ボールに回転をかけると曲がるのはなぜ?
レーシングカーの車高は、なぜ低いの?
川の流れが源流では速く、川幅の広い下流ではゆるやかになるのはなぜ?
こうした疑問を解決してくれるのが流体力学。気体や液体など流体の運動を解析する学問です。
理工学部機械科学科の城田農准教授は、流体力学をベースに、工学的応用を目的とした流体工学の研究に取り組んでいます。
最前線の研究と機械科学科の特徴、学生を指導するうえで大切にしていることについてお話を伺いました。

気泡の“丸い形”と “2個”という数字に惹かれた!?

取り組んでいる研究分野は何ですか?また、その分野に進んだきっかけについて教えてください。

研究分野は流体力学です。液滴や気泡の力学、沸騰、また、物質の複数の相が混ざり合って流動する現象を扱う混相流を専門としています。
この分野に興味を持ったのは大学4年の4月。卒業研究のテーマとして選んだことがきっかけです。当時、研究室の先生が候補に挙げてくれたテーマは次の3つ。まず、超音速旅客機に関する研究、次に、火山に関する研究、そして、気泡力学に関する研究です。学生たちに人気だったのは、やはり超音速旅客機。宇宙ロケットやコンコルドなどを対象とした研究はかっこよくて、流体工学の分野では花形でした。私自身も、もともとそういう分野に興味があって大学を選んだのですが、卒業研究のテーマ選びのときには、気泡力学に魅力を感じるようになっていったのです。

なぜ、気泡力学に惹かれたかというと、まず、ひとつには、気泡の“丸い形”です。超音速旅客機のように複雑な形に比べて、シンプルな丸い形は解析的な取り扱いがしやすいんですね。それから、肉眼ではわからないのですが、高速度カメラで見ると丸い形が変形・分裂・合体し、まるで生き物のように振る舞うのです。機械科なのに、液滴や気泡のように柔らかくて自由に変形する物体を研究する点が面白いと感じました。

もうひとつ魅力的だったのは“2個”の気泡力学という数字です。たとえば地球と月のように、お互いに影響し合う物体が2個あると、運動のバリエーションが豊かになり、またその力学は物体がたくさんある場合の運動の基礎となります。そうしたことに魅力を感じたこともあり、このテーマを選ぶことで流体力学をより深く学べるのではないかと思ったのです。
研究が始まると、テーマの面白さに加えて、不具合だらけの実験装置や計測装置に愛着がわいていき、研究に没頭しました。

液滴研究の最前線、オランダのトゥウェンテ大学での研究

弘前大学に赴任するまでの経緯と、研究内容について教えてください。

大学院の博士課程を修了し、福岡の大学で4年ほど研究職に就いていました。2009年に弘前大学に赴任し、その後、流体の研究において世界最先端のオランダのトゥウェンテ大学で、液滴の沸騰の研究に取り組みました。

スーパーコンピュータのCPU部に代表されるように、半導体素子の小型化や高速化を図るうえで最大の障壁は熱くなることです。そのため、科学者たちが、冷却の高効率化とそのメカニズム解明に取り組んでいます。沸騰を利用することで、液体から蒸気への相変化に伴い熱が奪われ、また沸騰で生じた気泡運動によって、高い冷却能力を発揮します。相変化による冷却は、注射の前に皮膚にアルコールを塗ると冷たくなるのと同じ原理です。
当時、私が所属していたトゥウェンテ大学の研究室には、世界中から20人ほどの博士研究員や30人ほどのドクターの学生たちが集まっており、さまざまなことを学びました。そして、2016年に再び弘前大学に戻りました。

オランダで住んでいた部屋
オランダで住んでいた部屋
オランダの青空市場
住んでいたアパートメントから歩いて1分の広場では、毎週末、青空市場が開かれる

技術を応用し、産業・医療業界に貢献したい!

現在、先生の研究室ではどんな研究を行っているのですか?

私たちの研究室では、液滴や気泡、粒子を含む流れの現象解明と、それらを各種産業・医療技術へ応用することを目的とした研究を行っています。

開発コストと時間を削減! 画期的な液滴衝突による物性計測法

現在、開発を進めているのは、液滴衝突による物性計測法です。これは、液滴を1滴落とすだけで、粘度、表面張力、密度の3つの液体主要物性を同時に計測できる、まったく新しいコンセプトの物性計測法です。従来の手法では、それぞれの物性ごとに計測器が必要で、約100ccのサンプルを要し、計測時間も数分間かかっていました。それに対して、私たちが開発した液滴衝突法では、サンプル量は0.1ccもあれば十分で、計測時間は液滴が落下する1秒程度。メンテナンスは、液滴が衝突するスライドガラスなどを交換するだけ。従来技術では困難だった凝固性液体や、不純物の混入を嫌う化学分析サンプル、高価な機能性液体の計測にも適しており、開発コストと時間を大幅に削減することができます。

先進的な薬剤吸入装置・スマートネブライザーの開発

医療技術への応用では、スマートネブライザーの開発にも取り組んでいます。ネブライザーとは、小児科などの病院で見かける、薬液を霧状にして口や鼻から吸入するための装置です。吸入された薬剤粒子は、粒子の大きさ、吸入の仕方、気道の形状によって付着する場所や割合が変わってきます。私たちは、コンピューターシミュレーションと、3Dプリンターを用いた気道モデルの実験によって、吸入された微細粒子の付着特性を調べています。
私たちの最終的な夢は、患者さんごとに異なる気道形状や吸引特性、疾病に応じて、適切な大きさの粒子を呼気に合わせて生成するスマートネブライザーを開発することです。

自動車塗料の未来を変える!?メーカーと共同研究

塗料メーカーや自動車メーカーと一緒に、自動車塗装の効率と品質の向上について共同研究も行っています。自動車塗装では、塗料は塗装機によって微細な噴霧へと微粒化され、高速気流にともない車体へと吹き付けられます。私たちは、塗料液体が液滴へと微粒化するところと、液滴が車体へ衝突し広がるところを重点的に研究しています。

自動車塗装の研究を重ねるなかで、これまでとは違った新しいテーマにも魅力を感じています。車体のカラーは、同じ赤ひとつとっても時代によって移り変わっています。鮮やかな赤、深みのある赤などさまざまです。時代と共に変化を繰り返す時、では、人の感性は果たして何によって決まっているのだろうと不思議に思うことがあります。自動車塗装の研究をきっかけに、そういったテーマにも関心を持つようになりました。

医用コースがある機械科は全国でもまれ!

弘前大学の魅力と、機械科学科の魅力は何だと思いますか?

弘前大学は総合大学であり、なおかつキャンパスがコンパクトなので、人の交流や、学問の分野を超えて協力しながら研究を行う学際研究が活発なことです。

機械科学科では、2年次前期までに機械工学の基礎を修得し、2年次後期からは知能システムコースと医用システムコースに分かれます。医用システムコースがある機械科は全国でもまれです。知能システムコースは、知能化機械の技術者・研究者として国際的に活躍できる人材を育てます。また、医用システムコースは、新産業分野として期待される医用システム産業に対応できる技術者・研究者を育みます。このように、機械科学科は、基礎科学と応用工学のどちらに興味がある学生でも充実した教育を受けられることと、より早い段階から将来のキャリアプランについて考えることができるのが魅力だと思います。

また、共同研究が活発なので、メーカーのエンジニアたちが研究する姿を間近で見ることができます。学生たちは、社内の実験システムを見せてもらったり、エンジニアたちと定期的にディスカッションをしたりすることで、技術者や研究者の仕事をより深く知ることができます。生活のなかで毎日のように見かけるモノであっても、企業の製品開発においては実はまだこんなことすらわかっていなかったんだ…という現実を見ることができるのです。そして、基礎研究の重要性を実感し、大学での研究に対する学生たちのモチベーションにつながるのではないかと思います。1年後、2年後の自分像と重ねながら、企業との共同研究に携わることができることは、就職活動における一番の「適性検査」なのではないでしょうか。

インタビューの様子

卒業後は、メーカーでエンジニアとして活躍!

学生の進学・就職先について教えてください。

機械科学科の学部生は、約半数がうちの大学院に進学します。今年は特に多くて6割ほどが進学を希望しています。学部生の就職先で多いのは、自動車、電化製品、医療機器などのメーカーです。大学院で修士号取得後は、8割ぐらいがメーカーに就職しています。

教え子たちが、社会に出てから幸せに生きていけるような指導

先生が学生に指導するうえで大切にしていることは何ですか?

自分の頭で考えて、自律的に行動すること。手を動かしてものづくりもすること。毎日、続けること。インプットとアウトプットのバランスを良くすること。細部と全体の両方に意識を向けること。このようなことを大切にしながら、学生が自信をつけられるよう指導を行っています。

なかには、自分の生き方や進路に悩んで相談に訪れる学生もいます。よく話を聞いてみると、その学生自身の考えなのか、親御さんなどまわりの大人の考えなのか、わからなくなっていることが原因であることがあります。親離れしていかなければならない年頃の当然の悩みです。親御さんに喜んでもらいたい気持ちはとてもよく理解できます。だけど、自分が親になったときに、自分の子供にそのような考えで物事を決めてほしいか問うことで、気づけることがあります。また、このように問題のスケールを大きくすることで、苦悩が和らぐこともあります。科学を学ぶことは、このような想像力をつけることにも役立ちます。

これからの理工学部機械科学科の役割と、志す人への想いをお聞かせください。

機械科学科の役割は、優れた技術者・研究者をより多く社会に送り出すこと、なおかつ彼らが社会で幸せに生きていけるように育てることだと思っています。
機械科学科の教育理念のなかに、「ものづくりに対して、機械科学のセンスを持ったエンジニアになってほしい」という、とても素晴らしいキーフレーズがあります。センスを養うためには、頭と手を動かして失敗や成功をたくさん経験することが大事です。
インターネットが普及した今、ありとあらゆるテンプレートやレシピが入手できる時代を私たちは生きています。そんななか、どうしても承認欲求が先走って、他人の評価を意識したものづくりに偏りがちです。しかし、それではいっこうにセンスは磨かれません。学科の教育理念のなかに、「模倣に終始するのではなく」とありますように、多少うまくなくてもつくりたいものをオリジナルにつくることがとても重要です。自ら設計したものを、自らつくり終えた後に得られる充足感は、かけがえのないものです。そのような経験を重ね、センスを身につけ、自信を持って社会に出て行ってほしいと思っています。そして、皆さん自身のオリジナルな毎日を「つくる」力を養い、より幸せに過ごしてほしいと思っています。僕自身もまたそうありたいと思っています。高校生の皆さんには、ぜひ弘前大学で研究に没頭して、また信頼のおける友人と巡り会って、素晴らしいキャンパスライフを送ってほしいと思っています。

Questionもっと知りたい!城田センセイのこと!

大学時代の思い出は?

大学時代は寮に住んでいたので、ひとつ屋根の下に各県から集まってきた人やいろんな考えを持った人が住んでいました。そんな日々を通じて、高校時代とはまた違った話のできる友人ができました。

3年生まではあまり優秀な学生とは言えず、講義よりもアルバイトに熱中していました。居酒屋の調理場や、週末には電気工事のバイト。見たこともない道具に触れることができて、その道のプロから使い方を教えてもらうのが楽しかったです。

4年生になり、研究テーマが決まってからは、180度変わりました。研究がものすごく面白くなって、もう研究一筋です(笑)。当時はいろいろと自由だったので、研究室に寝泊まりして没頭しました。それぞれに実験装置が与えられるのですが、それを自由に使えることがうれしかったですね。不具合があると直したり、少しずつ改良を重ねるうちに装置にも愛着が湧いていき、研究がどんどん好きになっていきました。

休日の過ごし方は?

保育園児の娘がいるので、庭でよく一緒に遊んでいます。ミミズやナメクジを観察したり、冬は除雪機で雪山を作ってソリをしたり、かまくらを作ったり。ご近所の方も親切な方が多くて、皆さん優しく子育てを見守ってくれます。

子どもの頃から、アウトドア全般が好きで、なかでも特にハマっているのはカヤック。子どもが生まれてからは4年間封印していたんですが(笑)、今年4年ぶりに再開しました。陸奥湾や深浦、十和田湖などに出かけています。カヤックに乗りながら釣りを楽しんでいるグループがあり、そこのメンバーに加えていただきました。朝4時ぐらいに海に浮かんで、40メートルくらい下まで仕掛けを落とすんです。風がなく、昇ってくる太陽が鏡のような水面に映り込む景色はとてもきれいです。空と海、遠くには津軽半島や下北半島。最高の時間です。

写真は、オランダの運河での1枚です。日本から持って行ったフォールディングカヤックは、解体すると背負える大きさになる優れものです。電車とバスに乗って、たくさんの街を訪れ、運河の流れに乗りゆったりとした週末を過ごしていました。撮影者は、僕の趣味に付き合ってくれてタンデム艇の前列でいつも的確な舵取りをしてくれる奥さんです。

オランダの運河でカヤック

3年ほど前から薪ストーブのある生活をはじめました。暖かくて静かなところが気に入っています。もちろん炎の動きも。冬の楽しみが増えました。
弘前では、りんごの薪が簡単に手に入ります。こんな贅沢なことはありません。りんごの薪は香りもいい、という噂なので(僕にはわかりませんでした)、研究室の学生を招いてピザつくりを楽しみました。
薪ストーブを持つと、雪のない季節の楽しみも増えます。薪割りと薪棚作りです。憧れもあって、はじめのうちは斧で割ることにこだわっていました。しかし、節の多いりんごの木は、斧だけでは大変でした。少し悔しい気持ちもありましたが、現実を受け入れました。機械に頼ろう。そうして、200 ccのエンジンを搭載した薪割り機が我が家にやってきました。小さな産業革命でした。

薪割り

Profile

大学院理工学研究科/理工学部機械科学科 准教授
城田 農(しろた みのり)

大阪府大阪市生まれ 。
青森県弘前市育ち。
大学院博士課程修了後、福岡の大学で研究職に就き、2009年に弘前大学に赴任。その後オランダのトゥウェンテ大学で液滴の沸騰の研究を行い、2016年に再び弘前大学に戻る。 専門分野は流体工学(液滴や気泡の力学、沸騰、混相流)。