」にゲストとして招かれ、「温暖化の新たな危機!海洋酸性化」というテーマでお話しました。これまでの知識や経験を生かし、多くの人に地球の未来のことを考えるための正しい知識を身につけてもらうことは、私の役目だと考えています。幸い、本学では、一昨年は101名、昨年は162名、今年は213名の学生がIPCC評価報告書を読み、理解して社会に巣立っています。もし、仮に同じような講義を100の大学で実施すれば、毎年2万人の国民が気候変動問題の全体像を理解することになります。
「正しい知識を持った人を育てること」。これこそが、日本で脱炭素社会を築く原動力になるかもしれないと信じ、学生たちと向き合っています。

高校生の皆さんには、どんどんフィールドに出て、今、自然のなかで起こっていることを見に行ってみることをお勧めします。せっかくまわりに自然があるのだから、山でも川でも海でもどんどんでかけて、触ってみる、つかまえてみる。それが出発点です。自転車でも結構遠くまで行けますよ。「地球を知りたい」と思う人は、ぜひ私たちと一緒に学びましょう!

Questionもっと知りたい!野尻センセイのこと!

― 先生の学生時代はどんな大学生でしたか?

大学の講義をほぼ欠席しないで受けていました。また、専門課程では、毎日午後は学生実験というのが化学科のカリキュラムでしたので、実験が上手になりました。
大学院では、早い段階から本格的な研究を始めて、進んで成果を学会で発表できるようになりました。

― お休みの日はどのように過ごしていますか?

温泉巡りが好きで、これまで159ヶ所の温泉に行きました。研究室の壁には、青森市、弘前市、黒石市などの温泉マップを貼っています。これまで行ったことのある温泉は黄色いシール、今は閉業してしまった温泉は青いシールを貼り、印をつけています。青の上に黄色のシールを貼っている温泉は、いったん閉業したけど、その後復活した温泉です。

野尻教授の温泉マップ

音楽鑑賞も好きです。特にクラシックが好きで、クラシックのCDは8,000枚くらい持っています。時々、オペラの観劇にもでかけます。

自転車でいろいろな所に出かけることもあります。山を走るのは最高に気持ちがいいですね!

思い出の写真館

アフリカの火山湖ニオス湖で災害調査
日仏共同研究での深海潜航艇に乗船

1988年のアフリカの火山湖ニオス湖での災害調査の時の写真(1枚目)と、1989年の日仏共同研究での深海潜航艇に乗船した時の写真(2枚目)。

Profile

理工学部 地球環境防災学科 教授
野尻 幸宏(のじり ゆきひろ)

福井県生まれ 。
東京大学大学院卒業後、国立公害研究所(現・国立研究開発法人 国立環境研究所)に入所。プロジェクトの代表として研究を進めるなど、様々な研究に取り組み成果を上げる。ノーベル平和賞を受賞した「IPCC」(気候変動に関する政府間パネル)第4次と第5次評価報告書の執筆者としても活躍した。 2015年、弘前大学に着任。専門は環境地球化学。